第14.5話《黒く咲いた百合の花》#6 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
⬛︎第14.5話《黒く咲いた百合の花》#5
⬛︎第14.5話《黒く咲いた百合の花》#6
広い畳部屋でカーテンをしめ、机に突っ伏す貴利を見下ろす。
床に転がる空缶を拾いながら眉間にシワを寄せる。
貴利が酒飲んでたのは以前からであったが、タバコの量が増えているようだ。
車でも吸っているようで臭いが付着し、シートにも黄ばみが出来ていた。
(漆器に移ると困るんだよなぁ……)
「おい、親父。ちゃんと布団で……」
声をかけた由利の手を振り払い、貴利は虚ろに目を開いてまた酒を飲む。
机にうずくまって、拳を作り叩き出していた。
「皆してバカにしやがって。くそっ、くそ……」
「親父……」
貴利は結局のところ、ふたご町が好きで盛り上げたい気持ちは捨てられていない。
ただ口下手で、凡人発想。
性格の難としては上に立つのが好きなわりに、上の人がもつべき魅了する力がなかった。
輝利のように人から囲まれ、未来を期待されていただけに理想と現実のギャップに苦しんでいる。
長年それを続けたことで、マイナス面が尖っていき、引き返せなくなっていた。
そのまま眠りに落ちる貴利に、由利はそっとタオルケットをかけて小さな背中をさすった。
「……俺が頑張るから。 親父が楽できるよう何とかしてみせるから」
***
仕事場で足をぎこちなく動かしながら荷物を運んでいると、体験教室で絵付け担当をする女性が声をかけてきた。
「由利くん、体験教室のことなんだけど……」
「どうしました?」
「由利くんが教える側に回れないかしら?」
その申し出に由利は苦笑いをし、首を傾げる。
「えっと、何かありました?」
「ほらぁ、由利くんはフランクで話しやすいじゃない? 歳も若いし、イケメンだからいいかなって」
「そうじゃなくて……。俺は技術面のフォローが上手くないから向いてないと思うのですが」
由利の抵抗に、相手も引かない。
ニコニコと笑顔で由利を持ち上げていった、
「でもこれからは由利くんが表に出た方がいいわよ? 大変だろうけどその方がいいわ。ほらぁ、私ももう歳だからね? 裏方に回った方がいいと思うの。貴利さんも……ね? 由利くんならわかるでしょ?」
それ以上、言われなくても理解した。
これからは由利主体で、せめて華やかさだけでも演出してカリスマ感を出した方がいいという女性目線でのアドバイスだ。
「……調整します。 アドバイス、ありがとうございます」
女性目線のアドバイスは貴重だ。
見られるものに対しての美意識がやはり男性にはないものがある。
由利もきっと、覚悟を決める時が来たのだろうと考え出していた。
***
場所を書斎に移し、由利は先程の提案を貴利に伝える。
だが貴利は険しい鬼のような形相で由利を睨みつけ、机をバンッと叩いた。
「お前はなんだ? 社長にでもなったか?」
「違う、そんなんじゃ」
「黒咲 輝利にでもなったつもりか? 技術で足元にも及ばないのに」
鼻で笑われ、由利はカッとなって机を手で叩く。
「そんなんじゃない! だけどみんなが表には俺が出た方がって言うから!」
「オレは不用品か!? みんなしてオレを避けてバカにして!! オレは黒咲漆器の二代目で、跡継ぎとしてずっと育てられてきたんだ!!」
「おやーー」
こんなにも禍々しい貴利は見たことがなかった。
本来の年齢よりも老け込み、覇気も威厳ではなく意地でしかない。
ヨレヨレのシャツを着たまま、書斎を飛び出していった貴利をみて由利は俯きため息を吐いた。
「風呂、は昨日入ったか。今日は……」
頭がかゆい。
身体も浮腫んで倦怠感がひどい。
だがそれが後回しになるほど、由利はもう自分の身体を省みていなかった。
右足をぎこちなく歩かせ、部屋へと戻っていく。
「もう、いいや。ちょっとでも、寝たい」
七色の石を握りしめ、眠りにつく。
これを持っている時だけ、由利は怖いものがなくなり安心することが出来ていた。
***
「えー、流行中のウイルス感染対策として今年の星祭り及び屋台は中止。初詣も控えるように注意喚起しましょう」
「……」
星祭りはおろか、屋台も中止となる。
しばらくは復興会の打ち合わせもリモートで行うそうだ。
どんどん形になるものが消えていくことに、寂しさはあれどどこか安心した気持ちも捨てられなかった。
由利の願いは、もう破綻しかけていた。
「由利くん、本当に大丈夫?」
箔史が会議を終え、由利の前に立つ。
「え?」
「いや、貴利さんの方が……。とりあえず二人とも、休息しなよ?」
肩をポンポンと叩き、ぎこちない微笑みを浮かべていた。
「健康的な食事して、睡眠とって。ちゃんと清潔にしないと、な? 結婚してその辺管理できる嫁さんでもいればな」
その言葉に強烈な違和感を覚えた。
由利は箔史の手を振り払い、後ずさって歯を食いしばる。
「……そんなので、結婚したくないです」
「由利くん?」
「失礼します」
いつもならなんなく貼れる爽やかの笑み。
こんなぎこちない口角であげるのは、歪で目をそらしたくなった。
***
「……暑い、な」
蝉が忙しなく鳴く7の月。
もうすぐ月を跨ぐことをボーッと考える。
輝利が亡くなってから年月が経ち、墓参りに足を運ぶ余裕もなくした。
蒸し暑い部屋で扇風機の羽を眺めながら、無気力にベッドの上で丸くなる。
貴利はまだ仕事場から戻っていない。
夜になっても物音ひとつせず、また仕事を終えて一人飲みに出ているのだろうと目を閉じる。
由利はもう貴利を気にかけることも、優しくしようとも思っていなかった。
痛みはしないものの、以前と異なる右足の感覚にグッと汗ばむ手を握りしめた。
それからいつの間にか眠りに落ちていて、次の日の昼過ぎ頃に家のインターフォンの音で目を覚ます。
重たい身体を壁で支えながら階段を降りていく。
玄関扉を開くと、そこには気怠げに顔を爪でかく警察官が立っていた。
「あー、どーも。隣町の警察署のものです」
「えっと……」
「黒咲 貴利さんの息子の由利さん、でいいかな?」
「はい。あの、親父が何か?」
「大変残念ではありますが、貴利さんは山で遺体で発見されました。死亡推定時刻は昨晩23:00頃……」
ーードクン。
一体これは何を言われているのだろう?
「とりあえず署までご同行を。詳しく話をきかないとね」
(親父が死んだ? そんなの……)
遺体安置所で眠る貴利は、いつも通りの険しく眉間にシワを寄せた貴利だった。
驚くほどにいつも通りで、その何も変わらない姿を直視して由利は言葉を失った。
艶のあった黒髪はいつのまにか白髪に。
身につけているものは何年も前から同じもの。
タバコとお酒の臭いが染み付いた、顔の輪郭がやたらと骨が浮き出て、皮膚が凹んだ老人。
『ここにあるのは黒咲 輝利の器だけじゃない。黒咲 輝利がいなくても、すごいんだ。誇っていいものなんだ。素晴らしいものがある。もっと……もっとたくさんの人に愛される。必ずそうなる。黒咲 輝利が築いた土台は揺るがない』
(親父は嘘つきだ)
あの日、世界は終わっていた。
揺るがない土台なんてない。
過去の栄光はあくまで過去の栄光で、終わってしまえば土台に次の高い壁が出来る。
誇っていた。
心から素晴らしいものだと思っていた。
自分はその素晴らしいものをもっと世の広め、『黒咲 輝利の作った世界』の発展に尽力していくものだと。
そしていつか『黒咲 由利』は祖父の遺志を継ぎ、新しい風を吹かせた人物として『終わらなかった世界』を『はじまりの世界』にしたいと願った。
だが『終わらなかった世界』は終わるべきだった。
恐怖の大王は『輝き』だけを奪い、『負の遺産』だけを置いていった。
(たくさんの人に愛される? ……親父は大嘘つきだ)
【愛されていたなら、なんでそんなボロボロの死体になって形だけ残していくんだ】
(だけど一番の嘘つきはじいちゃんだった)
『恐怖の大王なんて現れないから大丈夫』
ーー嘘つき。
1999年、7の月に恐怖の大王は光を奪う。
2022年、7の月。
恐怖の大王は由利に告げる。
『そこがお前の墓場だ』と。
『お前の“未来”は、目の前にある』とーー。
「くも膜下出血ですね。山に登られたときに発生し、このクソ暑い中でそのままお亡くなりになられたかと。まぁ、事件性はないと思いますが一応、捜査しますねー」
淡々と状況を由利に伝えるも、由利になんの実感もない。
いつも苦痛に表情を歪める貴利がそのまま眠っているだけにしか見えなかった。
「ずいぶん、身体ボロボロだね。ストレスかな? 君、息子さんならもう少し見てあげた方がよかったんじゃない? もう高齢者だよ」
「……俺は」
「……ごめん、君にもそんな余裕はなさそうだったね。とりあえずこれからドタバタするだろうけど、何かあれば役場に相談してね」
それから流れるように葬式をこなす。
貴利を失ったことで黒咲漆器の3代目となったが、由利の目に光はない。
流行りのウイルスのこともあり、由利はしばらく作業場をしめた。
通販のみの形態にシフトしたが、もうそれは由利には希望もなくルーチン化した作業でしかなかった。
「何日、経った? 親父って、何歳だった? 周りがなんか言ってたけど……なんだ?」
(もう、何も考えられない。 よくわからない。……つかれた)
ただ無気力で、身体が重くて動けず、引きこもるようになった。
最初は箔史を含め何人かが来てくれたが、それ以降誰も来なかった。
はじめて自分の孤独を知る。
仕事も流行中のウイルス感染対策で営業出来ない。
シャッターが下りたも同然。
(つかれた。眠いのに、頭が痛い。 身体いてぇな。つかれた。重たい。怠い)
(喉かわいた、けどめんどくさい。 ゴミ、はまた来週でいいか)
(食事は……いっか。 それより寝たい。つかれた)
熟睡が出来ればいい。
心穏やかに眠れればそれだけで違うから。
『あー、いつから熟睡してないのだろう』
頭の中は雑音だらけだ。
ザザッと脳内にノイズが走る。
黒い百合がゆっくりと体をしならせていく。
『みんな言ってるぜ? 7の月に大魔神がやってきて、世界は滅亡するんだ』
『……寒いな』
『……お前さんは輝利さんによぉく似とるようで、似ておらん。やけん、余計にかわいそうにな』
『自分だけ頑張ってるみたいな顔すんなよ! そういうの、本当は昔からムカついてた』
「黙れうるさいっ! なんでだ! くそぅ舐めやがって!!」
ーー7の月、恐怖の大王がやってくる。
夢の時代はもう終わりだ。
黒咲 輝利は死んだ。
あの栄光は誰も勝てない。
惨めだな。
所詮、ただ一人のカリスマがみせた世界だ。
若いんだからしっかりしなきゃ。
若い人がこれからの時代を作るのよ。
頑張ってるんだけど、やっぱりねぇ。
もう少し器用に出来ないものかしら?
見た目だけ輝利さんに似ててもね。
今月のお給料、まだですか?
先月も遅かったですよね?
星祭りは無償でやってくれた人がいたからだよ。
もうあんなのはやれないよ。
貴利さんはねぇ、由利くんもうちょっと見てあげないと。
人様に見られる立場なんだから。
うるさいうるさいうるさい!!!
俺が悪いって言うのか!?
事故でお金をかけてしまった。
でもお金がなくてまともに治療が出来なかった。
今、片足が上手く動かない。
だが痛みさえ我慢すればそれっぽく歩ける。
若いんだから。
貴利さんをちゃんと見なきゃ。
漆器盛り上げないと、町を盛り上げないと。
黒咲 輝利が築いたものが壊れていく。
あまりのノイズ量に、由利は壁を叩いて地面にしゃがみこむ。
雲のかかった夜空の下、冬の寒さが白い息を吐き出させた。
「……もう、どうでもいい」
みんなにとっては娯楽のメディアだった。
恐怖の大王が7の月にやってくる。
それで壊されたのは黒咲 輝利からはじまり、黒咲家を蝕んでいった。
ふたご町の過疎化は進む。
復興会会長の息子で、若手代表としてがんばらなくてはならない。
頑張って頑張って頑張って……何もかもが壊れた。
この手は何も成すことが出来なかったと思い知る。
「大王は……あの時全部持っていった」
乾いた笑いが息苦しさを増す。
「終わればよかったのに。終わらなかった世界で俺は……」
星を見たんだ。
「……星、みたいなぁ」
唯一美しいものとなった光る星々の輝く川。
天の川が見たい。
星だけは裏切らない。
足をふらつかせ、手を伸ばし、気づけば吸い寄せられるように水の中に潜ろうとしていた。
水の冷たさと、たゆたう光る世界に身を委ねる。
ただ星に惹かれた行動が、自滅的なものだった。
【人はそれを、絶望と呼ぶ】
『黒い百合〜Black Lily〜』
〜時は捻れ、七色の石が輝く〜
【終わった世界】
【未来へ続く世界】
〜星の奇跡が、黒百合を分岐する〜
その花の中心には月がある。
「まだ世界は終わってないよ? だから……私と未来を歩んでくれませんか?」
君は、焦がれた月だった。
目が丸く、笑顔の可愛らしいお月様みたいな女の子。
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