5月13日(1995年) あのときのリベンジだ! また名古屋と国立でPK戦
何とステージ2度の名古屋戦@国立
浦和レッズが名古屋グランパスエイトと120分スコアレスの後、総勢28人を繰り出してのPK戦の結果敗れた話は有名だ(と思う)。
その試合は1995シーズン1stステージの旧国立競技場で、レッズのホームゲームだったのだが、その裏、つまり名古屋のホームゲームも旧国立で行われ、しかもPK戦で決着がついた試合だった。
1995年5月13日(土)、浦和レッズはアウェイの旧国立競技場で名古屋グランパスエイトと1stステージ第16節を行い、PK戦で敗れた。3月29日に行われたレッズホームの名古屋戦はスコアレスドローでPK戦だったが、今回は2-2の後だった。
4連勝する気満々で臨んだが
前節まで5月3日、ヴェルディ川崎にPK勝ち、5月6日、市原に1-0、5月10日、ガンバ大阪に4-2と3連勝していた。
しかも、このうち3日のヴェルディ戦がホームで、6日の市原戦はアウェイで、いずれも旧国立が会場だった。だから今日語っている名古屋戦を入れて11日間で3度、レッズは旧国立で試合をしたということだ。
このシーズン、3連勝は2度目。今度こそ4連勝目をとレッズサポーターは意気込んだし、前回同じ国立で負けた相手だからリベンジの気持ちも強い。当時の名古屋は5勝10敗とレッズの7勝8敗を成績で下回っていたから勝つ気満々だった。
またサドンデス、今度は何人?
試合は前半0-0で、後半取って取られて2-2で90分を終えた。すると延長前半3分、田口禎則が一発退場になり、一気にピンチへ。そこをレッズは27分間踏ん張り、2-2のままPK戦に持ち込んだ。ある意味、前回のリベンジには最適な展開になった。
先蹴りはレッズ。3人目まで両チーム共決めたが、4人目は両チームが外した。運命の5人目、レッズは山田暢久が決め、相手の結果を待つが、相手の米倉誠にもしっかり決められ、何と今回もサドンデスへ。こうなったら前回の28人を超えちゃえ! 今日はデーゲームだし、と思った僕が悪かったのか、レッズの8人目が外したのに対し、名古屋は成功。 PK7-6でレッズは名古屋に1ステージで2度のPK負けとなった。

ちなみに、Jリーグはこの後、キリンカップなど日本代表戦のため約1か月の中断となった。中断が明けると、かの有名「大宮伝説」が待っていた。
さて、みなさんは1995年5月13日、何をして何を感じていましたか?
※この内容はYouTube「清尾淳のレッズ話」でも発信しています。映像はありませんが、“ながら聞き”には最適です。
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