創設3周年に寄せて ── 5月28日の祈りを、すべての幸福(529)に変える
今日ここに綴る文章は、これから出会う未来のメンバー、顧客、そしてIT業界全体と共につくっていく「未来の約束の旗印」です。
どれほど優れた教育を受けても、受け入れる社会の側が壊れていれば、若者たちの美しい芽は育たない。
だからこそ、私はIT業界の産業構造の問題に当事者として向き合い、「幸福」を社会に実装していく道を選びました。
昨日5月28日の夜、私は静かに祈りを置きました。暗闇の中で。
あの日を「祈りと、誓いの日」と呼ぶなら、今日、5月29日は、SEED Genesisが産声を上げてから3年目を迎える「再出発と、感謝の日」です。
毎年のように、私の人生の重大な節目は、なぜかいつも5月28日に重なってきました。 深く傷つき、現実を受け入れるしかなかった夜。
その翌日である5月29日に、私はいつも新しい一歩を踏み出すための決断を重ねてきました。
「守れなかった後悔」から、「誰かを守れる選択肢」へ。
これが、私たちの創世記(ジェネシス)の物語です。
1.「芽が折れてしまう社会」と、IT業界の砂漠
どれほど優れた教育があっても、受け止める社会が壊れていれば、若者の芽は育たない。
私が身を置いていたIT業界には、人材を「リソース」として扱い、短期的な利益のために限界まで使い潰さざるを得ない構造が根強く横たわっています。
1.1 5月28日の原体験──守れなかった無念
SEED Genesisの原点は、あの5月28日の暗闇にあります。
言葉にすることすら躊躇われるほどの無力感のなかで、私は目撃しました。
母校が大切に育んできた「普遍的な愛(カリタス)」の教えの光の中で、確かに吹こうとしていた美しい芽が、理不尽な現実の前に一瞬で折れてしまう瞬間を。
その光景は、あまりにも静かで、あまりにも残酷でした。
「守りたかったものを、守れなかった」
その事実だけが、暗闇の中で重く沈み続けていました。
祈ることしかできなかった自分の無力さと、目の前で起きた現実の理不尽さが、胸の奥で絡まり合い、ほどけないまま残り続けた夜。
そして私は、その痛みを抱えたまま、ふと自分が身を置いているIT業界の現実を重ねていました。
守りたいものが守れない構造。声を上げても届かない現場。誰も悪くないのに、誰もが疲弊していく社会。
あの夜の暗闇は、私にとって「個人的な痛み」であると同時に、「社会の痛み」を象徴する出来事でもあったのです。
1.2 人が守られない構造──IT業界の荒野
同じ組織で働く仲間を守りたい。自分を含む心身の健康を大切にしたい。 そんな切実な願いは、現場ではあまりにも簡単に踏みにじられていきました。
「現場なんて、どこもそんなものだよ」
「気にしないことだね。経営者じゃないんだし」
「良くしようだなんて思うから、ストレスが溜まるんだよ」
この言葉は、慰めではなく、諦めの合言葉のように響きました。
誰もが疲弊し、誰もが麻痺し、誰もが「仕方ない」と言い聞かせている。 その痛みを本当の意味で知らない部外者が投げかける正論は、私たちの叫びをさらに孤独にしていきました。
痛烈な悲鳴が、どこにも届かない。
届かないから、誰も守られない。
PMOとして呼ばれる現場は、すでに炎上していることが多く、そこには「足りないがゆえに奪い合う構造」が横たわっていました。
急速なデジタル化への要請。
慢性的な人手不足。
期待と責任だけが膨らむ環境。
余裕のないスケジュール。
余裕のない人員。
余裕のない心。
疲弊した現場は、人を「リソース」として扱わざるを得なくなる。 そして、リソースは足りないから奪い合うしかない。
それは、産業構造そのものの根深い問題でした。
1.3 Why(存在意義)の誕生
どれほど素晴らしい理念が人を育てても、受け止める社会が荒野であれば、芽は簡単に折れてしまう。あの5月28日の夜に見た光景と、IT業界で日常的に起きている現実は、まったく同じ構造をしていました。
「受け入れる側が壊れている」
この一点こそが、すべての問題の根源だったのです。
教育が悪いのではない。 若者が弱いのでもない。 個人の努力が足りないわけでもない。
社会の側が、組織の側が、現場の側が、人を受け止められない構造になっている。このままでは、次世代への教育も、企業も、IT産業も、すべてが持続不可能になる。
この強烈な危機感こそが、後にSEED Genesis最大の「Why(存在意義)」となりました。
「人が守られる組織を作り、社会の構造を変えていく」 そのために、私は自分が動き始めるしかありませんでした。
2.「共生」という理想のモデルケース
決意の根源には、私の大切な母校の精神と、ビジネスの現場で出会った優れた文化があります。
卒業して、20年が経とうとする頃。
母校の創設に関するあまりにも凄まじい歴史を知る機会がありました。
2.1 母校の創設秘話から受け取ったバトン
1953年、カナダの修道院にいた3人のシスターが、新聞で原爆の惨状を知って日本へ行くことを決めた。
日本の子どもたちには教育が必要だと、骨を埋める覚悟で貨物船に乗り、命がけで日本に上陸。
言葉もわからない中、ゼロから学園を創設してくれたという歴史です。
彼女たちは、自分がこの学校を創った人間だと一言もアピールすることなく、ただの一人の語学の先生として、静かに教壇に立ち続けていました。
中学時代の私は、そんなこともつゆ知らず、何の疑いもなくのびのびと安全に、日常を過ごすことができていた。
後からその事実を知ったとき、あの「圧倒的な無知の幸福」でいられた聖域こそが、何も言わずに与え続けてくれていた最大の愛の成果だったのだと気づき、涙が止まりませんでした。
「自分には、創設者のようなことは、とてもできない。でも、せめて少しでも、困っている人に手を差し伸べられる人になりたい。」と、私は心に強く誓ったのです。
2.2 優れた企業文化との出会い
その決意を胸に、ビジネスの現場で実践していく上で、素晴らしい「良いモデルケース」に出会いました。
それは、自身の所属企業のクライアントであり、私自身が長らく常駐してきた、大手グローバル企業が掲げていた「共生」という理念と成熟した企業文化、そして敬意が人を育てる土壌でした。
そこでは所属組織や立場を超えたパートナーシップがあり、「前工程は神様、後工程はお客様」という敬意の連鎖が綺麗に機能していました。
進捗会議でも遅延を責める声は上がらず、「どう解消するか?」を全員が自分事として話し合う。一人ひとりを尊重し合う姿勢が、当たり前のように息づいていました。
「この在り方こそが、私の目指すべき理想の現場だ」と、私はそのモデルケースを胸に、自分の流儀を確立し始めました。
3. 共生だけでは足りない──暗黒の現場と「共創」のロジック
企業倫理規範が現場にまで浸透し、個人の信頼関係の基盤が揺るがない中では、見事なまでに美しく機能し、すべてが上手くいっていた「共生」。
しかし、独立して個人事業主となり、ある現場へと飛び込んだとき、私は過酷な現実に直面することになります。
3.1 心理的安全性ゼロの現場
その現場には、共生の概念そのものが存在しませんでした。
平日休日問わず、毎日夜中の2時まで、社内チャットツールの通知が鳴る。問題を報告すれば、プロジェクトマネージャーから叱責を受ける。お客様との定例会議では怒号を浴びせられる。
心理的安全性ゼロの暗黒の現場。
私が参画した時点で、開発メンバー11人のうち、わずか2週間に6件の体調不良による欠勤報告が飛び交っていました。
入ってすぐ、この勤怠の異常さを責任者に相談しましたが、「いつものことだし、何が異常なのかわからない」と返されてしまいました。
フルリモート勤務のなか、朝会を含むすべてのミーティングは「カメラもマイクもOFF」。 お互いの顔も名前も知らない。
開発環境は整っておらず、資料はなく、何を求めているのかも曖昧。 メンバーの口からは「どうせ間違っていたら後から言われるのだから、今はこれでいい」という諦めの言葉が漏れていました。
私は、目の前にあるこれほど崩壊した現場を前にして、行動を伴わない優しい言葉は、慰めにすらならないと痛感したのです。
この状況を打開し、実績をもって証明するしかない。そのためには、システムとして人を守り抜くのロジックこそが必要なのだと、身を以て突きつけられました。
3.2 共創(Co-Creation)の仕組み導入
私はプロジェクトの透明性を高め、健全な運営をするため、徹底的な「逆算思考とプロセスの見える化」の仕組みを持ち込みました。
問題検知「集まれ!」チャンネルの設置:「ヤバい」と思った瞬間に、心理的ハードルなく挙手・集合できるSlack環境を構築。
Backlogによるタスクの一元管理:誰が何をやっていて、どこで詰まっているのか、仕事の優先順位と担当者を明確に「見える化」するタスク管理。
工数からの逆算見積もり:上から降ってくる納期に合わせるのではない、できる工数から期日を逆算する見積もり方法への転換。
「人と組織全体の健康」の管理:朝会での「天気の確認」など、メンバーのコンディションとパフォーマンスを察知するための場づくり。
そしてもう一つ重要だったのが、 技術者を守るための会議体設計 でした。
毎週のように怒号を浴びせられる顧客との定例会議に、理由もなく全員が参加を強制されて、 本来守られるべきエンジニアが、毎週のように矢面に立たされていたのです。
私はこの構造を止め、 自分と開発リーダーが代表して出席する方式に切り替えました。
これにより、技術者は本来の業務に集中でき、 生産性が格段に上昇することになります。
3.3 Before/After──逆算思考と見える化の成果
目的も主義もなく動く「実行(Action)」ではなく、 明確な理論と目標を持つ「実践(Practice)」を徹底した結果、 わずか1ヶ月で数字が劇的に改善しました。
障害票処理件数(1週間):25件→85件
テスト消化項目:0件 → 714件
Slack投稿数(1日):5件 → 15件
月間会議費(朝会):160万 → 40万
助けてほしいと手を挙げれば、解決のために仲間が集まってくれる。
この小さな経験を重ねるうちに、誰もが積極的に問題を報告するようになり、驚くほど仕事が迅速に進むようになりました。
聞こえのいい言葉に頼るのではない。 冷徹なまでに機能するロジックで「守護の仕組み」を構築し、現場を支え抜くこと。
それは、メンバーにとっては「守られている」という確かな実感──すなわち、かつて私がシスターたちから受け取った「ここに存在していいのだ」という絶対的な安心感を、私なりに体現することにほかならなかったのです。
後で聞いたところによると、私の第一印象は「しっかりしている」「こわい」「社内監査に入ってきた経理部のひと」だったそうです。
4. ロジックが愛に変わった日──退路を断つ決意
この「共生だけでは足りない現場を、ロジックの実践によって救った事例」は、のちに私の人生を大きく変えることになります。
現場をシステムで救った実績の先に待っていたのは、待ち望んでいたはずの「正社員に戻る」という選択肢と、それを断って退路を断つという決断でした。
4.1 「愛かなあ!」の衝撃
後日、私はこのプロジェクトの課題解決事例をもとに、PMとして大事なことを語ってほしいとの依頼を受けて、企業内での登壇を行いました。
発表資料にも、私の口からも、「愛」という言葉は使われませんでした。
しかし、主催者が集めてくれたアンケートを見た瞬間、 私は思わず息をのみました。
自身のプロジェクトの課題があれば記載してください
—— 愛かなあ!
感想・質問などあればなんでも
—— 大変参考になるプレゼンでした。笑いと愛のある仕事を目指してみます
ロジックを、仕組みを、数字を、徹底的に「実践」すること。その「守る行為」そのものと実績が、受け手には愛として届いている。
この瞬間、私の中で確信が生まれました。
現場に個人として入ってプロジェクトを再生するだけでなく、自分が培ってきた仕組みを言葉にして「話しただけ」で、これほどまでに深く人に影響を与え、行動を変えることができるのだ、と。
4.2 起業を決めた日──静かな決断
私は元来、組織の中で人を育て、文化をつくることが好きな人間です。 「一社に添い遂げ、組織に貢献する生き方」には、未だ憧れを持っています。
独立も、起業も、最初から望んでいたわけではありません。
むしろ、フリーランスになることには大きな抵抗がありました。
なぜなら、フリーになるということは、 チームビルディングや後進育成の機会が失われる可能性があったからです。
しかし、PMOとして本気で現場を良くしたいと思ったとき、 正社員としてPMOを担える会社は、当時ほとんど存在しませんでした。
だから私は、「PMOとしての実績を積み、理念に共感できる会社に出会えれば、その会社に就職したい」という願望を持って、個人事業主になったのです。
しかし、あのアンケートを見た日から、私の考えは変わりました。
——私は、もう個人にも、どこかの正社員にも戻らない。
個人事業主としての自分は、 あの痛みの記憶が刻まれた「5月28日」で終わりにする。そしてその翌日、 誰かの幸福(529)のための器となる「5月29日」に、会社を創る。
ただ静かに、そう決めました。公言する必要もなく、誰に認められる必要もなく。ただ、自分の中で、揺るぎなく。
その日から、私はすべてを逆算し、確実に登記できるよう準備を始めました。
5. なぜ、5月29日なのか──創業の日(529)
2023年5月29日、私は株式会社SEED Genesisを創業しました。
届かない祈りを遠くから捧げるのでなく、ビジネスという持続可能な仕組みを通じて、この社会へ幸福を「実装」するための「魂」です。
5.1 祈りを仕組みに変える会社としての SEED Genesis
創設者たちが、戦後の荒廃した日本に心を痛め、命がけで海を渡り、「あなたたちは決して見捨てられていないから、大丈夫」と伝えに来てから、もう70年以上が経ちます。
命がけの教育が70年かけて伝え続けていたことが、届いていない。社会を見渡せば、まだまだ不安に苛まれ「大丈夫ではない」人々がたくさんいる。
だからこそ私は、自分の裁量の範囲で、身近なところからより良い場所にしていくことで、安心して働ける人を増やしていくと決心したのです。
私たちがビジネスを通じて社会に実装する「守護の土壌」は、SEED Genesisの企業DNA「自律」「調和」「継承」によって支えられます。
自律(Autonomy):
自分自身で立てた目標・約束にしたがって行動すること
調和(Harmony):
自立した個が、互いの境界線を尊重し和をなすこと
継承(Succession):
私たちが去った後も、幸福が循環する種を遺すこと
5.2 豊かさの循環──「529」に込めた魂
かつてIT業界の砂漠で情熱が枯れかけていた私は、多くの人に背負われ、生かされてここまで戻ってくることができました。
今なら、はっきりと言えます。
それは「足りないものを奪い合う世界」を生き抜いたからではありません。むしろ、目に見えないところで、あまりにも多くのものを与えられ、満たされてきたからこそ、今の私があるのだと。
母校のシスターたちが、何も言わずに遺してくれた聖域。
ここまで育ててくれた、歴代の所属企業。
クライアントの現場で出会った、敬意と共生の文化。
暗黒の現場で、必死に踏ん張りながらも私を信じてくれた仲間たち。
そして、あのセミナーのアンケートに書かれていた、たった一言の「愛かなあ!」。
あなたが気づいていないだけで、私たちは、奪い合う世界ではなく、 与えられ、満たされる豊かさの中で生かされてきているのです。
だからこそ、今度は私がその豊かさを実社会の中で循環させていく。ないものを奪い合う荒野に、仕組みという名の潤いを与える側になる。
株式会社SEED Genesisが産声を上げた「5月29日」という日付。
文字通り、 「誰かの幸福(529)」を、遠くからの祈りだけで終わらせない。
この魂が生まれて、今日で3年が経ちました。
この期間を支えてくれたすべての人へ、静かに、深く、感謝を捧げます。
今はまだ、私が掲げた小さな旗かもしれません。
だけど、この文章を読み、胸の奥で何かがそっと動いたあなたへ。
もっと良くしたいと願う人がいる限り。
私たちは今日も、この場所に新しい種を撒き続けます。
2026年5月29日

🟢 SEED Genesis 企業理念
私たちが社会に実装していく「守護の土壌」── 自律・調和・継承という三つの根について、 より深く知りたい方へ。
→ SEED Genesis|企業理念と事業内容
🟢 創業前夜の想い
SEED Genesis の創業は、 前日の 5月28日 に置いた静かな祈りから始まりました。もしまだ読んでいなければ、 この物語の“前夜”にあたる記事を、そっと置いておきます。
→ 5月28日|祈りと誓いの夜
🟢 PM(O)育成・組織改善プログラム資料
もしあなたの現場に、 「守りたいのに守れない構造」があるなら。 「もっと良くしたい」という静かな願いが胸の奥で灯っているなら。
私たちがこれまで現場で積み重ねてきた “育成の体系” を、 ひとつの資料にまとめています。
→ PM(O)育成・組織改善プログラム|資料請求はこちら
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