【連載】校長に全校朝会で名指しされた日:私が教員を目指す原点
私は、右往左往と申します。
小、中学校の元教員です。
前回、私が出会った管理職の先生方について少し書きました。
今回は私の「なぜ教員を目指すことになったのか」の原点にもなった、中学校時代の話を書いていきます。
これは、私がまだ中学校に入学して間もない頃の話です。
当時、掃除の時間、私は校長室の担当をしていました。
友人と何気なく高校の話をしていて
「高校ってどんなところなんだろう。行ってみたいな」
と、口に出した私に、それを耳にした当時の校長が
「おい、○○(私の名字)、おまえは何で高校に行きたいのか」
と、質問してきました。(今でもはっきりと、その質問は記憶しています。)
私は
「知らないからどんなところでどんな勉強ができるのかと思って・・」
と、適当な応答をしました。
まさか、そのことで質問されるなんで思ってもみませんでした。
私の応答に対しての校長の返事はなかったと思います。
次の週の全校朝会の時です。
毎回、校長からの談話があるのですが、突然
「先週の掃除の時間、1年●組の○○(私の名字)が高校に行きたいと言ったのを聞きました。それはおかしいことだと思いませんか。まだ中学校に入学したばかりの生徒です。○○は間違っています。」
ここまで聞いて、私は目の前が真っ暗になりました。
今振り返れば、校長は「先のことばかり考えず、目の前の中学校生活を大切にしなさい」ということを伝えたかったのかもしれません。
しかし、全校生の前で名指しで否定するというやり方は、あまりにも一方的で、多感な時期の私には受け止めきれないものでした。
恥ずかしい気持ち、同時になぜあんなことを言ってしまったのだろうという後悔、校長への怒り・・言葉に表せない気持ちです。
教室に戻ってからのこともほとんどは覚えていません。
私の頭の中は動転していて、授業どころではありませんでした。
休み時間に校長室へ行って、なぜそんなことを言ったのか直接質問しようか、それとも・・
どうしたらいいかわかりませんでした。
その時、唯一できたことは、仮病を使って早退したことです。
あの時、もしかしたら養護教諭の先生は私の気持ちを察してくれ、早退させてくれたのかもしれません。
それから卒業の日まで、私は校長を避けるようになりました。
挨拶はしていましたが、なるべく顔を合わさないようにしました。
卒業式でその校長から卒業証書を手渡された時の屈辱にも似たような気持ちも、今でもはっきり記憶に残っています。
私が教員になりたいと思ったきっかけ、それは「子どもの味方になりたい」ということでした。
あの時校長は、それを全校生徒の前で言う必要があったのだろうか?
なぜ「高校に行きたい」と言ったことがそんなに悪いことだったのか?
進学することへの興味は、中学1年では早すぎるのか?
今となってはその答えは返ってきませんが、たとえ校長なりに「いまを大切に」という教育的意図があったとしても、私は子どもが持つ疑問ーたとえそれが大人から見て小さいものでもー私は絶対に馬鹿にしたりしない。
そんな疑問を持つ子どもに寄り添って一緒に答えを見つけていきたい。
そんな教員になりたいと思いました。
この苦い経験が、私の教員としての原点となりました。
その後、実際に教壇に立つようになってからも、さまざまな管理職の先生方との出会いがありました。
次回は、私が教員になってから出会った管理職の先生方についてお話ししたいと思います。
本日もお読みくださり、ありがとうございました。
