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【#1】どん底からの出発:高校中退→飲食→バンド→22歳で求人広告営業へ

「退学か?自主退学か?」

校長にそう言われた日のことを、今でも覚えている。色々な理由が重なって、高校を辞めた。今から考えれば、完全な素行不良の少年だった。親には、本当に迷惑をかけた。

飲食店で気づいた「働くとはなにか」

高校を中退した後、私は飲食店で働き始めた。同時に、バンド活動にも精を出していた。1日14時間勤務、月300時間近く働く日もあった。

最初は体がついていかなかった。でも、続けていくうちに、あることに気づき始めた。

「懸命に働くと、人から認められる」

単純なことかもしれないが、当時の私には大きな発見だった。成功体験が乏しかった私に、「頑張れば結果がついてくる」という経験をくれたのが、飲食店での3年半だった。18歳から21歳まで、その時間は無駄ではなかった。

バンド解散と、人生の岐路

飲食店で働きながら続けていたバンドが、解散した。私はまた、ゼロに戻った。

どうするか。ここで私が選んだのは「大学に行く」という道だった。高校を中退しているため、当然大学受験の資格がない。まず「大検(大学入学資格検定)」を取得する必要があった。

大検のための学校に通いながら、パソコンのスキルも身につけようとマイクロソフトオフィシャルユーザースペシャリストの資格取得学校にも通った。当時からすると、かなり先進的な取り組みだったと思う。1日10時間ほど勉強し、無事に大検に合格した。

しかしここで、少し立ち止まった。大学に進学して何を学ぶのか、その先に何があるのか、明確なビジョンが描けなかった。

そして選んだのは、就職だった。

22歳、人生初のサラリーマンへ

22歳で入社したのは、ユメックス株式会社。求人広告を発行する会社だ。新聞折込・フリーペーパー・インターネットで求人情報を提供する、当時の業界では首都圏4〜5位の規模の会社だった。

当時のバイブルはサラリーマン金太郎。とにかく「がむしゃらにやれば何かが開ける」という気持ちだけがあった。

営業担当として配属され、1日30件の訪問営業がスタートした。飲食店で鍛えた「体力と粘り強さ」だけが武器だった。


🔑 採用コンサルタントとして今思うこと

「どん底からのスタート」は、採用の現場で必ず活きる。 私が長年採用の支援をしてきて気づいたことがある。それは、「採用がうまくいかない企業は、応募者の気持ちを想像できていない」ということだ。高校中退・飲食・バンド解散という経験は、「追い詰められた人間の心理」を内側から理解させてくれた。求人広告を見る求職者の「必死さ」が、肌感覚でわかる。この原体験が、後の採用コンサルタントとしての共感力の基盤になっている。


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