【全5回】精神疾患者と高齢者と福祉の星間飛行——「無理するな」の先に、道はあるか①精神科医の「無理しないでね」
第1回:精神科医の「無理しないでね」
精神科に通っていると、よく言われる言葉がある。
「無理しないでください」
「今は休みましょう」
この言葉は、正しい。
むしろ、必要な言葉だ。
体調が崩れているときに、無理を重ねれば、状態はさらに悪化する。
それを防ぐための、最低限の安全装置としての言葉。
ただ、この言葉は、ある瞬間から別の意味に変わることがある。
「あなたは働けない」
本来は、
今は負荷を下げよう
回復の余白を確保しよう
という“条件付きの助言”だったはずのものが、
自分には無理だ
社会に出るのは難しい
という“恒久的な判断”として、心の中に残ってしまう。
これは、誰かが間違っているわけではない。
医師は安全を守ろうとしている
本人はその言葉を真剣に受け取っている
家族も無理をさせたくない
すべてが、誠実な方向に動いている。
それでも、
「動かない人生」
が静かに出来上がることがある。
ここで一度、少しだけ視点を変えてみたい。
医師の言葉は、本来どこまでを指しているのか。
「無理しないでください」は、
フルタイムで働くな
強いストレス環境に飛び込むな
回復を犠牲にするな
という意味であって、
「一切の社会との関わりを断て」
という意味ではないはずだ。
しかし現実には、
働く=フルタイム常勤
働けない=何もできない
という二択に圧縮されやすい。
このとき、
「無理するな」という言葉は、
ゼロか100かの“ゼロ側”に人を固定する力
を持ってしまう。
本来は、
20
30
40
といった“中間の関わり方”があるはずなのに、
それが見えなくなる。
ここで起きているのは、能力の問題ではなく、
定義の問題
だ。
働くことは、必ずしもゴールではない。
働けることが、そのまま幸福を意味するわけでもない。
ただ、それでも働くという行為は、
社会との接点
自己効力感
生活のリズム
経済的な余裕
といったものを、まとめて運んでくる。
だからこそ、
「完全に切り離すには重すぎる選択肢」
でもある。
ここで重要なのは、
働くべきかどうか
ではなく、
「働くという選択肢を閉じるべきかどうか」
だ。
「今はやらない」と
「もうできない」は、まったく違う。
しかし現実には、
医師の言葉
自分の不安
周囲の配慮
これらが重なり、
「今はやらない」が
「もうできない」に変わっていく
ことがある。
そしてそのまま、
時間が過ぎる
選択肢が減る
自信も減る
という循環に入る。
ここで必要なのは、
無理をすることではない。
頑張ることでもない。
必要なのは、
「回路を閉じないこと」
だと思う。
今は動かない
でも、動ける可能性は残しておく
この状態を維持できるかどうか。
この連載では、
なぜその回路が閉じやすいのか
どこに構造的な問題があるのか
小さく現実的に変えられることは何か
を整理していく。
大きな理想ではなく、
小さく、長く、誠実に
動かせる形を考えたい。
次回は、
「なぜ接続は本人任せになるのか」
という構造について整理していく。
