SHは何で試合を支配するのか~齋藤直人、ギブソンパーク、ロイガードに見る世界基準
World Rugby Lens-2026ネーションズチャンピオンシップ観戦メモ
日本代表がイタリア代表を27-10で下した翌日。
改めて、齋藤直人のキックオフリターンは良かった、と感じた。
自陣22m内左。
ハリー・ホッキングスがキックオフボールを確保する。
そのままキャリーしてポイントを作る。
そこから齋藤が右足でタッチへ蹴り出す。
シンプルだった。
だが、シンプルだからこそ価値があった。
日本代表が長く苦しんできたのは、
再開直後に自陣へ閉じ込められることだった。
キックオフを受ける。
圧を受ける。
タッチキックの飛距離が足りず、
自陣のいやらしい空間に居座られてしまう。
あるいは、激しいチェイスの前に、
自陣22メートルの内側、という苦しい位置でミスをする。
反則を犯す。
結果、相手にあっさりとスコアされてしまう。
その悪循環を、齋藤はかなり高い精度で断ち切っていた。
ホッキングスが捕る。
齋藤が蹴る。
日本はハーフウェー付近まで押し戻す。
自陣22m内から、試合を安全な場所へ戻す。
イタリア戦の勝利を支えた、地味だが重要なプレーだった。
ただ、同じ週末に世界のスクラムハーフを見てしまうと、話は一段変わる。
アイルランドのジャミソン・ギブソン=パーク。
ニュージーランドのキャム・ロイガード。
同じスクラムハーフ。
同じキックオフリターン。
だが、そこに見えたものはまるで違った。
ギブソンパークは、キックオフリターンを攻撃に変える
オーストラリア対アイルランド。
ギブソン=パークの1本目のキックオフリターンは、いきなり異様だった。
自陣22m内。
一度オープンサイド側にフォワードを当てる。
ポイントを中央寄りに作る。
そこからギブソン=パークが蹴る。
ボールはなんと、相手ウイングの頭を越え、
敵陣22m手前でワンバウンドしてタッチへ出た。
単なる飛距離ではない。
タッチライン際からすぐ蹴らない。
一度ポイントを動かす。
蹴る角度を作る。
タッチラインまでの距離を斜めに使う。
そして、相手の戻りが整う前に一気にエリアを奪う。
キックオフリターンは、自陣から逃げるプレーではなかった。
リスタート直後に、敵陣深くまで押し返す攻撃だった。
2本目は、さらに面白い。
同じようにオープンサイド側でポイントを作る。
今度はロングタッチではなく、滞空時間の長いハイパント。
落下地点は敵陣10m付近。
解説では、相手フルバックが下がりすぎている点が指摘されていた。
つまり、ただ高く蹴ったのではない。
フルバックが深い。
ウイングとの間に空間がある。
そこへ落とす。
ウイングに前進しながらの処理を強いる。
味方の右ウイングがプレッシャーをかける。
落球を誘う。
フォローのフランカーがボールを確保する。
キックオフリターンから、一気に敵陣10m付近へ。
さらにハイパントでチャンスを作る。
三本目。
まったく同じ形から蹴ったキックが、
相手フォワードのチャージに引っかかった。
まあ、こんなこともある(笑)。
そして4本目。
残り2分。
アイルランドが2点リード。
自陣10mと22mの間に蹴り込まれたキックオフボールを、そのままポイントにする。
ギブソンパークが選んだのは、距離ではなかった。
滞空時間の長いハイパントだった。
味方のチェイスが間に合う。
こぼれ球を狙うサポートも間に合う。
相手に余裕を持ったクリーンキャッチを許さない。
残り2分で大事なのは、遠くへ蹴ることではない。
相手に楽なカウンターを渡さないこと。
時間を削ること。
こぼれ球まで自分たちの圧力下に置くこと。
ギブソンパークのキックには、
飛距離だけではなく、試合状況の読みがあった。
距離を取る。
配置を突く。
読まれるリスクもある。
最後は時間と圧力を選ぶ。
世界トップクラスの9番は、
キックオフリターンの一本にも、これだけの選択肢を持っている。
ロイガードは、キックでなくても試合を支配する
一方、ニュージーランド対フランス。
キャム・ロイガードはこの試合、
キックでは目立たなかった。
むしろ、不調に見えた。
キックオフリターンへの関与は三回。
うち2本のキックは、
自陣10mから22mの間までしか、エリアを回復できなかった。
1本はハーフウェーライン付近への、
ハイパント気味のノータッチボックスキック。
ギブソン=パークのように、
リスタートから敵陣深くへ押し返す教材にはならなかった。
だが、そんなロイガードは、
この試合のプレーヤー・オブ・ザ・マッチだった。
理由は、個人スタッツを見ればはっきりする。
(データ参照先…Rugbypass)
キャリー8回。
メートルキャリー49m。
ラインブレイク2回。
ディフェンダーズビート6人。
特に、ディフェンダーズビート6人はニュージーランド最多。
ラインブレイク2回も、ウィル・ジョーダンと並んでチーム最多だった。
つまり、ロイガードは「蹴って支配した」のではない。
走って壊した。
前に出て、防御を割った。
相手を外し、ラインを破り、自らトライまで取り切った。
目の前にできた、一瞬のスキを見逃さない単独突破。
ボールさばきのテンポ。
精力的なサポートラン。
キックオフリターンの質だけを見れば、
ギブソンパークとは別物だった。
しかし、試合全体で見れば、
ロイガードは明らかにニュージーランドを前へ動かしていた。
ここが面白い。
ワールドクラスのSHは、
全員が同じ方法で試合を支配するわけではない。
ギブソンパークは、配置を読み、キックで試合を設計する。
ロイガードは、ランとテンポで試合を破壊する。
一瞬の判断で防御を裂き、自分で取り切る。
キックが不調でも、POMになる。
それがロイガードだった。
つまり、SHの価値はひとつの物差しでは測れない。
蹴れること。
走れること。
配れること。
守れること。
時間を使えること。
試合を壊せること。
どの武器で試合を支配するか。
そこに個性が出る。
齋藤直人の現在地
そのうえで、改めて齋藤直人を見る。
イタリア戦の齋藤は、
ロイガードのように自分で試合を壊したわけではない。
ギブソンパークのように、
キックオフリターンを攻撃の入口にまで変えたわけでもない。
それでも、確かな進化はあった。
ホッキングスが確保する。
齋藤が正確に蹴る。
日本代表は自陣に閉じ込められない。
リスタート直後に、エリアをなるべく敵陣近くへ戻す。
これは簡単なようで、簡単ではない。
テストマッチでは、再開直後の一つの処理ミスが流れを変える。
自陣22m内で反則をすれば、相手に再び得点機を与える。
キックが短ければ、相手に敵陣からの連続攻撃を許す。
タッチに出せなければ、カウンターを受ける。
そのリスクを抑え、試合を整えた。
齋藤直人は、イタリア戦で「勝たせる9番」としての仕事をした。
ただし、世界基準を見ると、その先も見える。
安全に脱出するだけではない。
相手のフルバックとウイングの距離を見る。
空いている場所へ落とす。
味方のチェイスが間に合う高さを選ぶ。
残り時間と点差に応じて、距離ではなく滞空時間を選ぶ。
ギブソン=パークのリスタート処理は、その教材だった。
齋藤直人の進化は本物だ。
だが、「世界基準の」スクラムハーフは、
さらに多くの答えを持っている。
そして、フランスが来る
ニュージーランド対フランスは、34-32。
フランスは、アウェイでニュージーランドに2点差まで迫った。
しかも、世界最高のスクラムハーフ、
アントワーニュ・デュポンを欠いていた。
デュポンを欠いたフランスが、ニュージーランドと2点差。
では、デュポンがいたらどうなっていたのか。
考えたくない話である。
デュポンは、もはや通常のSH比較に入れると話が壊れる。
ギブソン=パークも世界最高峰。
ロイガードも世界基準。
だがデュポンは、そのさらに外側にいる。
SHなのに、バックローのように奪う。
スタンドオフのように蹴る。
ウイングのように走る。
なんなら、フォワードのように密集に入って、
スティールまでやってのける。
相手の守備枚数の計算そのものを壊す。
異物。
そう呼びたくなる存在だ。
そのフランスが、再来週、日本代表の相手になる。
恐ろしい。
イタリア戦で、日本代表は確かに一つの答えを出した。
接点で引かず、キックで動かし、最後は敵陣で試合を閉じた。
齋藤直人も、伊藤龍之介も、ハリー・ホッキングスも、明確な価値を示した。
だが、世界はそこで止まっていない。
ギブソン=パークは、キックオフリターンを攻撃に変える。
ロイガードは、キックが不調でもランとテンポで試合を壊す。
フランスは、デュポン抜きでもニュージーランドに2点差まで迫る。
イタリア戦の勝利は大きい。
ただし、世界基準への挑戦は、ここからが本番だ。
試合メモ:振り返りポイント
齋藤直人のキックオフリターンは、日本代表を自陣に閉じ込めなかった
ギブソン=パークは、キックオフリターンを「脱出」ではなく「攻撃の入口」に変えていた
FBとWTBの間を突くハイパントは、バックフィールドの配置を読んだプレーだった
ロイガードはキック不調でも2トライ。ラン、パス、テンポで勝利を演出してPOM
スクラムハーフの価値は、ひとつの物差しでは測れない
デュポンは比較対象というより別枠
日本代表は、イタリア戦の勝利を土台に、さらに高い基準へ向かわなければならない
筆者メモ
日本代表がイタリアに勝った翌日。
齋藤直人のキックオフリターンをもう少し掘り下げたくなった。
WOWOWで世界の試合を見られるようになったので、
アイルランドとニュージーランドのSHを追ってみた。
結果、分かったことは単純だった。
齋藤直人は良かった。
本当に良かった。
だが、世界の9番は、やはり化け物だった。
それでも、こういう比較ができるようになったこと自体が面白い。
日本代表の勝利を喜びながら、世界基準との差も見る。
それが、World Rugby Lensでやりたいことなのだと思う。
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