先生からの贈り物 39 リハビリ実習病院が古墳になってしまった!? ー 40年越しの再会 ー 理学療法士 作業療法士 看護師 言語聴覚士 介護福祉士 ホームヘルパー 患者 病院 リハビ リハビリテーション 病院 昼食 ウォーキング
リハビリ実習病院が古墳になってしまった!?ー 40年越しの再会 ー
理学療法士という「身体の修理屋さん」を目指し、専門学校の門を叩いて3年目。学生生活の集大成ともいえる臨床実習が始まった。私が配属されたのは、大阪府堺市にあるリハビリテーション施設。
そこは当時、全国的にも珍しい「リハビリの聖地」のような場所だった。大阪府が運営する巨大なセンター内には、総合病院から慢性期施設、職業訓練校、果ては義肢装具の研究所まで揃っており、まさにリハビリ界の巨大テーマパークといった趣である。
毎日、アパートのある南田辺駅から阪和線に揺られ、上野芝駅を目指す。当時20歳の私は、希望と不安、そして朝の眠気を詰め込んだ重いカバンを抱えて電車を降りた。
駅から施設までは約1キロの道のり。そこは堺が誇る高級住宅街で、左右を見れば「ここは城か?」と見紛うような大豪邸がどっしりとたたずんでいる。実習ペアのクラスメート、さよちゃんと二人、
「見てよこの家、玄関だけで私のアパートより広いよ」
「きっと石油王か、せめてどこかの社長さんの家だね……」
なんて、小市民らしいヒソヒソ話をしながら歩くのが日課だった。
ところが、その優雅な住宅街を少し曲がると、異様な光景が目に飛び込んでくる。
住宅の隙間に、突然「草がぼうぼうに生い茂った放置国家」のようなエリアが現れるのだ。手入れされていない林や、不自然に盛り上がった小山。そこには朽ちかけた木の立て札がポツンと立っていた。
「ねえ、あそこだけなんか怖くない? お化け屋敷の跡地かな?」
おそるおそる近づいてみると、消えかけた文字で『〇〇古墳』と書いてある。
「古墳? 古墳って、あの歴史の教科書に出てくるやつ?」
さよちゃんが首をかしげる。
「古墳っていうか、ただの荒れ地だよね。仁徳天皇陵みたいに綺麗ならわかるけど、これじゃ近所の空き地だよ」
実のところ、当時の教育カリキュラムでは「古墳時代」という言葉は一般的ではなく、私たちは「縄文、弥生、次は大和時代!」と教わっていた世代だ。
古墳といえば教科書のカラー写真にある巨大な前方後円墳のイメージしかなく、目の前にある「草むら」がまさか1500年前の貴人の墓だとは、20歳の若造には到底信じられなかったのだ。
そんな「歴史的空き地」を通り抜けると、急に視界が開け、白亜の殿堂、5~6階建ての総合病院が現れる。
スタッフ控室には何十人もの療法士が詰めかけ、熱気と消毒液の匂いが混じり合っていた。私たちは部屋の隅っこに用意された長机(通称:実習生席)に身を縮め、朝のミーティングを待つ。
私は小児リハビリチームに配属された。月曜から土曜まで、子供たちの成長に一喜一憂し、四国の田舎から出てきた若造なりに「将来はこんなセラピストになりたい」と青い志を立てたのも、この場所だった。
それから、光陰矢のごとし。40年の月日が流れた。
定年退職という人生の節目を迎えようとしていた私は、ふと思い立ち、ひとり大阪へ向かった。あの頃、何を夢見ていたのか。その答えの欠片が、あの上野芝にあるような気がしたのだ。
天王寺駅から阪和線に乗り、上野芝駅で降りる、
が、改札を出た瞬間にフリーズした。私の記憶にある「古ゆかしい木造駅舎」はどこへやら、そこには立派でピカピカな高架駅がそびえ立っていた。
「えっ、降りる駅間違えた? タイムスリップした?」
慌てて階段を上り下りし、周囲を見渡す。景色が全く違う。40年という歳月は、魔法のように街を塗り替えていた。
途方に暮れかけたその時、道を挟んだ右前方に、妙に見覚えのある看板を見つけた。
「あ! あの喫茶店!」
そこには、実習終わりに他校の学生たちと「今日のバイザー(指導者)怖かったね」などと愚痴をこぼし合った、あの懐かしい喫茶店が当時のまま残っていた。
「そうだ、この喫茶店の横の道だ……!」
喫茶店の角を曲がり、かつての通学路をひとりごとのように呟きながらゆっくりと歩き出した。一歩進むごとに、脳内の古い引き出しがガタゴトと音を立てて開き、記憶の解像度が上がっていくのがわかる。
右側に、ひときわ大きな家が見えてきた。
「あっ、これだ! あの頃、拝むように眺めていた社長さんの家!」
20歳の私は、この門構えを見るたびに「よし、俺も将来はリハビリ界で一旗揚げて、こんな大豪邸を建ててやるぞ」と、鼻息を荒くしていたものだ。
しかし、40年ぶりに再会した「社長さんの家」は、少し様子が違っていた。もちろん、40年も経てば外壁がくすんだり、生垣に年季が入ったりするのは当たり前なのだが…… 何だろう、あの頃感じた「圧倒的な威圧感」がない。
当時は「見上げるような城」に見えたのだが、今の私の目には、落ち着いた佇まいの「普通の家」に映る。家が縮んだわけではない。きっと、40年という歳月を必死に生きてきた私の目線が、少しだけ大人になったということなのだろう。
歩きながら周囲を眺めていると、不思議なことに、景色に溶け込むようにして私の意識も昭和のあの頃へとタイムスリップしていった。
あの頃の私は、夢の塊だった。
当時、世間は映画『ハスラー2』や『ロッキー』に熱狂していた。ビリヤード台の前でキューを構えるポール・ニューマンの渋さ、そして何度打ちのめされても立ち上がるスタローンの不屈の闘志。それらが若き日の私の脳内に、かなり偏った「理想の大人像」を植え付けていたのだ。
当時の私が手帳に(あるいは心の中に)刻んでいたプライベートの目標は、今思い返すと少し気恥ずかしい。
「広いリビングに薪ストーブを置き、その横にはマイ・ビリヤード台を据える。夜な夜なブランデーを片手に、優雅に玉を突く自分……。さらに隣室には防音完備のシアタールームを作り、大音量でライブ映像に浸るのだ」
…… 20歳の学生が描く夢としては、少々バブルな香りが強すぎる気もするが、当の本人は至って真剣だった。
仕事面でも、その野心は天井知らずだった。
「リハビリテーションのこの分野において、日本一の研究者になってやる。教科書をめくれば、俺の名前が出てくるくらいに!」
今考えると恐ろしいほどの自信過剰だが、そんな青臭い目標があったからこそ、厳しい実習も乗り越えられたのかもしれない。
あれから40年。果たして私は、あの頃の自分が憧れた「かっこいい大人」になれただろうか?
プライベートの夢は、実はかなりの部分で達成できた気がする。薪ストーブも、趣味の空間も、形を変えながら私の生活の一部になった。
仕事に関しては…… 残念ながら「日本第一位の研究者」として歴史に名を刻むことはなかった。けれど、40年という長い年月、目の前の患者さんと向き合い、現場に立ちはだかる数々の難題を一つひとつ解決してきたという自負はある。あの頃思い描いた華やかな成功よりも、もっと泥臭くて、もっと重要な何かを成し遂げてきた。そんな確かな手応えが、今の私を支えている。
「まあ、及第点はあげてもいいよね、20歳の俺くん?」
心の中で、かつての自分とそんな会話を交わしながら、さらに歩を進める。
ふと気づくと、見覚えのある大きな道路に出ていた。
「そうそう、ここだ。確か少し戻ってから信号を渡るんだったよな」
50メートルほど先の信号を渡り、住宅の合間に延びる細い小径へと入る。
「よし、そろそろあの『幽霊屋敷みたいな古墳の立て札』が見えてくるはず……」
ところが、その予想は見事に裏切られた。
住宅の間を抜けた瞬間、右側の視界がパッと開けたのだ。
目の前に広がっていたのは、荒れ地でも、草ぼうぼうの空き地でもなかった。青々と輝く芝生の向こうに、端正な姿を見せる前方後円墳。周囲には美しく水をたたえたお堀が巡らされ、立派な解説板や見やすい案内図が完備されている。そこは、はるか遠くまで続く、広く美しい「史跡公園」へと変貌を遂げていたのだ。
私は口を半開きにしたまま、その場に釘付けになってしまった。
「ええっ!? ここがあの、入り込むのも躊躇したヤブの中?」
驚天動地の変わりようだった。同じ土地に立っているとは到底思えない。40年の間に、放置されていた古墳は、街の誇りである世界遺産級の宝物へと昇華していたのだ。
もし今、私の隣にあの頃の「さよちゃん」が立っていたら、間違いなく二人で顔を見合わせ、目を丸くして固まっていたに違いない。
一度大きく深呼吸をしてから、私は再び歩みを進めた。この角を曲がれば、私の原点であるリハビリテーションセンターが見えてくるはずだ。
期待と緊張が入り混じるなか、視界がパッと開けた。目の前には、あの懐かしくも巨大な白い病院が……。
「…… なかった。…… えっ、ない!?」
思わず、かけていた眼鏡を拭き直してしまった。
私の記憶のなかでは、威風堂々とそびえ立っていたはずの総合病院が、どこにも見当たらないのだ。目の前に広がっていたのは、緑豊かな、あまりにも広々とした公園だった。
そこでは、小さな子供がお母さんと追いかけっこをしたり、笑い声を上げたりして平和な時間が流れている。中央には小高いコンクリートの丘があり、その上には展望デッキが据えられていた。
私は狐につままれたような気分のまま階段を登り、展望台の頂に立った。そこから周囲をゆっくりと見渡した私は、さらに言葉を失うことになる。
視界の端から端まで、どこまでも芝生が敷かれた美しい公園が続き、その合間に、まるで緑の宝石を散りばめたように「古墳」が点々と、誇らしげに座っているのだ。
そうだ、ここは……
「百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)。…… 世界遺産になったんだ」
気づけば、感慨深げにその言葉を口にしていた。
かつて、この場所で実習を受けていた頃、指導教官(スーパーバイザー)の先生がポツリと言っていたことを思い出した。
「本当は、ここに巨大なセンターなんか建てちゃいけなかったんだよ。ここはね、土を掘れば歴史が出てくる、貴重な古墳がひしめき合っている場所なんだから」
実習に明け暮れていた当時は、「先生、何言ってるんですか。こんなに立派な病院、必要じゃないですか」なんて思っていたものだ。
しかし、かつての日本は開発を急ぐあまり、足元に眠る歴史の重みにまで十分な注意を払う余裕がなかったのかもしれない。それから40年。建物を壊し、土を戻し、遺跡を保存し、世界に誇れる遺産として整備するまでに、この国の文化も成熟してきたのだろう。
私の通った病院は、まさに文字通り「歴史」の一部となって、土の下へ、あるいは人々の記憶のなかへと帰っていったのだ。
病院がなくなってしまった寂しさは、不思議となかった。
かつて私がリハビリの技術を学び、夢を追いかけたあの建物は消えてしまったけれど、その跡地が今は子供たちの遊び場になり、1500年の時を超えた古墳たちを守る場所になっている。それもまた、一つの素敵な「リハビリテーション(修復と再生)」の姿なのかもしれない。
展望台を降りる私の足取りは、いつの間にか軽くなっていた。
40年前、青い志を抱いてここを通っていた20歳の自分に、心の中でこう語りかけた。
「おい、俺。お前が目指した場所は、今じゃ世界遺産になっちゃったよ。驚きだろう?」
形は変わっても、この場所で過ごした時間は私という人間の一部として今も脈々と息づいている。
夕暮れの風に吹かれながら、私は懐かしい上野芝の駅へとゆっくり歩き出した。私の手の中には、あの頃にはなかった確かな達成感と、少しばかりの未来への希望が、お土産のようにぎゅっと握られていた。
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私は、地方の病院でおよそ四十年間、理学療法士として働いてまいりました。華やかな経歴や、立派な論文の数々があるわけではありません。それでも日々、患者さんと向き合い、けがや病気とたたかうお手伝いをしてきた日々は、かけがえのない経験となっています。
その中で心に深く残った出来事、思わず笑ってしまうようなエピソード、そして何より、患者さんからかけていただいた数々の言葉が、今もなお私の胸を温めてくれています。
ご高齢の患者さんたちは、誰もがそれぞれの人生を歩まれてきた方々です。そのひと言ひと言には、その人ならではの重みがあり、私は幾度となく励まされてきました。人生の大先輩たちがふとこぼした言葉には、教科書には載っていない、生きる知恵や優しさがたくさん詰まっていたのです。
本書は、そんな患者さんたちとの忘れがたい日々、そしてともに汗を流してきた仲間たちとの思い出をつづった、ささやかな記録です。何気ない日常の中にある、心に残る瞬間を、読者の皆さまと分かち合えたら幸いです。
[目次]
はじめに
第一章 プロローグ こんな病院で働いています
第二章 おなかぽっこり編
「生姜せんべい」の誘惑/「どら焼き」おばさん/コーラが飲みたい!
/お昼の紅茶/医者の不養生
第三章 心ほっこり編
ウォーキングとサスペンス劇場/おもろい夫婦/人生のサイドレール
第四章 そんな恥ずかしいことを編
困った患者さんたち ①DVD事件/②何やっとんじゃ/③深夜の病室で
/④朝のBGM/⑤M先生だめですよ
第五章 注意しないと大変なことに編
「花咲かじいさん」と「こぶとりじいさん」/やぶ医者とやぶ理学療法士/お酒の誘惑
/新入社員の失敗/目から火花/怖いおばあちゃん/認知症はスーパーマン
第六章 共働きはつらいよ編
共働きは男もつらいよ/婦長さんは共働きの大先輩/共に働く苦難の時代
第七章 懐かしの昭和編
日々好日 日々勉強/良くなる患者とそうでない患者
/昭和の時代ではがまんしてきたのに
第八章 衣食住足りて礼節を知る編
事務職はつらいよ/フィリピンから帰った男/衣食住足りて礼節を知る
第九章 エピローグ 忘れられない患者さん
奇跡の生還/「ありがとう」の言葉
あとがき
以上
[写真の説明]
これは福井県小浜市にある若狭神宮寺のシイ巨木です。市の天然記念物に指定されています。
名称は「神宮寺のスダジイ」で、周径6.4m、高さ18m、樹齢約500年の巨樹です。
この若狭神宮司は、奈良東大寺二月堂のお水取り行事に関連して、お水送りの儀式が行われることで有名です。
毎年3月2日に、このシイの巨木と本堂の間に涌き出る閼伽井(あかい)の水を竹筒に汲み、2kmほど離れた遠敷川上流に注ぐ「お水送り」が行われます。
そして10日後の3月13日深夜に、東大寺二月堂の若狭井にこの水が届き、お水取りが行われるという歴史ある行事です。
この北陸若狭の地から、奈良まで送られるということに感動しました。
注:「先生(さきうまれ)」とは、先に生まれた人生の先輩という意味です。
理学療法士
理学療法
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病棟
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