The Dance of Eternity (7)
安定化選択と方向性選択:いつ、どちらが働くのか?
自然選択における安定化選択と方向性選択は、同じメカニズムでありながら種に対して全く逆の効果をもたらす点で極めて興味深いこと、そしてこの概念が企業組織の進化を考えるうえで多くの示唆を与えてくれることを、前回のポストで紹介しました。
では生物の種の中で形質の多様性を抑え均質化を促す安定化選択と、形質の変化を促して環境への適応力を高めようとする方向性選択は、それぞれどんなときによく働くのでしょうか?単純に考えても、周囲の環境が安定しているときには安定化選択が作用しやすく、環境に大きな変化が起こるときには方向性選択が働きやすいのだろうということは想像がつきますよね。
38億年におよぶ気の遠くなるような生物進化の長い歴史の中では、環境が安定的だった時期が圧倒的に長く、生物の種の形質を根本的に揺るがすほどの環境の変化はそう頻繁には起こらなかったので、安定化選択が支配的な状態が多いかったといえるでしょう。
系統漸進説 vs. 断続平衡説
ダーウィンが(頻度で言えば圧倒的に多い)安定化選択と種の形質を変える方向性選択を区別したことが、進化生物学における画期的なところなんですが、彼自身は「種は自然選択の圧力のもとで絶えず変化している」と論じました。これは「漸進説(Gradualism)」と呼ばれ、大規模な集団が一様に、かつ滑らかに、一定のペースで進化していくという考え方です。ゆっくりとした一定速度で、でも止まらずに動き続ける自動車のイメージ。この仮説が正しいとするなら過去の生物の種の痕跡を記録している化石には、緩やかで連続的な形質の変化が見い出されるはずです。
ところが、ナイルズ・エルドリッジとスティーブン・ジェイ・グールドが実地に化石データを精査した結果、化石にはそのような滑らかな変化は一向に見られず、むしろ突然の断続的な変化ばかりが見られること、そして変化の間を埋めるような中間的な形態は欠落している!と指摘したのです。

これは、生物の種が連続的・段階的に変化するのではなく、分化の初期に急激な変化を遂げ、その後は長期間に安定するという「ストップ&ゴー」モデルであることを示しています。エルドリッジとグールドによれば、種の多様性は時々起こる急激な変化と、その間の長い安定期によってもたらされるということになります。
図で表現するなら、系統的漸進説が滑らかな曲線として描かれるのに対して、エルドリッジとグールドの断続平衡説では「変化のない時期(垂直の直線)」の後に「爆発的・急激な変化(急な斜線)」が現れ、その後再び変化のない状態に戻ることを繰り返すという形で進化が表現されます。


系統的漸進説 vs. 断続平衡説
このような断続的進化のモデルは、生物進化に限った話ではなく、私たちの身の回りにも広く見られます。デイトレーダーが日々追いかける株価の変動は、ミクロには常に変動しているようでいても、マクロで見れば「ボックス相場」と「トレンド相場」という安定と変動の繰り返しです。

同様に大谷翔平選手のホームランも、しばらく打てない「干ばつ期」のあとに、ホームランを連発する「爆発期」がやってくるという傾向があります。

(出典:http://www.mn-tax.jp/garage/archives/18661)
なんの学術的根拠もない、まったくの個人的な感想にすぎませんが、人間を含む生き物が起こす変化は、じんわり動き続けるよりも、止まっていると思ったら突然急激に動いて、また止まって…を繰り返す間歇的なパターンをたどる傾向が強いように感じます。
これは人間の営みであるビジネスにも当てはまります。つまり、ビジネスに訪れる変化はじわじわと一定ペースで進むのではなく、安定(停滞)と急激な変化の二相を繰り返すということです。でも、多くの企業において、変化が顕在化する前の安定期(停滞期)が長いがゆえに経営者が慣れてしまう結果「変化を起こす戦略は無駄弾が多くて効果が低い」と早合点してイノベーションの方針を撤回してしまうことがまま起こります。
これは特に大企業で機械的・定期的に訪れる人事異動(伝統的な大企業では雇われ社長が2〜5年で定期交代するケースがほとんど)があるのとも相まって、多くの経営者が「自分の任期中に想定を超える大きな変化が起きなければいいなあ。任期中は変化の荒波はこない前提で安定化選択的な経営判断をしてやり過ごせば安泰だ。後輩社長よ、後はよろしく!」という「急激な変化ババ抜き」(?)に陥っている!と感じるのは僕だけでしょうか?
イノベーションのように、既存の組織が最適化された(居心地のよい)環境から意図的に離れようとする取り組みでは、このような早合点が致命的なんだけど、ともかくそういう経営者が多い。そのため、環境が安定している時期に安定化選択が支配的になる結果、平均(最頻値)への収束と長期にわたる組織の固定化(停滞)が起こり、想定外の急激な変化を追い風として呼び込むどころか対応にあたふたする、ということが繰り返される。
断続平衡的な進化を駆動しているのは何か?
ダーウィンが方向性選択を発見したことは偉大だけど、系統的漸進説を唱える限り、安定化選択の存在を明示的には理解していなかったことも明らかになっています。安定化選択は車の「ブレーキ」のような役割を果たすので、これを見落とした(もしくは軽視した)ダーウィンの漸進的な進化モデルは常に一定速度で走り続ける「ブレーキのない車」を描いてしまっていて、現実の生き物の営みとはずれた認識になってしまっている。
方向性選択と安定化選択の両方を認識することで、環境が安定しているときは、安定化選択という「ブレーキ」が働いて種はあまり大きくは進化しない一方、環境が変化すると方向性選択という「アクセル」が効いて急激な進化が促されるという、より現実に近い仕組みの理解に至ると思っています。ちょうどブレーキとアクセルの操作で車の速度を調整するように、生存環境の固定期と変動期が繰り返されるなかで安定を維持しようとする力と変化を起こそうとする力がせめぎ合い、生物の種に断続的な進化のリズムを生み出すということです。
企業経営におけるイノベーション戦略を立案するときにも、このような間歇的・断続的な変化を想定することで、安定期(停滞期)に過剰適応した組織体制にはまり込まない工夫が必要だ、と僕は訴えるんですが、その声が届くことは滅多にないのが残念です。
