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つきづきし___早時期賞 副賞 コッシー様


つきづきし


 朝目を覚まして、なんか違う、と思った。
 右足の親指と人差し指を攣りそうなほど伸ばし、レースカーテンの端を摘んで、窓の外を見た。薄い薄いストライプみたいな雨が降る。光景を見てようやく気づくくらいの雨音を聴きながら僕は、今日は学校に行かない、と決めた。
 決めた途端、身体が重いような気がして、熱があるような頭が痛いような気がして、それを確信めいた口調で母に伝えた。
 腕は、だらんと前に垂らすと楽に歩ける。そうして1歩ずつ進み、階段に足をかける。ギシ、ギシ、という音を拾うようにゆっくりと登っていたら、階下で母が学校に連絡する声が聞こえた。眠くはないけれどベッドに入り、母の「じゃあ行ってくるから」をやり過ごして、ようやく家は、僕と雨音だけになった。

 たぶん、こうするのが正しいんだろう、と思い、リビングに戻ってテレビを点けた。ゴミ屋敷の住人へ、リポーターが突撃取材を試みて、空き缶で応酬されている。試みるなよ。僕より愚かで、嬉しい。
 スタジオでコメントする東大卒の弁護士は、前に見た時よりも太ったようで、顎の下に肉が溜まっている。それは、クラスの女子が太ったの痩せたのと気にかけている肉とは、全く違う類のものだ。
 想像がつかない。
 僕の顎下も、ああなるのだろうか。僕も男だから。そうなる前に、なくなりたい。死ぬのは痛そうで、怖そうで、つらいから、死ぬ前になくなりたい。いてもたってもいられなくて、リモコンの電源ボタンを押した。
 反応がない。もう一度ぐっと押す。ボタンの頭に付いている、点字のような小さな突起が、人差し指に埋まる。ブツッと微かな音を立てて、テレビが消えた。
 それでも、あの弁護士は生きていて、電波は僕の家の壁をくぐりぬけ、今か今かとテレビが点くのを待っているのだ。薄気味悪い、でも、待たれるのは悪くない。僕を待つ人は、今や貴重だ。

 部活をやめ、居場所をひとつ失った。だからって、今日学校から逃げたわけじゃない。その証拠に、このリビングも自分の部屋のベッドさえも「なんか違う」のだ。
 かつては、家も学校も、僕の背景みたいなものだった。殊更に居場所だ、と思うこともなかった。背景のうちのひとつは、失った時に初めて「居場所」だった、という事になった。なった、だけだ。「居場所だったと、失って初めて気づきました」なんて、言ってたまるかと思う。
 居場所という概念が僕の中に定着したら、家も、自分の部屋も、教室も、居場所めいてきて落ち着かない。なんか違う、がようやく今朝、形になった。
 テレビがまだ、僕に電源を入れられるのを待っている。あの弁護士が、僕のために場を繋いで、再び電源を入れたら「では再開しましょうか」なんて言いながら、ゴミ屋敷のゴミも私有財産だとか話し始めるのかもしれない。そんなに待たないでくれ。またテレビを点けるよ、なんて、約束できないから。

 テレビに背を向けて廊下に出た。座り込み、壁に背を預ける。そのまま、ずる、ずると右に倒れていく。廊下の先のダイニングが少しずつ傾いていく。景色が完全に90度横倒しになり、僕は廊下に寝そべった。
 せっかくだから、真ん中で腕も脚も伸ばし、宇宙人に改造される直前みたいな姿勢になる。あぁ、それはいいな。改造されて、宇宙人になり切るでもなく、宇宙人にも地球人にも「はて?」と首を傾げられるような僕になる。想像したら、少し愉快になった。

「つきづきし」
 口からぽろりと言葉が零れた。いかにも似つかわしい。ふさわしい。そういう意味だったと思う。初めて習った時は、なんとよく出来た言葉か、と感動した。つきづきしにしか表せない心がある。今、つきづきしいものを、探している。そしてこの床の冷たさが、今の僕にはとてもつきづきしいと気がついた。
 顎を引いて、なるべく首が、床の冷気にあたるようにする。ほどほどの冷たさは、薄い薄いストライプの雨によく似合う。ここは、僕の居場所でも僕の背景でもない。僕自身が、背景の中に溶け込んでいる。そのことが、背景に溶け込むことこそが、今の僕にはつきづきしいのだ。

 僕を待て。でも、僕に見えないところで待っていてくれ。僕に気付いて、でも気付いてないような顔をしていてくれ。僕はこうしてひとつの背景になっているけど、それでも、その中に僕がいるなぁと、たまに思ってくれ。その眼差しが、今の僕にはつきづきしいのだ。

 板張りの天井に、無数の木の節がある。目のようなそれは、床と僕を同時に見つめる。ちゃんと背景になれるよう、僕は目を閉じ、掌を床に貼り付けた。








 本作品は、本田すのうさん主催の企画「マスクド☆note」にて、早時期の作品を見破ってくださったコッシーさんへ贈るものです。

 こういう、あんまり起承転結のないふわっとした掌編、副賞にするにはどうなんだ……という話ですが……。コッシーさんをこういうテイストの作品にしたくて! どうしても!!
 今現在の優しいコッシーさんで、ハートウォーミングな感じにまとめたくない気持ちもあり。
 テーマは「思春期の自意識過剰なコッシーさん」。1番心がナイーブな瞬間にこういう感じになってたかもしれない、なってないかもしれない。多分なってない。でもまぁ、ゆめかわ化ってそういうことなんですわ。コッシーさんの期待してたテイストはどういう感じだったんだろうと今更心配になってきた。

 育ての父、コッシーさん。白鉛筆さんの桃太郎企画で見つけていただいて以来、1年間育てていただいております。
 もし私が大型犬だったら、1年間は人間でいうと7年間に相当するらしいので、もう7年間育てていただいてることになりますね。私が大型犬だと仮定しての話なんですけどね。

 よく分からなくなってきたので終わろうかな。
 コッシーさん、当ててくださってありがとうございます! 内々で伺ったドデカ考察も凄かったです笑 全てお見通しですね……。



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早時期仮名子*みもすそ文庫 もっといい小説を書きます!