【あなたに会えて幸せ】/第5章第30話「最高の9人と遥かなる未来」
「車輪のロックを解除する瞬間が、楽しいよね」
カチャン、カチャン。
笑いながら、私たちはロックを解除した。
私たち3人、バージンロードを進み、扉の外へ。
6人の参列者、牧師さん、聖歌隊のふたりが
静かな拍手で見送ってくれた。
披露宴と呼ぶほど盛大ではない。
私たち3人、お互いの両親、私の親友、トモキの親友。
総勢9人。
テーブル2つ。
料理は簡単なもので、司会者・お色直し・ケーキ入刀など、一切無し。
披露宴の最中、授乳やオムツ替えがあるかも。
披露宴と言うより、懇親会?
結婚式が終わった後、式場の厨房を借りて
8人分のオムレツを作った。
トモキは、私と私の両親と海斗さんに。
私は、トモキとトモキの両親と茶話に。
ワゴンに載せて、式場スタッフに運んでいただいた。
いきなり出されたふわとろオムレツ!
みんな驚く。
けれど、茶化す人はいなかった。
「私たちの愛をはぐくんだ《ふわとろオムレツ》です。
いつも、お弁当を交換して、《せーの》でフタを開けて」
みんな黙って食べている。
そのうち、すすり泣きも聞こえてきた。
(えっ? 泣くほど不味い?)
「ミク、トモキさん、美味しいわぁ」
みんなが口々に、美味しい美味しい。
(あぁ、良かった、、、)
「次は、私がつわりの時にトモキさんがよく作ってくれた【マッシュポテトのレモン風味】です」
他にも、私たちの普段の食事を食べていただいた。
お茶を飲みながら、皆さんのスピーチ。
私の親友《さわ》は、同じ車椅子ユーザー。
「ミク、結婚おめでとう。
養護学校にいた頃、私たちはいつも
『これから私たちはどうなるんだろう』
って、先の見えない未来を怖がってたよね。 でも、今日のミクの姿を見て、確信したよ。 車椅子に乗っていたって、足がなくたって、 私たちはこんなに美しくなれるし、世界一幸せになれるんだって。
ミクは、私たちの『未来の希望』そのものだよ。トモキさん、私の自慢の親友を、よろしくお願いします」
養護学校時代を思い出すなぁ。
先の見えない未来を怖がってたよね。
トモキの親友《海斗さん。
「トモキ、ミクさん、結婚おめでとう。
さわさんの素晴らしいスピーチの後で、めちゃくちゃ緊張してるんですけど、俺らしく話します。
俺とトモキは、小学校のスイミングスクールからの付き合いです。
自分で言うのもなんですけど、俺たちは地域の誰もが知る『最高のライバル』でした。
トモキの背中を追いかけて、あいつに勝つことだけを考えて、俺は毎日プールで溺れるくらい泳いでました。
だから、高校のあの事故のあと、トモキが『もう泳げない』って分かった時、俺、水泳辞めたんです。
周りには『燃え尽きた』とか適当なこと言いましたけど、本当は、トモキのいないプールが、ただの冷たい水の塊にしか見えなくなっちゃったからです。
あいつが隣のレーンにいないなら、泳ぐ意味なんて、俺には1ミリもありませんでした。
『親友が車椅子になっても、そばに残り続けた優しい奴』って、さっき紹介されましたけど、全然違います。
俺はただ、あいつがいない世界が寂しくて、トモキに執着してただけです。
でも、トモキはやっぱり俺のライバルでした。
車椅子になっても、あいつの目は死んでなかった。
絶望して、泥水をすするような思いをしながらも、トモキは前を向いて、新しい自分の人生を泳ぎ始めました。
その姿を見た時、『あぁ、やっぱり俺のライバルは、どこまで行っても格好いいな』って、心の底から救われたんです。
そして今日、世界一綺麗なミクさんを隣に乗せて、車椅子で堂々と退場していくトモキを見て、確信しました。
お前はプールの中だけじゃなく、人生っていう一番でかいレースでも、俺の遥か先を泳ぐ最高の男です。
ミクさん、トモキは本当にしぶとくて、絶対に約束を破らない男です。
この先、二人の前にどんな高い段差があっても、俺がいつでも後ろから車椅子を押します。だから、二人で誰も追いつけないくらい幸せな『未来』を泳ぎ切ってください。
トモキ、俺の生涯最高のライバルになってくれて、本当にありがとう。結婚おめでとう!」
顔が真っ赤のトモキ。
私の両親・トモキの両親・私たち、とスピーチが続く。
はずが!
私の両親のスピーチの前で、遥が泣き出した!
オッパイの時間。
控室に移動して、ウェディング・ドレスを脱いで、授乳?
いえいえ。
私のウエディングドレスの『仕掛け』の出番だ。
授乳対応ウエディングドレス。
「皆さま、スミマセン。
遥がおっぱいの時間。
実は、【授乳対応ウエディングドレス】です。
このまま失礼します」
そう言って、胸のファスナーを開け、遥に授乳する。
安心して泣き止む遥。
トモキがさりげなく、ハンカチで隠す。
思わずしくしく、私の母。
おばあちゃんの時代は、よその家の縁側で、
おっぱいをあげる母親も多かったらしい。
授乳が済んで、遥にゲップさせ、
寝てしまったら、スピーチ再開。
まず、私の父。
「トモキくん。いや、師匠。
まず知らせたいことがあります。
昨夜、ネット将棋で初段になりました。
ご指導ありがとうございました」
会場から割れんばかりの拍手。
「ミクのLINEに
『車椅子の男に何ができる』
なんて、つい送ってしまい、本当に申し訳ない。
ミクの命を救ってくれて、本当にありがとう」
そこで涙を拭う父。
「足が無いミクが生まれてきて、私たちは絶望しました。
ミクのウェディング姿は見れないと。
孫の顔は見れないと。
トモキくんのおかげで、諦めていた夢が、
夢が、、、」
父が泣き崩れ、私は父のそばに。
トモキの部屋でお祝いした時も、酔って泣いて、
めちゃめちゃカッコ悪かった父。
バージンロードで、私の肩に手を置いてくれた優しい父。
「オムレツ、美味しかった。
ミク、トモキくん。本当におめでとう」
再び、会場から割れんばかりの拍手。
私の母。
「ミク、トモキくん、本当におめでとう。
お父さんはあんな風に格好よく『人生の師』なんて言っていますけど、トモキくん、本当にごめんなさいね。この人がかつて、ミクのLINEに『車椅子の男に何ができる』なんていう、本当に心ない言葉をぶつけてしまったことを、私は同じ親としてずっと胸を痛めていました。
あの恐ろしい踏切事故のあと、病院に駆けつけたとき、ミクの背中には大破したミク自身の車椅子のブレーキ・レバーが深く突き刺さっていました。
トモキくん、ミクを救ってくれて本当にありがとう。
ミクが病室で目を覚まし、『彼は動けない私を命がけで助けてくれたのよ!』と泣きながらお父さんに訴えたとき、私たち夫婦はただただ涙が止まりませんでした。
トモキくんがICUのベッドで意識を失ったまま戦っているとき、お父さんは『責任も取らずに死ぬつもりか!』って怒鳴って、ボロボロ涙を流していたんですよ。
あの人は、あなたがミクを命がけで守ってくれた男だと分かったからこそ、死んでほしくなくて、あんなにみっともなく取り乱していたんです。
あの絶望の病室で、ミクのお腹に『新しい生命』が宿っていると伝えたあの瞬間。ミクがお腹を愛おしそうに撫でながら、『あなたに会えて幸せ』と小さく囁いたあの声を、私は一生忘れません。
あの夜、二人の命を繋ぎ止めてくれたのは、間違いなくトモキくん、あなたのあの強い腕です。
ミク、あなたはもう、ひとりで先の見えない未来を怖がらなくていいんだよ。トモキくん、ミクを、そして私たちの愛しい孫の遥ちゃんを、よろしくお願いします」
お義父さま。
「トモキ、ミクさん、結婚おめでとう。
そして、海斗。お前のスピーチ、親父としても本当に嬉しかった。ありがとうな」
エヘヘ~、と海斗さん。
「トモキが高校の事故で倒れたとき、私は医師から冷徹な現実を告げられました。
もう二度とプールには戻れないこと。そして……お前が男として、子どもを授かる可能性が極めて低いということ。
我が子ながら、この世のすべての絶望を背負ったようなあいつの顔を、私は一生忘れることができません。あいつの人生のレースは、あそこで一度、完全に終わってしまったのだと思っていました。
ですが、トモキは歩けないことも、身体のリアルも、何一つ言い訳にするような男じゃありませんでした。
あの『踏切』の事故の知らせを聞いたとき、私は心臓が止まるかと思いました。ICUのベッドで意識のないトモキと、ミクさんの大破した車椅子を見たとき、私は激しい震えが止まりませんでした。
お前はあの瞬間、可能性が低いと言われたあの日の男じゃなく、一人の女性を命懸けで守り抜く、世界一立派な『男』だった。そしてお前たちのその強い愛の絆が、医学の壁を跳ね除けて、遥という奇跡の命をここに連れてきてくれたんだ。親父として、これ以上の誇りはありません。
ミクさん、トモキを信じて、一緒に歩む道を選んでくれて、本当にありがとう。
これから先、どんなレースが待っていても、恐れずに、3人で堂々と人生を泳ぎ切れ」
お義母さま。
「ミクさん、トモキ、おめでとう。
そして、今日ここに来てくれた、さわさん、海斗くん、ミクさんのご両親、本当にありがとうございます。
あの『踏切』の夜、病院に駆けつけたとき、トモキはICUのベッドで意識がないまま、必死に命の炎を燃やしていました。
トモキがICUで戦っているとき、一般病棟のベッドにいたミクさんのお腹の中に、『新しい生命』が宿っていると知りました。それを聞いたとき、私はこれが本当の奇跡なのだと、神様に何度も、何度も感謝しました。二人の身体は傷だらけでしたが、心の結びつきは、何一つ壊れていませんでした。
世間には、心ない言葉を言う人がいます。
『車椅子の二人で、本当に子どもを育てられるのか』って。
私たち自身も、最初は心の中で何度も祈るような思いでいました。
でも、そんな心配は、遥ちゃんのあの力強い産声を聞いた瞬間に、すべて消えました。
トモキとミクさんが、お互いの体温を分け合い、心を重ね合わせて、遥ちゃんという小さな命をこの世に呼び合ってくれた。
それこそが、二人が『心から生きている』という、何よりの証明です。
この子は、二人が本気で愛し合って、命懸けで守り抜いた、世界一の宝物です。
車椅子の上だからこそ、遥ちゃんと同じ『ローアングル』の目線で、この子の成長を誰よりも近くで見つめてあげられる。
それって、とっても素敵なこと。
ミクさん、私たちの息子を、トモキを選んでくれて本当にありがとう。
トモキ、ミクさんと遥ちゃんを、あの踏切の夜のように、その強い腕で一生守り続けなさい。
9人だけの本当に小さな結婚式だけど、ここにある愛の深さは、世界中のどこにも負けません。私たちは、いつでもあなたたちの味方です。ずっとずっと、応援しているからね」
お義母さま、、、応援ありがとうございます。
「最後に、皆さまにお願いがあります。
私たちが、YouTube の動画で最後にやっている手話《あなたに会えて幸せ》を皆さまにも覚えていただきたく、、、」
「覚えてるよ!」
と、茶話。
「ありがとう。
皆さまにご説明します。たった3つです。
(手話)
あなたに~(手のひらを上に向けて、あなたに差し出す)
あえて~ (両手の人差し指を立てて、軽く曲げ、合わせる」
しあわせ!(アゴヒゲを2回撫でる)
最後に全員で、この手話で閉会にします。
今日は、本当にありがとうございました。
それでは」
(手話)
あなたに~(手のひらを上に向けて、あなたに差し出す)
あえて~ (両手の人差し指を立てて、軽く曲げ、合わせる」
しあわせ!(アゴヒゲを2回撫でる)
【あなたに会えて幸せ・第1部完】
「あとがき」に続く
最初から読む
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