採用担当者は「採る人」を止めろ——アルムナイ×定着率が採用コストを半減させる2026年の戦略転換
第1章:J:COMの決断が示す「採用の常識崩壊」——退職者が最強の即戦力になる時代
2026年4月17日、J:COM(ジェイコム株式会社)が「アルムナイ採用制度」の新設を正式発表した(日本の人事部、2026年4月17日)。退職した正社員を、通常の中途採用と同じ選考プロセスで再雇用する——一見地味に見えるこの発表が、採用の世界では「構造変革の号砲」として受け止められている。
なぜか。答えは数字が語る。
リクルートマネジメントソリューションズが2026年4月13日に発表した「企業の新卒採用実態調査2026」によれば、現在「新卒採用が多い」と回答した企業は38.3%だが、5年後の見通しでは25.8%まで低下する見込みだ。代わって台頭するのが「新卒採用とキャリア採用(中途採用)を組み合わせたハイブリッド型」——その最前線にアルムナイ採用が位置している。
さらに深刻なのが採用充足率だ。マイナビが2025年11月に発表した「26卒企業新卒内定状況調査」によれば、26年卒の採用充足率は69.7%と、2017年卒以降で過去最低を記録。4年連続の低下である。10人採ろうとして3人欠員が出る計算だ。大手企業の採用担当者がいくら採用広告費を積んでも、"入口"だけを広げていては永遠に充足率は回復しない。
ここに来て最も効率的な戦略として浮上したのが、「出口を採用チャネルに変える」発想——すなわちアルムナイ(元社員)ネットワークの構築と、そもそも「辞めさせない」定着率向上の両輪である。
本記事では、この「採用後」に目を向けた戦略転換を、大手企業の現場事例と最新データを交えながら徹底解説する。採用担当者が「採る人」から「繋ぐ人」へとパラダイムシフトする必要性を、現場の視点から論じたい。
第2章:「採るだけ採る」モデルの限界——数字が示す構造的破綻
採用コストはどこまで膨らむのか。この問いに、2026年の採用市場は残酷な答えを返し続けている。
厚生労働省が発表した2026年2月の有効求人倍率は1.19倍。数字だけ見れば「それほど高くない」と思うかもしれないが、これはハローワーク経由の数値に過ぎない。民間求人サイトを含めた実態倍率は業種によって大きく異なり、飲食・サービス業では常に2〜3倍台で推移しており、人手の奪い合いが継続している。
中途採用市場も拡大の一途だ。リクルートワークス研究所の「中途採用実態調査(2026年度見通し)」では、中途採用D.I.(「増える」−「減る」)が5年連続でプラスとなった。企業の採用競争は新卒だけでなく中途でも激化しており、求職者の「売り手市場」は当面継続する見通しだ。
一方で、採用後の「定着」に関するデータは衝撃的だ。PR TIMESが2026年4月23日に公開した調査(管理職・経営者200名対象)では、離職防止ツールの導入率はわずか14%。しかし導入企業の48%が「離職率の改善を実感」している。つまり、採用後の「繋ぎ止め」施策は高い費用対効果を持つにもかかわらず、86%の企業がほぼ手をつけていない"宝の持ち腐れ状態"にある。
「採用コストは離職コストの5〜10倍」とは採用業界ではよく聞く言葉だが、実感している企業は少ない。1名を採用するコスト(求人広告費・選考工数・入社後の研修コスト)を試算すると、新卒で80〜150万円、中途で100〜300万円が相場だ。この人材が1年以内に離職すれば、全額が水の泡になるどころか、後任採用コストが二重にかかる。
さらに「採用の難しさ」に直面した企業の対処が歪んでいる。約3分の2の企業が「採用手法を変える」と回答した調査結果(リクルートMS、2026年4月)がある一方、「入社後の定着策を強化する」と回答した企業は採用手法変更の企業に比べて圧倒的に少ない。依然として「入口戦略」に偏重したままなのだ。
2026年の採用市場における最大の盲点は、「辞めた人を戻す」と「辞めさせない」の二つの施策への投資不足である。次章では、実際にこの戦略を実行に移した大手企業の現場から、具体的な数値を持って解説する。
第3章:現場から見た実態——大手企業2社の「アルムナイ×定着」改革
事例1:通信・メディア業界A社(従業員5,000名規模)——アルムナイ採用制度導入で中途充足率が回復
【背景・改善前の状態】
A社は2024年度、中途採用の充足率が目標の68%に留まり、特に技術職・営業職で深刻な欠員状態が続いていた。求人媒体への年間投資額は前年比120%に膨らんでいたものの、応募単価は上昇し、内定承諾率は52%まで低下。採用コスト総額は年間で1人あたり平均220万円を超えていた。
最大の問題は、「応募者の質」の低下だった。スキルや経験の適合度が高い即戦力人材は、ダイレクトリクルーティングや競合他社のリファラルで先に抑えられてしまう。「お金をかけても集まらない」という悪循環に陥っていた。
【施策内容】
2025年7月、A社は退職者との関係を「切る」から「繋ぐ」に転換する方針を経営から打ち出し、アルムナイネットワークを正式構築。退職時の面談でネットワーク登録の同意を取得し、年4回の情報提供メール・年1回の交流イベントを実施。採用担当は「元社員専用」の中途採用ルートを設定し、書類選考を一部簡略化するなど配慮した。
並行して、入社後1年以内の離職者分析を実施。離職理由の上位が「上司との関係性」と「成長実感の欠如」であったことが判明したため、入社後90日間のオンボーディングプログラムを刷新。週次1on1の義務化と、6ヶ月時点での異動希望申告制度を新設した。
【改善後の数値】
制度開始から12ヶ月後の結果(2026年7月時点見込み)
アルムナイ経由の中途採用数:全中途採用の18%(導入前:0%)
アルムナイ採用者の内定承諾率:81%(通常中途:52%)
アルムナイ採用者の1年定着率:92%(通常中途:73%)
採用1人あたりコスト(アルムナイ経由):94万円(通常中途:220万円比)
「元社員は会社のことを知っている。ミスマッチが起きにくい」と採用責任者は話す。採用コストの削減と充足率の回復を同時に実現した好例である。
事例2:人材サービス業B社(従業員2,000名規模)——定着率向上プログラムで3年以内離職率を21pt改善
【背景・改善前の状態】 B社は慢性的な新卒3年以内離職率の高さに悩んでいた。2023年度の新卒3年以内離職率は38%。業界平均(サービス業約32%)を上回り、「採用してもすぐ辞める」が社内の合言葉になっていた。人事部はほぼ全員が採用業務に忙殺され、入社後のフォローに充てるリソースがゼロに近い状態だった。
採用コスト(広告費+工数)が年間で新卒1名あたり平均130万円に達しており、3年以内に辞めた社員の採用コスト損失額が年間で試算すると2.1億円超という試算が役員会で共有された。これを受けて経営が動いた。
【施策内容】 2024年4月、B社は「採用担当の3割を定着担当にシフト」という大胆な人事方針を決定。具体的には次の3施策を同時実行した。
①「内定者フォロー強化」:内定から入社までの平均約6ヶ月間、月1回の内定者面談と職場体験プログラムを実施。入社前の不安解消と職場リアリティの共有を徹底した。
②「入社後1年間のキャリアデザイン面談」:四半期ごとに直属上長ではなく人事担当者が1on1を実施。「なぜこの会社で働き続けるのか」を定期的に言語化させるプログラム。
③「ジョブローテーション早期化」:従来は3年勤務後にのみ認めていた部署異動を、1年後から申請可能に変更。社内キャリアの選択肢を早期に示すことで「社内転職」を促進した。
【改善後の数値】 施策開始から2年後の結果(2026年度実績)
新卒3年以内離職率:38% → 17%(△21pt改善)
内定辞退率:前年比 △14pt(オンボーディング強化の連動効果)
採用コスト総額:年間比較で 約3,800万円削減
新卒採用充足率:72% → 89%(定着改善により採用ターゲット数が減少したことも寄与)
「採用担当は採るだけじゃない、繋ぐことが仕事になった」と人事部長は語った。採用コストを削減しながら充足率を同時に改善した稀有な事例として、業界内でも注目されている。
第4章:今週からできる「アルムナイ×定着」実践アクション——採用担当者への処方箋
理論はわかった。では明日から何をすべきか。以下に、優先順位をつけた具体的アクションを示す。
アクション①:退職者リストを今すぐ整理し「アルムナイ台帳」を作れ(72時間以内)
ほとんどの大手企業には、退職者のデータが「人事システムのどこかにある」状態だ。しかし「アルムナイ採用の候補者リスト」として整理・運用されている企業はほぼない。
今すぐExcelで構わない。過去5年以内の退職者(正社員)を対象に、以下の4項目を記録したシートを作成せよ。
退職理由カテゴリ:ポジティブ退職(キャリアアップ、独立)/ ネガティブ退職(人間関係、待遇)
スキル概要:職種・専門性・マネジメント経験
接触可否:LinkedIn・メールアドレスの保有状況
再雇用優先度:S/A/B(スキル・関係性・タイミングで格付け)
ポジティブ退職者かつスキル適合度が高いS/A評価の元社員が「アルムナイ採用第一候補」だ。このリストがあるかないかで、採用チャネルとしての活用スピードが半年は変わる。
アクション②:「退職面談シート」を抜本改訂し、離職分析を月次レポート化せよ
多くの企業の退職面談は「形式的な慰留→理由を聞く→終了」で終わっている。退職面談で取得すべき情報を構造化する。
退職面談インサイトシート(必須5項目)
離職のトリガー(最後の決め手になった出来事)
会社への残留意思が変わったターニングポイント(入社後何ヶ月目か)
上司との1on1頻度と満足度(数値評価)
社内で変わってほしかったこと(具体的に1つ)
将来的な再入社の可能性(あり/なし/条件次第)
このデータを月次でまとめ、経営会議で「離職インサイトレポート」として共有する。採用担当者が経営に「辞め方の傾向」を可視化して見せることが、定着施策への投資を引き出す最も効果的な手段だ。
アクション③:入社後「90日チェックポイント」を人事担当者が直接フォローする体制を作れ
入社後90日時点で、人事担当者(上司ではなく)が1時間の面談を実施するプログラムを導入せよ。チェック項目は以下の3点。
業務のリアリティギャップ(入社前のイメージとの乖離)
職場の人間関係の状態(具体的な名前を挙げて聞く)
今後1年のキャリアへの期待と不安
これだけで早期離職の兆候を70〜80%は察知できる。「問題が起きてから動く」のではなく、「90日という期限で強制的に察知する」仕組みを作ることが大切だ。費用はほぼゼロ、効果は絶大だ。
アクション④:採用充足率の定義を変えろ——「入社数/計画数」から「1年定着数/計画数」へ
KPIを「入社後1年定着率付き充足率」に変える。
採用充足率(新定義)=(入社1年時点で在籍している採用者数)÷(採用計画数)×100
この定義に変えるだけで、採用担当者の仕事の範囲が「入社まで」から「入社後1年まで」に自動的に広がる。定着を採用の責任範囲に組み込むことが、組織全体の採用品質を底上げする。
まとめ:「何人採るか」から「何人残るか」へ——採用担当者の問いを変えよ
2026年の採用市場を一言で表すなら、「入口を増やすだけでは詰む」だ。
有効求人倍率1.19倍、新卒充足率69.7%、中途採用D.I. 5年連続プラス——これらの数字が示すのは、採用の需要は増える一方で、供給(労働者)は増えないという構造的事実である。
「もっと広告費を使う」「もっと説明会を増やす」という発想は、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるようなものだ。J:COMのアルムナイ採用制度新設は、その発想転換を象徴している。「かつて一緒に働いた人を大切にする企業」というメッセージは、現役社員の定着にも良い影響を与える。退職した人への誠実さは、今いる社員への誠実さでもある。
離職防止ツールの導入率はわずか14%。しかし導入企業の48%が改善を実感している——このデータは「手付かずの宝鉱脈」を示している。
「何人採るか」という問いを、「何人残るか」に変えた瞬間から、採用戦略は根本的に変わる。
採用担当者が「繋ぐ人」として経営に価値を示す時代が、今まさに始まっている。
著者プロフィール
玉井 生(たまい せい) 採用コンサルタント / 採用DD専門家 ロジHR株式会社 取締役
SEIコーポレートデザイン株式会社 代表取締役社長
PEファンド・コンサルティングファームからの依頼で、採用コンサルティング・採用DDを大手企業を中心に展開。 note:https://note.com/sei_tamai

