【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説「凍てつく氷山と夜明けの嵐」第1話・前編
【あらすじ】
昼は薬剤師、夜は「道場」を構える凄腕占い師。
プライベートは「生ごみ」同然のプータラ女――
第1話ではそんな変わり者・ナツ子のもとに、高校三年生の長女・怜奈との関係に悩む友人・美佐子が来訪。
少女の「命式」を立ち上げた瞬間、ナツ子の目に飛び込んできたのは、あまりにも過酷な星の配置だった。隠された家族の歪みとは――。
一風変わった占い師の痛快お仕事小説、ここに開幕!
「かあちゃん、頼むからパンツくらい穿いてくれ」
高校生の息子が呆れ返った声を出すのを、私は「はいはい」と聞き流しながら、濡れた髪のまま廊下を闊歩する。トイレと風呂の往復を裸でぶらぶら移動する私を見て、夫も息子も悲鳴をあげる。
でもしょうがない。
風呂に行く時は裸。用を足す時は下を脱ぐ。だったらそのまま移動した方が合理的じゃないか?
息子はこんな私のことを、「年齢も性別も曖昧な、珍獣」と評する。
自覚は、ある。
私は基本的に、”自分が興味のあること”以外はすべてが適当。境界線がガバガバな、大雑把極まりない人間だ。
生物学的には「女」だが、そこらへんの境界も、もしかしたら曖昧かもしれない。
私は広瀬ナツ子。
一応、昼間は「薬剤師」というお堅い仕事をしている。
患者さんからは「孫」みたいな扱われ方をすることが多いが、「高校生の息子がいます」というと、みんな、のけ反る。
恐らく母方の遺伝なのだろう。うちの一族はみんな「化け物か」というくらい、歳をとっても見た目が変わらない。
調剤業務は人の命が関わるため、1ミリのミスも許されない。だからそこではちゃんと”大雑把”を封印して、極めて熱心に仕事をやっている。……はずなのだが、最近は正直危うい。
調剤室で軟膏を練りながらも、頭の片隅では「あのクライアントの命式、月支がこれだから、あそこで星が衝突して……」などと占いのことばかり考えている。完全にバイアスが「占い師」に引きずられていた。
性別も年齢も、社会の枠組みもどうでもいい。 そんな「アウトサイダー」だからこそ、崖っぷちに立つ誰かの人生に、斜め上からとんでもない”処方箋”を投げ込めるのかもしれない。
私の自宅の片隅にある、自称「道場」。
世間のおしゃれな占い師なら「サロン」とでも呼ぶのだろうが、私にとって、ここはお茶を飲んで癒やされる場所ではない。
”運命”というクソ重たい現実と戦うための、剥き出しの作戦会議室だ。
その道場に、ある日依頼人がやってきた。
私の友人であり、二人の娘を持つ母親でもある、美佐子。
彼女は良家の子女らしく、カチッとした服装で、約束した時間のキッカリ5分前にやってきた。
時間までまだ間があるからいいや、と、裸族一歩手前の恰好でポテチ片手にぐーたらしていた私は、チャイムの音に弾かれるようにして立ち上がった。
やばい、なんでもいいから早く服を着なくっちゃ…。
「久しぶりだね、ナツ子。あれ、なんか…めちゃくちゃ”部屋着”だね。いくら相手が私だからって、やる気なさすぎじゃない?」
「ははは、ごめん、ごめん…」
さっきまでは服すら着てなかったんだよ、とは流石に言えず、その辺にあったペットボトルのお茶をドンと出す。
「あんたねぇ、いくら私相手だからって…。茶托まで出せとは言わないけど、せめてコップくらい出したら?」
「おっと、失礼。美佐子は相変わらず歯に衣着せないなぁ。旦那さんのこと、絶対尻に敷いてるよね」
「余計なお世話よ。そうそう、旦那といえばさ、今度出張で北京に行くんだけど…」
一通りお互いの近況報告で盛り上がったところで、美佐子がおもむろに一枚の紙片をバッグから取り出した。
高校3年生の長女・怜奈ちゃんの生年月日時を書いた紙。
美佐子は太陽のようにエネルギッシュで、何でもテキパキとこなすパワフルな女性だ。
そんな彼女は、前々から怜奈ちゃんとの関係に頭を抱えていた。「反抗期だからかと思っていたけど、ほんとは昔からずっと、あの子が何を考えているのかさっぱり分からないの」と。
美佐子んちの家族構成は、一流企業に勤める優しいご主人が一人。美しく聡明なお嬢さんが二人。マロンだかショコラだか、優雅な名前の長毛種の犬が一匹。
次女の春奈ちゃんが奏でるピアノの音が、リビングにいつも美しく流れているという、絵にかいたような上流家庭だ。
「あの子、最近は進路の話になると不機嫌になって、部屋に引きこもっちゃって。うちとしては、女の子だし、やっぱり将来は手堅く資格でも取って、世間体の良い安定した仕事に就いてくれたら一番安心なんだけど……。
一応、本人は『学校の先生になって、吹奏楽部の顧問をやりたい』とは言ってるの。先生なら公務員だし、親としても大賛成よ。でも、その割にはそっちの方の勉強をしてないみたいで……。
言葉を交わすとすぐ諍いに発展しちゃうから、最近はもう何も聞けなくて、ほぼ会話ナシ。口もききたくないくらい、私のこと嫌いなのかな……」
ノートPCに怜奈ちゃんの生年月日時を打ち込み、画面に彼女のデータを立ち上げる。
その瞬間、さっきまでポテチ片手にグータラしていた「ただの生ゴミ」のような私は消え去った。
脳内が一気に数万回転の高速セクターへと突入する。
家族なら、絶対にこの状態の私には話しかけない。話しかけても無駄だからだ。
誰の言葉も耳に入らない。
脳の全リソースが、目の前の記号の羅列に吸い込まれ、スパークする。
四柱推命の漢字が並んだ瞬間、私の脳内には色鮮やかな「風景画」が立体的に浮かび上がる。
さらに紫微斗数の命盤の上を、無数の星たちが光の尾を引いて縦横無尽に駆け巡り、定位置へと収まっていく。
…見えた。
「なるほどね」
私は画面を見つめたまま、低く呟いた。
以前美佐子宅を訪れた時に出会った怜奈ちゃんの印象は、「優しくて控え目で、大人しい」というものだった。しかし、「命式(運命のカルテ)」から立ちのぼる少女の気配は、あの時受けた印象とは180度違った。
それはもっと苛烈で、厳かなもの。
彼女の正体は『冬月の水(とうげつのすい)』。
「一言で言うならね、怜奈ちゃんは『「凍てつく群青の海に浮かぶ、孤独な白い氷山』なんだよ」
私は画面から目を離さずに言った。
「本来は優しくおっとりした性質を持っているのに、彼女を取り巻く現実の環境は彼女にとって、凍えるほど冷たい。だから彼女は、本音をガチガチの氷でコーティングして、自分を守るしかないんだよ」
「それから、専門用語で”妬合(とごう)”っていってね。怜奈ちゃんが本来受け取るはずの”愛”や”お金”を、身近な競争相手が横から全部かっさらっていってしまう――彼女の命式は、悲しいくらいそういう構造になっている」
ナツ子の言葉が、美佐子の胸の奥の一番触れられたくない場所に触れた。
息が止まる。
脳裏に、あのめまぐるしい日々の光景が次々と浮かんで、フラッシュバックしていく。
次女の春奈が持つ、神様から与えられたとしか思えないピアノの才能。それに気づいた時の、胸の高鳴りと狂おしいほどの使命感。
「この子をプロのピアニストにする」と決めたあの日から、色んなことを犠牲にしてきた。
リビングに鎮座させた重厚なグランドピアノ、家計を削って作った防音室。仕事終わり、疲れ果てた体に鞭打って、遠方の教室まで何年も続けた送迎の日々。
ではその間、怜奈は…?
怜奈は一体どんな顔をして、どこの部屋にいたのだろう。
お金も、時間も、狂気にも似た愛情も執着も、すべてが一方向にだけ激しく流れていた。
見ないふりをしていた。気付かないふりをしてきた。平等に接してきたつもりだった。でも…。
美佐子の手のひらは、その偏りの冷たさを、本当はずっと前から知っていたのかもしれない。
📢 続きはこちら!
⇒第1話「凍てつく氷山と夜明けの嵐」・後編
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
