肩身が狭かった両親
【両親は、肩身が狭かった?】
私が子ども時代(1963年~1983年)、喘息のみならず、
・病気は恥
・病気は役立たず
・病気は本人の努力不足
・病気は、親の育て方が悪い
・病気は不幸
・病気には未来が無い
という見方が支配的な時代だったのではないか?
現代でさえ、
・発達障害は、恥
・発達障害は、役立たず
・発達障害は、本人の努力不足
・発達障害は、親の育て方が悪い
・発達障害は、不幸
・発達障害には未来が無い
という論調がある。
両親の周囲がそういう意識を持っていたのだろう。
両親が責められたり、恥をかく場面も多かったのではないか?
「行き場を失った怒り」の矛先が、私に向かったのかも知れない。
私を虐待した両親は、
社会・世論に虐待されていたのかも知れない。(※1)
末っ子の母。
末っ子の母と結婚した父もまた末っ子。
母の実家に集まることが多かった子ども時代。
両親が責められたり、恥をかく場面も多かったのではないか?
父の人物像
北海道札幌市出身。
終戦時、13歳。
上京して母と知り合い、結婚。
博学な反面、末っ子である母の実家では肩身が狭かった。
母の人物像
東京都足立区出身。
終戦時、10歳。
中学卒業後、すぐに就職。
博学な父にマウンティングされる毎日・・・
【1リットルの涙】との比較
なぜ、木藤亜也さんの両親は、熱いのか?
と言うより、
なぜ、私の両親は、酷いのか?
酷い発作で窒息死しそうなのに、
見ているだけの母。
酷い発作で窒息死しそうなのに、
早朝マラソンをさせた父。
※1 私への虐待
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