【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説最終話(後編)「ナツ子からあなたへ・名もなき花たちへの賛歌」
【あらすじ】
不登校だった樹里が学校に戻ってきた。一学期とは別人のように我が道を突き進む樹里。そんな彼女が期末テストで起こした奇跡――。
宿命に抗い、泥の中で懸命に咲こうとする「名もなき花」たちを前に、ナツ子が抱いた決意とは。
静かな感動が押し寄せる、シリーズ堂々のクライマックス!
――路傍の石が、牙を剥く
(Through Tsubasa's Eyes)
🦅 戻ってきた「路傍の石」
九月。駅から学校までほんの数分歩くだけなのに、汗がしたたり落ちる。
不快指数が限界を突破したような狂った暑さの中、二学期が始まった。
うちのクラスの教室に、あの「丸川樹里」が戻ってきた。
一学期のテスト返却日、突然体調不良を訴え、先生に抱きかかえられるようにして保健室に直行したまま、次の日から不登校になっていた彼女。
クラスの連中の間では、「メンタル病んで再起不能」なんて噂がまことしやかに囁かれていた。
正直、僕は「あーあ、高校(ここ)のスピードについていけなくなって脱落したんだな。要領の悪いやつ」くらいにしか思っていなかった。
僕にとって、彼女はただの「路傍の石」だった。
同じ教室に机を並べてはいても、自分の”カースト上位”をスマートに維持できればそれで良い僕にとって、彼女の存在はあまりに軽かった。勝手にすり減って消えていくモブの一人に、わざわざ割くような関心は持ち合わせていなかったからだ。
だけど、戻ってきた丸川は、どこか奇妙だった。
以前の彼女は、休み時間になるとキラキラした女子グループの輪に必死にしがみつき、嫌われないようにオドオドと愛想笑いを浮かべているような奴だったはずだ。 ――なのに今の彼女は、休み時間のチャイムが鳴っても、誰とも群れようとしない。
周囲からあぶれることなんて一ミリも気にしていないような、冷徹なまでに据わった目で、席につくなり異様な手つきで英単語帳を爆速でめくっている。
「……なんだよ、あいつ。急にガリ勉キャラにでも転向したわけ?」
斜め前の席。
嫌でも視界に入ってくるその姿に、僕はなぜか、言葉にできない居心地の悪さを覚えていた。
🦅 静かなる反撃
12月。期末テストが実施された。
夏休み明けから数ヶ月、丸川は教室で孤立したまま、狂ったように単語帳を爆速でめくり続けていた。
僕はといえば、部活も遊びも大いに楽しみ、最小限の労力で最大限の効果を狙う、いつものスタイルを貫く。
そして迎えた結果発表。
当然のように学年上位の点数を叩き出した僕は、順位を確認するべく、余裕のある足取りで廊下の掲示板へと向かった。
ところが、掲示板の前が不自然なほど騒がしい。
一体、何があるというんだ?
近寄ってみると、周りの連中が一か所を指さして、興奮気味に声を荒らげていた。
「おい、マジかよ。丸川、英語学年三位だって!」
「文系科目、ほぼ満点じゃん。あいつ夏休み明けからずっと不気味だったけど、化け物かよ」
心臓が、冷たく跳ねた。あり得ない。
僕は人混みをかき分けて、掲示板の前に立った。
――学年総合順位の上位、僕よりわずか上に、確かに「丸川樹里」の四文字が刻まれていた。
僕のプライドが、脳内で必死に言い訳を探す。
急いで詳細な点数を確認すると、案の定、彼女の数学の得点は『62点』。
平均点よりは少し上だが、偏差値で言えば55あるかないかの、いたって平凡な、この学校では「置いていかれていないだけ」の点数だった。
(なんだ……やっぱり、天才の領域には来られない凡人の付け焼き刃じゃないか。数学のあの難問、あいつは解けなかったんだ)
そう思って鼻で笑おうとした、その時だった。すぐ横を、バッグを肩にかけた丸川が通り過ぎていく。
その瞬間、彼女のバッグの隙間から、手垢で真っ黒に汚れた『白チャート』の端が見えた。そしてその横には、表紙が破れかけてセロハンテープで無骨に補強された、あの単語帳――『SPARTA』が突っ込まれていた。
「――っ」
息が止まった。
あれは、一学期の終わりに僕が「単語テストがキツい」とこぼした時、
リビングのソファでゴロゴロしていたうちの「生ごみ(母親)」が、僕を煽るために見せつけてきた単語帳じゃないか?
彼女は、みんなの真似事をして解けもしない難問(赤チャート)にしがみつくのをやめたんだ。
学校指定の単語帳すら放棄して、自分に一番合ったツールに切り替えた。
自分の限界を認めて捨てるものは捨て、勝てる教科だけを徹底的に伸ばし、血を吐くような泥臭い努力をして、この総合順位をもぎ取っていった。
休み時間、グループからハブられないように愛想笑いを浮かべていた、あのただの「路傍の石」が。
僕が「要領が悪い」と切り捨てていたはずの不器用なやつが。
自分の足で立って、自分の戦い方で、僕のすぐ目の前まで這い上がってきた。
「……クソっ、なんなんだよ!」
スマートに、傷つかない安全地帯から他者を見下して生きてきた僕のプライドが、生まれて初めて、敗北感と猛烈な熱さでグチャグチャにかき回されていた。
🦅 泥臭くて結構!
その日の夜。広瀬家のリビングでは、ナツ子がいつものようにソファでゴロゴロ、「生ごみモード」でテレビを見ていた。
やがて玄関の扉が開き、翼が帰宅する。
いつもなら「よぉ、生ごみ」と小馬鹿にするはずの翼だが、なぜか神妙な顔をして、ソファの前に立った。
「……かあちゃん」
「あん?なにさ、ドラマ観てんだから邪魔しないでよ」
「前、話したじゃん?一学期、不登校になった丸川……
期末の結果、英語学年三位だった。文系科目、ほぼ満点」
ナツ子は視線をテレビに向けたまま、ピクリとも動かない。
「へぇ、やるじゃん。だから言ったでしょ、人にはブレイクする時期があんのよ」
「……それだけじゃないんだ」
翼は通学バッグを床にドサリと置き、ダイニングの椅子に腰掛けた。
その目は、いつになく真剣にナツ子の顔を捉えている。
「あいつのバッグから、ボロボロの単語帳が覗いててさ。
それ、前に僕が文句言ってたときに、かあちゃんが『ババァの脳みそでも一ヶ月で完璧に覚えたわ!』って見せつけてきた、あの『SPARTA』だったんだ。やり方も全く同じ。あいつ、休み時間に狂ったみたいに高速でページめくってた」
ナツ子はポテトチップスに手を伸ばし、サクッと小気味いい音を立てた。
「へぇ。世の中、広いもんね。私と同じ優秀な勉強法に、自力でたどり着く子だっているんじゃない?」
翼は、母親を見つめた。
相変わらず涅槃像のような姿勢を固めて、テレビ画面から視線を動かさない生ごみ。その姿を見下ろしているうちに、一学期の終わり、ある日の夕方の記憶が強烈に逆流してきた。
部活帰りの重い足取りで、ようやく自宅の前までたどり着いたときのこと。うちの玄関から、すれ違いざまにフラフラと下りていく影があった。
やたらと細くて、背の高い、見覚えのあるノッポのシルエット。
反対方向へ歩いていったため顔までは拝めなかったが、直感的に「丸川樹里か?」と思った。だが、クタクタに疲れていた当時は「なんであいつが人んちに」と怪訝に思っただけで、そのまま忘却の彼方に沈んでいた。
その不気味な記憶のピースが、今、完璧な形でバチッと音を立てて嵌(は)まった。
(……あの時だ。あいつはあの日、ここにいた。そして今、かあちゃんと同じ単語帳を回して、化け物になって戻ってきた)
すべてを察した翼は、それ以上追及するのをやめた。
母が「そうだよ」なんて言うはずがないことも、
自分と母の間に"守秘義務"という名の「絶対的な境界線」があることも、
その明晰な頭脳で瞬時に理解したからだ。
翼はふっと息を漏らし、口の端を少しだけ歪めた。
今回の歪め方は、いつもの冷笑ではない。
負けを認めた男の、どこか清々しい笑みだった。
「……まぁ、いいや。僕、あいつのこと『うまく立ち回れない不器用な奴』って笑ってた。でも、あいつの方が、僕なんかよりずっと格好よかった。
周りの目なんか全部無視してさ、必死で、泥臭くて……本当に凄かったわ」
我が子の口から出た、他者への本物のリスペクト。
彼の価値観は、樹里という泥臭い存在によって、今、確かに変容したのだった。
ナツ子はソファからノコッと起き上がり、翼の頭をバシッと叩いた。
「あんたも要領ばっかり気にしてないで、たまにはその…丸川さん、だっけ?みたいに、死に物狂いで泥にまみれてみなさいよ。……まぁ、まずはその、お高くとまった鼻をへし折られた記念に、コーラでも飲みな」
冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラを取り出し、翼に放り投げる。
「……痛ぇな。サンキュ」
翼は投げられた缶を器用に受け止め、パキッと小気味良い音を立ててプルタブを開けた。
🦅 エピローグ
夜の静寂(しじま)の中、私はデスクで樹里ちゃんの命式をそっと閉じた。 あの日、今にも消えそうな顔で道場のドアを叩いた女の子。
少女はここで、胸の痛みと己の弱さを吐き出した。
それと引き換えに、確かな希望と羅針盤を手に入れたのだ。
彼女の秘密は、墓場まで私が持っていく。
誰にも、息子にすら明かさない。
「占い」は、誰かを不安にさせたり、足を引っ張るためのものじゃない。
過酷な星回りであっても、自分の足で歩こうとする人の背中を、そっと、
でも力強く押してあげるためのものだ。
強みをどう活かし、弱みをどう現実の対策で補うか。
それを教えてくれるものだ。
昼間に白衣を着て薬を整える私も、
夜に命盤を広げて作戦を企てる私も、
本質は何も変わらない。
――一番必要な言葉を、適切なタイミングで放つ。
ただ、それだけ。
デスクの上のスマートフォンが短く鳴った。
ブログの問い合わせフォームに、また新しい「現実のサバイバー」からの通知。
ぶっちゃけ、二足のわらじは体力的にはキツい。
「限界だ」とベッドに倒れ込みたくなる夜なんて山ほどある。
だけど。
誰がグッタリなんかするものか。
私は、人間が好きなのだ。
何かを成すにはあまりにも短い人生を、精一杯あがく人たちが愛おしい。
彼らが道場を訪れる限り、いつだって全力で、その大いなる企てに付き合うつもりだ。
画面に向かって、不敵に微笑む。
「ようこそ、私の道場へ。
さぁ、運命をひっくり返す”作戦会議”を始めましょうか」
(ビルの合間にのぞく宵の明星が、明日を生きる人々を照らすように静かに瞬いていた――)
Fin.
最後までお読みいただき、ありがとうございました。ナツ子と「名もなき花」たちの物語は、これにて完結です。
またあなたと、道場でお会いできるのを楽しみにしています(´▽`)
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