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第10話《もっと強く》#3 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜

⬛︎第10話《もっと強く》#2


⬛︎第10話《もっと強く》#3


「黒咲くんの家って」

「漆器の椀の製造してるんだ。 今どき古風な家だよなぁ。 一応、もうすぐ創業90年と歴史あるんだぜ?」

ふたご町には名物の工芸品がある。

木に漆を重ねて塗ったお椀で、デコボコした手触りが特徴である。

木に布をはり、その上に何重にも漆をかける手間暇をかけ、質感の良いものにしていく。

汁物に適しており、熱を通しにくく、口当たりの良い食感を楽しめるのが特徴だ。

テーブルのない時代に重宝された高台のお椀として、長い歴史を誇っていた。

昔は作り手がたくさんいたが、今は黒咲くんの家が伝統を継いでいる状態だ。



「工芸品って言われても認知度は低いけどね。昔は嫁入り道具として娘に持たせるために作られてたんだって」

「黒崎くん、なんでもテキパキこなすもんね。漆とか扱い大変そう。 木も……自分で彫ってるの?」

「うん。結構大変だよ。でも完成したときはやっぱり感動する」


手のひらを見下ろし、キュッと握りしめる。

いつか厚みを増していくであろう手のひらはよく見ると所々赤くなっていた。

(気づかなかった。手が……こんなに荒れてたんだ)


「こうやって……人の生活や文化にあわせて進化して、今は伝統として技術が残されている。本格的に伝統を継いだのはじいちゃんの代からで、俺が三代目になるんだ。だから看板は長いって感じ。じいちゃんの背中、小さい頃はずっと見ていて……憧れていた」


黒咲くんの祖父はすでに亡くなっている。

会ったことはないが、チャレンジャーな性格で高度経済成長期のときはふたご町の発展に尽力した人として名を残している。

今は父親が二代目として跡を継ぎ、ふたご町の復興会会長にもなり、盛り上げようとしているはずだ。

何度か見たことがあるが、穏やかな性格な印象と同時に研究熱心な職人であった。


「親父も頑張ってるんだ。 本当に技術が集約された誇るべきものだと思う」


くすぐったそうに頬をかいて笑う黒咲くん。

その目はキラキラしていて、空に浮かぶ星とよく馴染んでいた。

風が吹いた時、視界に飛び込んできた黒咲くんに目を奪われてしまう。

ここにいるのは高校生の黒咲くんのはずなのに、未来に生きる私と対面したような気がした。

会うことも出来ず、30歳で終えることを選んでしまった大好きな人。


「だから俺も継いでがんばりたいんだ。 もっとたくさんの人に知って手に取ってもらえないと。……もったいないもんな」


どうして、私はすぐに返事が出来ない?

声を出そうとしても、つっかえを外すことが怖くて間を開けてしまった。


「……応援、してる。 誇るべきものだよ。 絶対に、それは唯一無二のものなんだから」

「……うん。 本当に、いつもありがとう」


その声がどれだけ情けないものだったか。

少し困ったように口角を上げ笑ってくれる黒咲くんに罪悪感を抱いた。


「時森のおかげでなんか変わった気がする。 前向いてがんばれそうだ」

「私は何も……。黒咲くんは最初から頑張ってた。これから上手くいくよ。みんながきっと助けてくれるから」

「……うん」


黒咲くんの返答も少しだけ遅くて、その喉に詰まるものは何かがわからない。

みんなに好かれて、仲良くて、頼られて、人気者の姿に憧れた。

なんて甘えるのが下手な人なんだろう。

力になりたいという人はたくさんいるはずなのに、弱音を吐かないことで言葉を奪われていく。

重責ばかりがのしかかり、その先に待っていたのは自分を失うというものだった。

それをわかっていて、伸ばせないこの手は何?

未来を回避したくてここにいるはずなのに、黒咲くんを直視する度に動けなくなる。

【本当に拒絶しているのはどっちかわからなくなる】


「そう、だよな。 時森も、受験頑張ってな」

「……うん」

ふと、私はこの町を飛び出した過去を思い出す。

変わりたかった。

それが町から去った理由だったはずなのに。


(何も変わらなかったよ。 たくさんのものを失っただけだった)

風が吹いても、何も変化がない。

何も切り替わらない世界の変え方がわからなかった。


「あ」

「え?」

突如、黒咲くんが空を見上げて声を出す。

頬を染めて柔らかく微笑み、空を指さしながらこちらに視線を移す。


「時森、空見て」

その誘導に頷き、空を見上げるとヒラヒラと舞い散る花のような白い雪が降っていた。

都会ではめったに見ることのない優しい白さにホッと息を吐く。


「……雪だぁ」

「ホワイトクリスマス、だな」

「そうだね。いつもより降るの早い気がする」

子どものときだからそう見えたのだろうか。

家の屋根には太い氷柱が何本も出来るくらい寒くて、自分の身体を飲み込んでしまいそうな高さの積雪量だった。

少しずつ感じていく雪の量の変化。

あの巨大な氷柱は幻だったのかもしれない。


(それでも明日は積もっているかもしれないな)


シャベルを手に雪かきをしなくてはならない。

これが重労働なのだから困ってしまう。

見た目に反して雪は重いものだった。

「……俺、頑張ってすごい職人になるから」


雪から目を離し、黒咲くんの漆黒の瞳に私が映る。

それだけで胸が高鳴った。

誰かの目に私が映っている。

それが黒咲くんだと実感すると、体内が燃えるように熱くなった。

「作品、いつかもらってくれないか?」

「もらっていいの? 工芸品なんて、立派なもので……」

「時森だから渡したい!」

肩を掴まれ、私の全身に燃え上がる情熱が引火した。

こんなにも熱くて、なりふり構わずにぶつかってくる黒咲くんははじめてだ。


「絶対、絶対驚かせてみせるから」

「うん。楽しみにしてるね」

こんなふうに心が動くのは黒咲くんだけ。

言動、行動に一喜一憂するのが止まらない。

(こんなに好きなんだから、他の人に惹かれるはずがなかったね)

強いところも弱いところも、全部受け止めたい。

抱きしめたいと思えた人は黒咲くんだけ。

ーー庭に繋がる大きなガラスの出入口が開く。

家の中の盛り上がる声が入り込み、重なるように怒声が近づいてくる。

襲いかかる暴走した女王に慌てて私たちは距離を取り、目をそらした。

それが麻理子の気持ちを逆立てるとも知らず、広い庭をダッシュする。


「めめりん! お前って奴はーっ!」

「ぴゃああああっ!  ごめんなさーいっ!」


追いかけてくる麻理子から必死に逃げる。

残された黒咲くんは状況が掴めず、マヌケ顔をしていた。


「えーっと……」

「由利っ!  メリクリ!」

そこに調子よく拓司がやってきて、黒咲くんの肩に腕を回して乗っかかる。

黒咲くんは目を丸くして辺りを見回し、夜の深さに気づいた。

「えっ!?  もうそんな時間!?」

「ああぁ……!  女子の家に泊まれんなんて……ぐふふ」

夜遅いことから麻理子の家のリビングで夜を明かすことになり、拓司は満悦そうにニタニタとする。

唾を飲み込む音に黒咲くんは引き顔で拓司の腹に腕をぶつけた。

「バーカッ!  だからモテないんだよ!」

「由利くんひどない!?」

そこに雪を見上げながらルンルンとしてショールをまとった奏が歩いてくる。

黒咲くんと拓司を見比べて、鼻で笑っていた。

「山村はなー、なんでだろーね。 なんか違うよねー」

「なんかって何や、奏ちゃん!」

「さぁ?」

ケラケラ笑われることに心折られた拓司が泣き真似をして黒咲くんに擦り寄る。

黒咲くんはあえて目を閉じ、見ないようにしていた。


「女子って俺にだけ冷たくない?」

「……どんまい。お前は良い奴だよ」

「うおおおおん!」

「黒咲くんって結構バッサリしてるよね」


遠目に見ていた里穂がついに口を出す。

ちゃっかりと麻理子に借りたスマートフォンでカメラを回していた。

焦点を黒咲くんに定めてニタリと笑い、画面越しに黒咲くんを攻める。

「……えと、ごめんなさい?」

「面白いからいいよー」

見目が良いと画面映えもいい。

ただ黒咲くんは画面に映ると背景に馴染んでしまいそうで、儚い美しさに見えた。

まるで命尽きる前に輝きを増す星のようだった。


「……芽々、頑張って」


画面越しにメッセージを残すしかない里穂は、ずっと黒咲くんを映す。

その背景で麻理子と戯れる私が画面に切り取られていた。


ーーこうしてクリスマスは終了。

私たちは年末に向けて加速しはじめていた。

⬛︎NEXT
第10.5話《誰が為に美徳はある》


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