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【エッセイ】100万回聴かれる詩歌

▼2026年7月 ふみサロ課題本

『100万回生きた猫』(講談社の創作絵本) 佐野 洋子

▼本文

 自作俳句と短歌が毎月「広報みなみ」(地元の広報紙)に掲載されるようになってから、丸3年が過ぎようとしていた今年3月、実母が突然、天国へと旅立った。

5月の「広報みなみ」に、以下の自作が掲載された。


・「子は母の面影映し青き踏む」
・「花筏(はないかだ)母に迎えの時の来て夢の続きを風に託さむ」
  

 早速、叔母さん(母の妹・俳句の先生)から連絡があった。

「よう出来とるから色紙に書いて仏壇に飾りなさい!」

 そう言われても書道の腕前には全く自信の無かった私は、その色紙の作成を仕事として書道家の友人に依頼した。

 その後の、6月の広報には、こんな句も載せた。

・「春愁や呼べど答えぬ椅子一つ」

 Uターンする前に都会で一人暮らしに慣れていた私にとって、一人暮らしは特に寂しいという訳でも無かったが、二人から突然一人暮らしに変わるのは、やはりショックが大きかったのだ。

 こんな句も出来た。

・「花は葉に生命の巡り想わざる」

 母が亡くなって以降、月命日の墓参りの回数は月3回(父、母、祖母)に増え、般若心経と祓詞を唱えるのが毎日の習慣になった。母の習慣を引き継いだからである。しばらくして、また叔母からの電話があった。

「ようやっとる。お母さんは成仏したと思うよ!」……と。

 本当に成仏したのだろうか? 

 そうであってくれれば嬉しいのだが……しかし、母のガーデニングは引き継げていない。母が世話していた鉢植えは、今ではすっかり草ぼうぼうである。元々私に、ガーデニングの趣味は無い。これに関しては出来なくて御免と……謝るしか無い。

 こうして書きながらも、ずっと思い続けている事がある。

「100万回聴かれる詩歌が書きたい」……

 この想いに対する答えは無い。しかし、答えなんか無くても、私は、これから先もずっと書き続けていくのだと思う。

 ”三度の飯より創作が好き”

これが私自信の嘘偽りのない本心そのものなのだから。


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