天秤の法則〜さやか星小学校にゲームセンターがある理由〜
さやか星小学校 教務主任・第6学年担任 島岡次郎
本校には,ゲームセンターがあります。誇張ではなく,ゲームができる部屋があるのです。名前はそのまんま,「ゲームセンター」です。月に一度,頑張って貯めた「さやペイシート」を握り締め,子どもたちはゲームセンターに向かいます。放送室のスタジオとして使っていた部屋の重厚な扉を開ければ,そこにはレトロなゲームからiPadを使った最新のゲームまで,子どもたちの遊び心をくすぐる様々なゲームが置かれています。昼休みは20分間。この時間をフル活用し,子どもたちは好きなゲームを楽しみます。ゲームの好子としての力の凄まじさを実感する時間です。


学校でゲームができることに,これほど強烈な魅力を感じてもらうためには,家庭との協力が欠かせません。何故なら,家で無制限にゲームをすることができる環境だとしたら,学校でゲームができることは殆ど好子にならないからです。そのため,本校では家でゲームを無制限にできるような環境は絶対に作らないように保護者の皆様と連携します。この連携が崩れると,前日から「明日ゲームセンター行けるから楽しみ」と子どもに言わしめるほど魅力的な空間にならなくなります。
本校の創立者である奥田健次先生の教え中で,以前ご紹介した「やるならどうぞマインド」と並び,非常に重要なものとして「天秤の法則」があります。これは,家庭と学校の「楽しみ」「喜び」といった魅力を天秤に乗せた時に,学校が上回っていれば不登校にはならないという考え方です。さて,この時に「学校に魅力がないから不登校になるんだ」と考えるのは早計です。何故なら,家での「楽しみ」が過剰であるために,相対的に学校の魅力が下がってしまっている可能性があるからです。先述した通り,ゲームは子どもにとって凄まじい魅力があります。これを無制限に好きなだけできる環境があったら,子どもは学校に行かなくなるでしょう。ゲームだけではありません。漫画,動画,テレビも見放題。スマホでSNSに無制限にアクセスでき,いつでも友達とやり取りができる。アプリも取り放題。好きな時に好きなだけお菓子が食べられる。こんな環境だったら,学校がどれだけ魅力を高めても子どもは家にいることを選ぶでしょう。今の例は極端かもしれませんが,一部でも当てはまっていれば子どもが不登校になる可能性は十分あります。それほど,ゲームや動画,スマホは子どもにとって魅力的であり,依存性が高いのです。

公立学校で務めていた頃,「子どもが学校に行きたいくないと言っている」「学校がつまらないと言っている」という相談を多く受けました。保護者の方に家の環境を確認すると,ほぼ例外なく天秤が家庭に傾いていました。これでは,どれだけ学校が魅力を高めても天秤を学校に傾けることは困難です。以前の記事でも書きましたが,学校の魅力というのは,食べ物で言えば「出汁」の旨味です。友達と関わる楽しさ,学ぶことで新しい知識や技能を獲得できる喜び,小さな努力を積み重ねて味わう達成感。これらは,強化が発生するまでに多少の時間がかかります。これに対し,ゲームやスマホは電源を入れた瞬間に自分の努力とは関係なく強烈な好子(視覚的,聴覚的,感覚的)が発生します。舌に旨味調味料を直接塗りたくるようなもので,こんな「楽しさ」ばかりに晒されていると,学校で味わう「楽しさ」を「楽しい」と認識できなくなってしまうかもしれません。
自分の子ども時代を振り返っても,ゲームの魅力は凄まじいものがありました。我が家は週末に2時間ゲームができるという約束だったのですが,そんな約束お構いなしに,親の目を盗んでゲームをしていました。ゲームやスマホをルールや約束だけで制御することは不可能だということを,子を持つ全ての親は認識する必要があります。公立学校時代,ゲームやテレビに依存して不登校になりかけた子どもがいました。保護者の方がとても危機感を持っていて,「助けてほしい」と助言を求めてきました。私は「テレビのリモコンと電源をお母さんが持っているようにしてください。外出するときはバックに入れて持っていってください。子どもが物理的に触れることができないようにしてください」とお願いをしました。本校においては当然の支援ですが,公立学校においては殆ど聞くことがない強烈な支援の提案だったと思います。しかし,この保護者の方は忠実に実行してくれました。その結果,子どもは学校に来るようになりました。このように,過剰な好子によって重くなりすぎていた家の天秤が軽くなれば,学校に天秤が傾くのです。
家で氾濫していた好子が整理されると,学校で得られる好子がクッキリとした輪郭を持って立ち上がってきます。新しい発見,創造的な活動に取り組む喜び,学校でしか使えない様々な道具の数々,友達と遊べる楽しさ,給食の美味しさ。奥田先生が天秤の法則について説明されるとき,よく仰られる例え話があります。江戸時代の藩校や寺子屋(まとめて学校)には,多くの子どもたちが通っていました。当時の学校の先生はスパルタで,怒声や手が出るのは当たり前の,子どもたちにとってポジティブとは言えない教育が行われていたそうです。狭い部屋に鮨詰めになった子どもたちが,先生の話を必死に聞いていたそうで,少人数教育など夢のまた夢のような環境です。そんな環境であっても,不登校になるような子どもはいなかったそうです。なぜなら学校に行けば,家では知ることができない様々な知識を得ることができたからです。また,家には絶対にない知的好奇心を満たす道具に触れることができたからです。世界の地図,算盤などの計算機,天体観測の道具・・・。これらは普通の家庭にはない夢の道具だったのです。しかし,今ではスマホでどんな情報でも簡単に手に入ってしまいますし,やりたいことは大体できてしまいます。これが自由に使えたら,学校の魅力は見えなくなってしまうでしょう。
家でゲームができないと,学校でゲームができることの価値が跳ね上がります。短い時間であっても,40年前のゲームであっても関係ありません。今回はゲームを例に挙げましたが,本校ではこれ以外にも様々な好子を学校と家庭で連携して調整し,子どもが学校を「楽しい」と思えるような環境を作り出しています。ゲームセンターもさらに進化させる予定です。大切なのは「家ではできないことが,学校ではできる」という環境を学校と家庭が協力して作ることなのです。そして,家庭では「家族と会話すること」や「家族で遊ぶこと」のような,家族と関わることで発生する喜びや,「読書」のようなゲーム・スマホがあると自発しにくい行動が強化されるようにしていきます。これを意図的,計画的に実行できる学校は,おそらく本校しかありません。そして,我々を信じて共に支援に取り組んでくださる,保護者の皆様の力が必要なのです。

今回は「天秤の法則」についてご紹介しました。皆様の天秤は,家庭に傾きすぎていませんか?
