第9話《To be free》#1拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
⬛︎第8話《You were...》#2
⬛︎第9話《To be free》#1
追いかけることも出来ず、私は頼りない足取りで家に戻る。
ギシギシとなる古びた木造の階段をのぼり、すっかり位置感覚を覚えてしまった部屋の扉を開いた、
「ただいま」
「遅くまで出てたね。 まったく、ずいぶん待ったじゃん」
思わぬところで気の強い声が届き、肩を竦めてしまう。
顔を上げた先に、モコモコのヘアバンドで前髪をまとめ、羊並みのふわふわ感を身に纏う姉の百々がいた。
ベッドの上で胡座をかき、スマホいじりをしている。
いつも怒るか拗ねるかの姉が、珍しくなんとも言えない真面目な顔をしてこちらに目を向けてきた。
「おねーちゃん何して……」
「あんた、あたしのパソコンいつまで借りてるつもりよ。大学の課題出来ないじゃん」
「……もう返す。使わなくなったから」
受験生だというのに勉強をほっぽり出して無我夢中になりパソコンで動画を作成した。
とにかく可愛いを貫いてきた麻理子が殻を破って思いを吐き出してくれたというのに、無駄にしてしまったと申し訳ない気持ちとなる。
他にもポスターを作ってくれた倉田からも何件かデータが上がってきていた。
責任もとれない言い出しっぺがたくさんの好意をぞんざいに扱っている。
無駄ばかりで、黒咲くんを追い詰めて、何をしているのだろうと目頭が熱くなり、唇をぎゅっと丸め込んだ。
「あんなに頑張ってたのに捨てるんだ」
百々の鋭い言葉にカッとなってしまい睨みつけると見透かすような瞳が返ってきて、私は腕をだらりと落としてしまった。
「珍しくあんた、目標持ってたのにもったいないね。無難な生き方しかしてこなかったあんたが」
「無難な生き方って……」
百々の指摘通りだ。
なんの目的もなくただ大学行って、周りと同じように就職する。
就職活動にも軸なんてものはなくて、ただ内定が欲しくて手当り次第に受けていた。
周りがみんな事務職とか、そういったデスクワークを目指してたからなんとなくそれを真似る。
結局、事務職にはなれたものの自分のやりたいことかもわからずに目の前の業務をこなす。
それでも働くうちに目標は出来ていき、それを達成するために必死だった。
その目標を達成しても誰も褒めてくれることはない。
どれだけ結果に繋げようが、それが当たり前の社会。
潰れてからはもうノルマでしかなかった。
私の目標には誰の支えもなく孤独なものだった。
「おねーちゃんの言う通りだね。 私は何がしたくてずっと生きてたんだろ」
見たくもなかった優しさの欠片もない世界。
そこにあったのは、個人の利益にもならない目標なんてものは不要な場所。
お金と名誉という利益を追求するだけのまさに「ビジネスの世界」であった。
「夢や目標がある人ほどいなくなるのはどうしてなんだろう」
何人も潰れていなくなった。
他人事にその背を見ていたらいつの間にかそれは自分になっていた。
見ていたはずの背中がなくなって、後ろから見えない顔に突き落とされる。
頑張ってたはずの人が残れず、社会への虚しさばかりが募った。
目標よりも生き残りをかけて自分の立ち位置を誇示し、他人事になっていくんだ。
打ち砕かれた希望を拾うことも出来ずにいる私を見て、百々は目を細めて「呆れた」と肩を落とす。
「別に目標や夢が全てじゃないでしょ。 大切なものは人それぞれよ。でもあんた、誰かのために頑張ってるようだからさ。力になりたいがあんたの原動力かと思ってた」
その言葉に顔を上げると、百々は口角をあげて満足そうにニヤリと笑っていた。
「動画、見たよ。 あんたあんなすごいの作ったんだね」
「あ……」
「モデルの子の協力なかったら作れなかったね。ポスターのデータも見た。 あんたは人を生かす力があるんだって、そう思ったよ」
いつもなら見られたことに腹を立てる場面なのに、何故だか泣きたい気持ちになった。
目の奥がじんじんと痛くなって、喉まで震えてしまって歯がカチカチ音を鳴らした。
「でも諦めたなら、やめたいなら仕方ないよね。 そんな気持ちで支えられても嬉しくないし」
百々は首を横に振り、ベッドから降りると勉強机へ真っ直ぐ向かっていく。
「あんたみたいな人に支えられて生きられる人もいるのに、やめたらもう生きていけないね」
パソコンのコードをまとめ、淡々と片付けをはじめる。
私はそれを黙って見ているしか出来ない。
「つまらない無難な道の方が長生きに決まってるじゃん。それが悪いわけじゃない」
一切私に目を向けることなく、百々はパソコンを抱えると無表情のまま部屋を出ていこうとした。
だがピタリと私の真横で足を止め、当てつけのようにしかめっ面で私の額を突き飛ばす。
「いっ!?」
「無難に生きるための信念がなきゃ、それは妥協だ。誰の力になれるはずもない。だから助けてくれる、支えてくれる人が少ないわけだ。エネルギーを使わないから」
額を抑えて涙目になる私に、百々はあからさまにため息をついた。
「せっかくあんたが燃えてたのに、残念ね」
今度こそ容赦なく部屋を出ようとする百々。
私は拳をギュッと握りしめて、震えて言葉の出てこない喉に指を這わせて歯を食いしばった。
どうしようもなく悔しくて、やりきれないカスだけの私が泣いている。
「なんでぇ……この頃のおねーちゃんより私の方が年上のはずなのに……」
嗚咽混じりにようやく声を出せたものの、情けない言葉しか出てこず、ますます心に陰りが差した。
「は? あんた何言って……」
「やめたくない。頑張りたい。 どうして誰も支えてくれないの。 一緒に頑張らせてよ」
本当に、頑張れる環境が欲しかった。
無条件の応援なんてものはなくて、真っ白な時は真っ白な足枷があり、灰色になった頃には目の前のことで精一杯、真っ黒になった頃には役立たずになっていた。
がむしゃらさ。
食いつく必死さ。
逆境にも負けない根性。
それって、いつ壊れたの?
自分で失くしたのか、壊されたのかなんてもう……わからない。
張り裂けた想いは濁流となり、荒ぶって止めることが出来なかった。
「私一人じゃ耐えられない。 だから……助けてよ。 頑張ったのにガッカリした目で見ないでよ」
「芽々。あんたはまだ学生だよ?」
百々はパソコン片手に、反対の手を伸ばして私の頬を引っ張る。
ひりつく頬っぺが涙と混ざって、熱を帯びていた。
「まだ諦めなくていいんだ。 大人になって助けてくれない奴は、助け方を知らない可哀想な奴だ。助けない人間は、助け方の無知なんだ。 それだけならいいけど、叩く奴もいる。 それはな、痛みの無知なんだよ」
澄ました顔をしていた百々の口角があがり、満足そうに笑んでいた。
「詳しいことはわからない。 でも無知になるな」
涙が止められない。
止めたくもなかった。
長年離れていた姉がこんなにも眩しく見えたのははじめてだった。
⬛︎第9話《To be free》#2
