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第10.5話《誰がために美徳はある》 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜

⬛︎第10話《もっと強く》#3


⬛︎第10.5話《誰がために美徳はある》

2010年12月27日、月曜日。

学校は冬休みに突入しているも、星祭りの準備として校舎を開けてもらっていた。

協力してくれたのは遠藤先生のはずだったが、何故だか美術室に現れたのは教師の橋場 幹介であった。

美術室では僕は黙々とデッサンの練習をしている。

カッターで削った独特な鉛筆と練り消しゴムを持ち、対象となる石膏像を描いていた。

その隣で顎に手を当て、ニヤニヤして見下ろすのが橋場であった。

「倉田ぁ、ポスター見たぞ? 先生はな、嬉しいぞぉ」

「そーですか」

見向きもせず、筆の黒鉛を滑らせる。

鋭い目つきが石膏に注がれ、陰影で命が吹き込まれていく過程を見て、橋場は誇らしげに頷く。

担任でもなければ美術教師でもない。

初めは何故構ってくるのかもわからなかったが、やがてどうでもよくなり僕は思考を放棄した。


「お前が誰かに協力して何か作るとはね。何作っても納得しないで捨ててしまうのに」

「……」

星祭りの件を言っているのだろう。

あれは本当に気まぐれで、たくさんの人に頼られる人気者の黒咲くんが珍しく頼ってきたからだ。

不思議と、その時だけはいつもと違って見えた。

それも僕にとっては重要なことではなく、また削る音を立て、練り消しゴムで調整を繰り返す。


「だがお前、本当にグラフィックデザインの学部目指すのでいいのか? 本当はお前……」


パッと手が止まる。

ようやく橋場に鋭さを返し、微細なブレに触れられたことにヤケになっていた。

橋場の軽率な発言はいつも土足で僕の繊細な部分に触れてくる。

「何も出来ないくせに余計な口出さないでください。僕はグラフィックデザインがやりたいんです」

鉛筆を握りしめ、また描き出そうとする。

だがわずかな震えが画板に現れ、線に迷いが走った。

練り消しゴムで誤魔化そうとしても、一本の線が全てを左右する。

手を使って描くものは修正が効かなくて、やり直しも出来ずなかったことに出来ない。

左右反転も、戻ることも、色の変更も、わずかな履歴が必ず跡になる。

絵には心が写る。

気に入らないからと出力し直すことの出来ない、一発勝負の擦り切れる暴走だ。

心を燃やしながらもその葛藤がブレれば一瞬で鎮火してしまう。

なんて非合理的で、割に合わない。

誰も救えない自己満足の世界。

お金が全ての世界で、値段が可視化されなければただ削るだけの不毛さ。

泣いているやつを笑わせることが出来たとしても、空腹を満たすことは出来ないんだ。


「ちゃんと就職して、実績出さないと。グラフィックデザインなら求人ありますからね」

だからこうして好きを確実にお金に変えるしかない。

お金があれば笑顔も与えることが出来、空腹も満たせる。

心も安定して芸術という崖っぷちな世界に集中することが出来るのだから。

自分だけの幸福のために人生を注ぎ、大作を描くなんて今の時代に不向きだ。

そこに至るまでの屍の数は考えるだけでも恐ろしい。

本人だけならまだ良いとして、限られた座席を取り合って屍となり、周りを巻き込んでいく。

屍なんて簡単なものではない。

芸術とは、ゾンビだ。

何かが込められたものは心を喰う。

死してなお、誰かの足を掴むのだからゾンビ以外何者でもない。


なのに何故、ゾンビになりたがる人間が多いのだろう。

こうして凶器のような鉛筆をカッターで削り、一本一本線を集めて何かを描こうとする。

たまらない快感は、誰かに足を掴まれた状態だ。

自分だけが死するときに満足しても、まわりはお腹を空かせてるんだ。

安定を求めて何が悪い。

芸術は価値が認められれば万人を救うが、ゾンビをも生み出す。

石をも掴めぬ泥々の手は、怨念の染み付いたものを創る。

自分だけが幸せになる芸術は、あまりに足場が狭かった。

「働く意思があるのはいいことだが、それだと……」

カッと怒りがピークに達した。

鉛筆を握りしめると立ち上がり、橋場に振り向いて吠えてしまう。


「だから余計な口出ししないでくださいよ! 教師にいったい何が出来るんですか!?  僕の代わりに金稼いでくれますか!?」

「ダーッ! お前はほんっとに捻くれ者だな!  若いもんは素直でナンボだろ!!」

「若い若いって若さを押し付けんのやめてくださいよ!  若ければなんでも出来るみたいな幻想、反吐が出る!」


鉛筆を持った手を勢いよく振り上げ、細部まで丁寧に描き込まれていたキャンバスにギラつく一本の線が下へ滑り込む。

芯が折れて砕けた先が下降する線をブツ切りにしていた。

あぁ、なんて、息苦しいんだ。

獣のような荒ぶりに橋場は圧倒されるのを見ても気持ちは収まらずに牙を剥く。


「時代をみろよ!  若さあって夢見れねーようにしたのは誰だよ!?  クソが!!」

「倉田!  大人を言い訳にするのは──」


終わりそうのない争い。

そんな時、空気を破るように美術室の引き戸がガラガラと音を立てる。

振り向くとそこには困惑した様子で立ちすくむ黒咲くんがいた。


「……えっと、まずは落ち着きませんか?」

「黒咲!?」


驚く橋場に対し、苦笑いで誤魔化す黒咲くん。

「先生、遠藤先生が探してましたよ?」

「そ、そうか。 遠藤先生、何の用かな?」

ポッと頬を染め、髪を整え出す橋場。

どうやら“遠藤先生”に好意を持っているようだ。

音楽の担当教員だが、美術を選択している僕には誰だかわからなかった。

橋場は急ぎ足で美術室から出ていこうとする。

「……倉田、自分のやりたいことから目を逸らしてもいいことないからな」

ビシッと指をさし、引き戸を閉めて去っていく。

こうもカッコつかない後ろ姿も珍しいと僕は冷めた気持ちで目を逸らした。

「……ふん」


橋場が出ていったことで落ち着きを取り戻し、鉛筆を机に置いて椅子に座る。

だが苛立ちは消えていないようで眉間に深々とした皺は残されたままだった。


「倉田、ポスター作ってくれてありがとな」

「別に。ああいうことしておけば実績になるし。 美大受験に有利に働くかもしれないから」

「美大、受かるよ。 倉田はめちゃくちゃ努力してるんだから」


ひねくれた回答に対して、変わらない爽やかな微笑みの黒咲くん。

やけにそれが目について、僕はついついため息混じりに漆黒の瞳を睨んでしまった。


「……努力って必ず報われるものじゃないよね」

「え? あぁ、そうだな」

「僕は報わない努力っていうの、嫌いなんだ。 別にグラフィックデザインを舐めてるわけじゃない」

砕けた鉛筆の先を見ると現実を思い知る。

口では強気に吠えることが出来ても、手は筆を捨てた。

何を対価にしても戦うことが出来る、なんて夢物語を語ってみたかった。

「だけど働く先はあるだろう? 安定した条件下で勝負することが出来る」

「他の芸術は……企業勤めの就職なんてほとんどないからな」

辞められない好きを価値にするためには、手に持つ武器を変えるしかない。

最初からそれを目指している人をゾンビにしたとしても、これが僕の生き方だ。


「その辺、僕は黒咲くんが一番の理解者だと思ってるよ。素直に口にしたら感動の美徳があるなんて。それで何とかなるのは物語だからだ」


若いんだから。

言い訳するな。

本当にやりたいことをやれ。

……そんなのクソ喰らえだ!


「口にして、そこから叶うのはひと握りだよ。 だったら僕は得意なジャンルで安定のもと勝ちを取る。……僕の努力は安心してるからこそ出来るもの。 怖いものを無くすことで勝負する」


自分たちが出来なかった後悔を押し付けるならば、後悔のない道を作ればよかったんだ。

この反骨精神は、道無き道しかないからだ。

いつかそれが後悔に繋がるとしても、誰にも押しつけたりしない。

やりたい奴は最初からやる。

出来るやつは最初からやるのがこの世の法則なのだから。


「これは芸術に反するかい? 身をすりつぶすだけが芸術じゃない。 僕は好きに没頭できる環境がほしいから」

「倉田の生き方、オレはすごいと思うよ。 取捨選択がハッキリしててさ」

「黒咲くんの好きは身をすりつぶす価値のあるもの?」

「え?」


口に出したくないというのに、何故黒咲くんはその覚悟を無力化するのだろう。

彼の生き方はあまりに真逆すぎて、痛々しかった。

縛り付けるものが似ているようで異なるものだった。


「一つだけ、言っておこう。 僕と黒咲くんの孤独は違うものだからね」

「……」


何も言えないだろう。

そしてこれ以上、追及するものでもない。

後悔とは自分がするもので、他人に言われてするものではないのだから。


「星祭り、僕も行くから。 感動を見せてくれよ」

「……うん」


その星は希望となるのか。

そんなに簡単に晴れるものならば……。

【僕らははじめから未来に絶望なんてしていない】


⬛︎NEXT
第11話《GRORIA》#1


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