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小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 9 ペリカンロード

小説や、映画、漫画に出てきた、あのバイクやクルマ 目次

1 サーキットの狼  Lotus Europe Specoal
2 MFゴースト  Toyota 86 (ZN6)
3 La Motocyclette  FLH1200 Electra Glide 1968
4 The Fast and the Furious X3 Tokyo Drift  Veilside Fortune FD3S
5 easy rider(1)  FL1200 HydraGlide “Captain America”
6 湾岸ミッドナイト(改題 キリマンジャロの豹、韃靼海峡の蝶、讃岐国多度郡五位聞法即出家語の源大夫)  S30Z
7 easy rider(2)  FL1200 HydraGlide chopped bobber
8 Two-Lane Blacktop  Chevy two-door sedan 1955
9 ペリカンロード  MVX250F
10 Vanishing Point Dodge Challenger R/T 1970
11 狂い咲きサンダーロード  KH400
12 Paris,Texas  Ford Ranchero 1959
13 750ライダー  CB750four K2
14 Stranger Than Paradise  Ford Coronet 1965
15 ワイルド7(1)  CB750four
16 死にゆく妻との旅路  Mazda Bongo

MVX250F
Ken-ichi Watanabe
“ペリカンロード”

 散髪に行ったら、「60歳以上の方、シニア割引」とあった。げ。60歳だわ。と愕然としながらも、しっかり割引受けてきた。

 連載開始時の学年からいって、「タッチ」上杉達也、「バリバリ伝説」巨摩郡、そして「ペリカンロード」渡辺憲一は、オレとタメ年のはずだ。丙午。まぁ、あんまり漫画のキャラではそう言う事は意味はないのだがね。

 「ペリカンロード」は、高2の時、同じクラスのミヤモトに教えられた。このミヤモト、文系クラスなのに、数学が学年トップクラスなのに、英語、国語が壊滅的という、なかなかピーキーなやつだった。こいつには、成田美名子氏の「エイリアン・ストリート」も見せてもらった。

 1982年か。ヤング・キング誌か、違う、少年キング誌だ。少年画報社。1970年代の、少年ジャンプ的、本宮ひろし的、池沢さとし的な、勢い余ってデッサン崩れるようなことはない、イラスト的な絵というのがこの時代の物。少年キングというと、少年向けエロと本宮ひろし的なバイオレンスものが多いイメージにあって、主人公が東大狙える秀才君という掲載誌中では異彩を放っていたように思う。同時期同誌には「湘南爆走族」も連載されていたこともあり、それは際立っていた。

 一応は、オレの行ってた高校もこの地方では屈指の進学校。まぁ、オレは底辺あたりで喘いでいたわけだが、勉強から逃げられる環境、雰囲気に無い。正直苦しかったっす。

 「ペリカンロード」の主人公のナベケン、成績は落とさずに、しかし、気晴らし、本人にしたら、世界が変わるくらいの大冒険で、最初はMBX50に、いろいろ隠れて乗り始める、と言う話だったと思う。愛車は割と早い時期にMVX250に換えるんだが。

 ポジション的には、感情移入しやすいキャラクターだった。ルックスこそ、可愛らしい美少年と言う設定だが、性格、別にギャグキャラと言う訳じゃないのに、どうも間が悪いしカッコ悪い。一所懸命やってるのに、どこか報われない。笑われるということはない。周りには恵まれていて、どうにか大きく道を踏みはずわけでもない。

 それに文句を言う筋合いに無いことは十分わかっていて、だから周りに撒き散らすわけではないけれど、どこかいら立っている。

 そういえば、後にも先にも、今のメジャーでも、投稿ラノベでも、こういう主人公、あまり見ないな。現実には、多分こういう奴いっぱいいるはずなのに。


 逸脱願望、それもティーンエイジャーならではの中途半端な奴。
 今のラノベやネット小説の主流は、極端だ。クラスの最底辺から一気にチート能力で無双するか、あるいは最初から完璧なスペックを持っているか。

 ナベケンのような「進学校の秀才なのに、中途半端にカッコ悪くて、もがいている」というグラデーションのあるリアルな内面は、エンタメのタイパ重視の波に押されて、絶滅危惧種になってしまったのかもしれぬ。
 1980年代という時代は、まだそういう「中途半端なモラトリアム」をじっくり描く贅沢さが許されていたというわけか。 ミヤモトに教えられた「エイリアン・ストリート」の名前忘れた、主人公、調べたらシャール君だって、少女漫画のフィルターを通しながらも、どこか脆くて不器用な十代の揺らぎを抱えていたような気がする。
 派手な修羅場があるわけじゃない。でも、本人にとっては世界がひっくり返るほどの大事件。あの時代、コミックのページをめくりながらオレたちが共感していたのは、そんな「等身大の、しかし確実にそこにある息苦しさ」だったのだ。

 ミヤモト、どうしてるんだろうな?


 そういや、いたんだよ、同級生にナベケンみたい奴。東大行ったシライシ。官公庁や大企業に行かず行ったのが、まだ米原に移る前、大原にあった頃の童夢。F1の開発やってたらしく、童夢がそれを諦めた時、最後の走行デモ、服部尚貴氏(そういや、服部氏もタメだ)がドライブしたヤツな、それの後、日産に行って、今どうしてるか知らない。日産の今の鉄火場を考えると、ちょっと訊けない。

 まぁ、シライシも今大変かもしれないが、平気な顔して、いつだってみんな大変なんだろうな、と思う。

 六十路を超えて改めて思うのは、あの頃の「中途半端な苛立ち」や「小さな逸脱願望」って、実はかなり贅沢なものだったんだろうな、ということだ。
 今の子たちはもっと極端に追い詰められている気がする。勝つか負けるか、チートか底辺か、成功物語か完全な敗北か。グラデーションの真ん中あたりでモヤモヤしてる暇なんて、許されないような空気になっている。 ナベケンやシライシみたいな奴は、成績は良いのにどこかで「このままじゃつまらない」と感じて、でも社会に迷惑をかけない範囲で息抜きを探していた。MBX50で夜の道を走る程度の反逆。
 シライシに至っては、東大出て、童夢でF1開発に関わって、服部尚貴が最後に走ったあのマシンの後……と聞くと、俺なんかよりよっぽど「逸脱」を本気で形にした人間だったわけだ。それでも、最終的に日産という巨大組織の中に収まっていった。
 きっと彼も、どこかで「これでいいのか」と小さく息をついた瞬間があったんだろうな。 ミヤモトはどうしてるんだろう。
 数学は学年トップで、英語と国語は壊滅的。あの極端さは、結局どの方向に爆発したんだろう。成田美名子の『エイリアン・ストリート』を俺に貸してくれた時の、あのちょっと得意げな顔が今でも思い出せる。
 あいつも、きっと今はどこかで「中途半端な苛立ち」を抱えたまま、60歳を生きてるんだろうか。それとも、とうの昔に吹っ切れたか。 散髪屋のシニア割引の札を見てげっとなった瞬間、妙にリアルに蘇ってきたのは、そういう連中の顔だった。
 漫画のキャラクターも、同級生たちも、そして自分自身も——みんな、あの1982年頃の「等身大の息苦しさ」を抱えたまま、時間が止まっているような気がする。
 外見だけが勝手に老けて、シニア料金を堂々と受け取るオッサンになっただけで。

 散髪屋出た時、時ならず、2スト2503発の音が聴こえた気がした。


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