(#21)女子大生が行く東南アジア3カ国旅(ラオス編ver.1)
――ワタシ的一番好きな国、ラオスへ
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【前回のおさらい】
カンボジアで東南アジア料理に目覚め、穴だらけの道路と壮大な遺跡に触れながら、〈今を生きている〉ことの幸せを噛みしめた二日間。その余韻を胸に、私は次の目的地ラオスへ向かいました。
ビエンチャンへ。日本との意外なつながりも発見
カンボジアを発ち、バンコクで乗り継ぎ。
昼時だったので空港でタイ料理を食べると、またしても感動の美味しさでした。タイには必ず再訪しよう――そう誓いながら、夜に、ラオス:ビエンチャンのワッタイ国際空港へ降り立ちます。
空港を出ると、出口付近には日の丸が描かれたモニュメントが置かれていました。
調べると日本が空港整備に関わったと知り、嬉しい気分になりました。暖かく湿った空気に包まれつつ Grab に乗り込み、市内のホテルへ。ぐったりとベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちました。

ラオスの朝はうるさい?
翌朝五時半。爆音の太鼓が鳴り響き、飛び起きて窓を開けると、お寺の前でオレンジ色の僧侶たちが托鉢をしていました。
調べたところ、托鉢とは”仏教やジャイナ教を含む古代インド宗教の出家者の修行形態の1つ”らしいです。(Wikipediaより)


まるで、フランスの町並み
ぶらぶら歩くと、遠くにパリの凱旋門そっくりの建物が現れました。近づくとパトゥーサイ
――度重なる内戦で亡くなった人々を慰霊するため建てられた凱旋門
だと知ります。
1893 年から 1953 年までフランスの保護国だった歴史が、通りの並木やフランス風カフェに色濃く残っていました。ガレットやクレープが気軽に味わえるのも、その名残です。

巨大かき氷
ぶらぶら歩いていましたが、湿度とスコールに負け、路地裏のカフェへ避難。運ばれてきたのは、顔より大きなフワフワかき氷。ひと口ごとに体温がスッと下がり、旅の疲れが氷と一緒に溶けていくようでした。
(↑こちらですが、今見るとかき氷がメニューから消えていました、、汗
雰囲気はとてもいいカフェです!)

美味しすぎて多分、ぼったくられた店
日が暮れ、昼間に蚊に刺された不安からデング熱を想像して、(結局は何もなかったのですが、気は病からという言葉もある通り)腹痛まで感じつつ、ホテル近くの小さなレストランへ。
適当に入ったところだったので、特に期待もしていませんでしたが、おばあちゃんがフライパン一つで調理するため、料理が出てくるまで 30 分以上。「入るところを間違ったなかな、、」と思っていたところでした。
ところが運ばれたパッタイとイサーンソーセージを一口食べた瞬間、恐怖も空腹感も吹き飛びました。酸味、辛味、旨味が渦巻くソーセージは中毒性が高く、「美味しすぎて言葉が出ない」とはこのこと。
一緒についていくるオニオン、にんにく、ピーナッツといっしょに食べても最高です。

最後、多分観光客用の少し高い値段で払わされた気がするのですが、美味しすぎたので、特に言及せずそのまま出てきました。(今ならちゃんといいます)
勢いで二軒目へハシゴ。ソーセージは一軒目に軍配が上がったものの、ラープやパッタイはさらに上を行きました。電球の灯り、扇風機の生暖かい風、犬が寝転ぶ床、それをみて笑ってお話している地元のおじさんたち――ゆるやかな夜の空気に包まれ、「ここが私の居場所かも」と頬が緩みます。

今、その店舗をGoogle Mapでみてみると、1店舗目はまさかの休業中でしたが、二店舗目は今も営業中だということなので、もし近くまで寄ることがあれば、おすすめです!
ちなみにその後、何店舗か、日本でもラオス料理を求めて、イサーンソーセージなどを食べに行きますがやっぱり、あの一店舗目を超える店舗はありません。
恋しい味と、また鳴り響く太鼓
ホテルへ戻る道すがら、あのソーセージの余韻が口に残り、また、ラオスに来たときはもう一度以降と決めました。
きっとまた夜明け前、太鼓が鳴り響いて私を起こすだろう――そう思いながら、満足と心地よい疲労に身を委ねて眠りにつきました。
次回予告
ラオス二日目。ナイトマーケット、メコン川の夕陽、そしてさらに深まる“ラオスの魅力”をお届けします。
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海外で出会った思いがけない味や、忘れられない街の空気
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(続く)
