【全5回】精神疾患者と高齢者と福祉の星間飛行——「無理するな」の先に、道はあるか②「精神科通院本人が福祉施設を探せ」問題
第2回:「精神科通院本人が福祉施設を探せ」問題
精神科に通っていると、ある地点でこんな状況に出会うことがある。
体調は少し落ち着いてきた
何かした方がいい気もする
でも、どう動けばいいか分からない
そして、その先にあるのは――
「必要なら福祉や就労支援を使ってください」
という言葉。
これは間違っていない。
むしろ、正しい案内だ。
ただし問題は、その次に起きる。
「じゃあ、それをどこで、どう探せばいいのか」
ここから先が、急に“自己責任の領域”になる。
自分で調べる
自分で比較する
自分で連絡する
自分で行く
つまり、
接続のすべてを、本人が担う構造
になっている。
ここで一度、冷静に考えてみたい。
精神的に不調な状態とは、どういう状態か。
情報を処理するのが重い
判断に時間がかかる
先の見通しが立ちにくい
行動のエネルギーが安定しない
つまり、
「探す」という行為そのものが、かなり負荷が高い状態
でもある。
それにもかかわらず、
一番探す力が落ちている人に、探索を任せている
ここに、静かな矛盾がある。
さらに問題は、もう一段深いところにある。
医療、福祉、就労支援は、それぞれ別の領域だ。
医療:状態の安定
福祉:生活の支援
就労:社会との接続
そして、それぞれに専門性がある。
本来であれば、
これらは“つながっている前提”で動くべきもの
だ。
しかし現実には、
縦に分断されている
医療は医療の中で完結する
福祉は福祉の中で動く
就労支援も独立している
そして、その間をつなぐ役割は、
明確に設計されていない
結果としてどうなるか。
「必要なら使ってください」
「あとは自分で探してください」
という形になる。
これは誰かの怠慢ではない。
制度の設計上、自然にそうなってしまう。
ただ、その結果として、
動ける人は動ける
動けない人は止まる
という分岐が生まれる。
ここで重要なのは、
これは能力の差ではなく、構造の差だということ
もう少し具体的に見てみる。
例えば、
Aさんは偶然良い支援先を見つけた
Bさんは情報にたどり着けなかった
この差は、
意欲の差でも
努力の差でもない
ことが多い。
「つながれたかどうか」だけの差
であることも少なくない。
ここで一つ整理しておきたい。
本来の役割分担はこうあるはずだ。
医療:状態を守る
福祉・就労:生活と接続を設計する
本人:選択する
つまり、
接続は支援側の仕事であり、選択は本人の仕事
しかし現実には、
接続も選択も、まとめて本人に乗っている
これが、
「精神科通院本人が福祉施設を探せ」問題
の正体だ。
この構造の中で起きるのは、
動けない
動かない
そのまま時間が過ぎる
という、静かな停止である。
そしてその停止は、
「自分は何もしていない」という感覚
を生みやすい。
しかし実際には、
構造がそうさせている側面が大きい
ここを見誤ると、
自分を責める
さらに動けなくなる
という循環に入る。
では、どうすればいいのか。
大きな制度改革の話もある。
しかし、それは時間がかかる。
この連載で考えたいのは、
もっと小さく、現実的に動かせる部分
だ。
次回は、
「つなぐ人」を増やすという発想
について考えていく。
専門職を増やすのではなく、
接続そのものを増やす
という方向の話になる。
