第14.5話《黒く咲いた百合の花》#1 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
█第14話《MOON》#2
█第14.5話《黒く咲いた百合の花》#1
【あの日、世界は終わらなかった】
昔ながらの一軒家に穏やかさを兼ね備えた凛々しい顔立ちの老人と、艶やかな黒髪と瞳が美しい小さな男の子がいた。
二人は仲が良く、休みの日はいつも男の子は祖父のもとへ行き遊んでもらっていた。
今日は特に楽しいかくれんぼ。
男の子、由利は倉庫の裏側で丸まり息を潜めていた。
「みーつけた」
「えっ!? もう!?」
「由利のことならじいちゃんなんでもわかるぞ」
祖父・輝利に手を引かれ陽の下へ踏み出す。
隠れてそうそうに見つかり、最初は不貞腐れるもすぐに破顔して輝利に抱きついていた。
「あは、次はもっとしっかり隠れないと。 いつか絶対にじいちゃんに勝ってやる」
「バッカじゃねーの? もうすぐ地球滅びるんだぜ?」
そこに家の前を通りかかった男の子が声をかけてきた。
小学校は異なるものの、町の復興会関係で顔見知りの男の子だ。
小さな身長でよく悪態をついてくることから、由利はよく吠え返していた。
「よ、予言なんか信じるものか! なんの根拠があるんだよ!」
「みんな言ってるぜ? 7の月に恐怖の大王がやってきて、世界は滅亡するんだ」
「そんなこと……」
「お前、怖がってるんだろ? どうせみんな一緒なんだ、美味いものでも食って楽しむが勝ちだぞー!」
由利は幼い頃からホラーやオカルト話が苦手だった。
聞きたくないというのに虎箔は怖がる由利をからかい、よく嫌な発言をぶつけてきた。
その度に輝利の足にしがみつき、ムスッとした顔つきで睨み返すのが精一杯である。
ケラケラと笑い有頂天になる虎箔の後ろに、一人の女が近づき頭にゲンコツを食らわす。
「アンタって子はまた由利くんに嫌味ばっか言って! ごめんなさいねぇ、輝利さん、由利くん」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「ほら、行くよ!」
母親に手を引っ張られながら涙目に虎箔は腹から力いっぱいに叫ぶ。
「なんだよっ! どうせみんな死んじまうんだ! どんなにすごい奴だって死んじゃうんだからな!!」
去っていく虎箔を見て、由利は小さくなって輝利の手を握る。
輝利はフッと笑い、由利の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「……じいちゃん」
「大丈夫、大丈夫。 大予言なんてメディアが騒いでるだけだ。 恐怖の大王なんて現れないから大丈夫」
輝利がそう言うだけで勇気と自信が湧いてくる。
このしわくちゃの大きな手が大好きだった。
職人らしい硬く厚い皮膚。
髪を撫でるとささくれが引っかかる荒さ。
この世界にはこんなにもカッコよくて、自慢したくなる人がいる。
それが自分の祖父であることに由利は誇りを持っていた。
輝利は書斎で本を読みながら考え事をしていた。
その集中力は凄まじく、由利が近づいても気づかない。
「じいちゃん?」
ようやく声をかけたところで輝利は由利に気づき、焦って本を閉じ、優しく微笑んだ。
黒曜石の瞳に光が当たったときの強烈な煌めきが由利は好きだった。
「由利か、どうした?」
「これ……作ってみたんだ」
ニンマリ顔で突き出したのは、木彫りの椀だった。
まだ荒くでこぼこで、触るとザラつきが強い。
だが由利の我が出た独特のある厚みの椀だった。
それを見て輝利は驚き、目を丸くする。
「由利が彫ったのか?」
「うん。オレ、じいちゃんにはまだまだ届かないけど、いつか立派な器を作ってみせる!」
だが俯き、悲しそうに眉を下げる。
「……今はまだ不器用だけど、みんな応援してくれてるんだ」
輝利から見て由利は器用ではなかった。
人あたりのよい性格のようにみえて、自分を押し殺すことが多いため本音を隠してしまう。
椀を作る時は楽しそうに目を輝かせてはいるものの、まだ未熟だった。
しかしちゃんと褒めて、独特な木の活かし方をものにすれば豹変するだろう。
逆を言えば正しさに縛られると壊れてしまう。
才能と非才の危ういラインを歩いていた。
繊細さが大事な漆椀だが、豪快な作りの椀ならば負け知らずになるだろう。
あまり絵付けは得意ではないようなので、漆の流れと椀の木目が融合すれば自然の美しさになる。
とても難しい才能だった。
金の絵付きや繊細な模様、艶めきのキレイな作品が求められる中、由利は素朴でどっしりなものを作る。
さて、この才能は見方によれば非才。
輝利が伸ばしていきたいと思えるものだった。
「オ、オレさ、若い頃のじいちゃんにそっくりなんだって! だから絶対にじいちゃん越えするんだ!」
「あぁ、由利なら出来る。 こんなにも優しくていい子なんだ」
本当によく似ている。
だから適正のないところや物事に対してのストレスは弱いタイプともわかっている。
人当たりがよくなんでも出来そうに見えるが、実際は物静かでサポート向きの一点集中型。
職人の適性がありながらも、現代のニーズとは作風が違った。
それがどうしても気がかりであった。
だから作品を創る上で、これだけは芯に持ってほしい想いがあった。
「いつか、由利が一番一緒にいたいと思える人に椀を渡しなさい」
「椀を?」
「そうだ。あの椀は嫁入り道具になるんだ。 だから由利がお嫁さんにしたい人に渡してあげるといい」
「なんかそれじゃあオレが嫁入りするみたいじゃん。変だよ」
ケラケラと笑い、照れくさそうに頬をかく。
あまり人に心を伝えたことのない輝利だったが、由利だけは特別素直になれた。
条件に縛られた生き方をしてきたが、ようやくありのまま抱きしめたいと……大切にしたいと思う存在だった。
「じいちゃんは好きな人にあげたぞ」
「へぇ、それはおばあちゃん喜んだだろうね!」
「……秘密だぞ?」
「うん!」
それでも秘密はある。
良い男とは多少ミステリアスに生きるものだ。
由利は素直な男の子なので、真っ直ぐに椀と向き合い、人を見つめられる人生を送ってほしい。
そんな優しい想いを、走り続けた輝利は抱くことを許されたいと願うのだった。
***
それはある雨の日だった。
由利は新聞を片手に握りしめ、輝利の書斎へと走る。
「じいちゃんじいちゃん! じいちゃんの器が工芸展でまた金賞とったって!」
勢いよく扉を開いてしまったので叱られる、と咄嗟に身構えてしまう。
だが由利の行動を咎めるものはいなかった。
「……じいちゃん?」
呆然と、部屋の中で起きている非現実的な出来事に足元がぐらつく。
目眩が襲う中、床に倒れ滲む汗を流す輝利を見下ろし、由利は青ざめ駆け寄った。
「じいちゃん! じいちゃんっ!!」
……返事をすることも出来ず、由利の騒ぎ声に気づいた職場の人たちが家の中へと入ってくる。
混乱するばかりの由利は、ぐちゃぐちゃと進んでいく事態に足元が沼に浸かりはじめる。
救急車のサイレンが近づく。
それは由利がはじめて見る、身近な人を連れていく緊急事態の対応現場であった。
小さな由利はそれを見送ることしか許されない。
苦しそうにしていた輝利の弱い顔がまぶたの裏に焼き付いた。
***
それから梅雨があけても輝利は病院から出ることが出来なかった。
日に日に衰弱していき、気づけば管ばかりに繋がれ、食事もとることが出来なくなっていた。
あんなにカッコよかった輝利が鼻に管を通し、黄色い固まりをボロボロと落としていく。
由利を撫でてくれた手は針が刺さり、腫れぼったくなっていて大好きだった骨の筋が隠れていた。
雨の時期が終わって、日差しの強い夏がやってきた。
いつもは呼吸器をつけていた輝利が、その日は珍しく外していて寝たきりになりながらもじっと由利の顔を見ていた。
すっかり顔の変わってしまった輝利に由利は怖くなり、うっとなり後退る。
それをわかってか、輝利は精一杯口角をあげ、由利に微笑みかけた。
「由利。今日は……なんだか寒いな……」
真夏日で空調の効いた部屋とはいえ、セミの鳴き声も聞こえてくるので、暑さを感じる要素はたくさんある。
「じいちゃん、布団もっといる? 手、握ってるから」
由利の言葉に輝利は目だけを向けてくる。
「星……いや、あれは月か」
ツゥーッと涙を静かに流す。
少年のような表情となり、輝利は由利を見つめていた。
「私の……白百合……」
ーーピッ……ピッ……ピーーーーッ。
「じいちゃん、じいちゃん!?」
輝利の手から力が抜ける。
目が閉じられると、心電図が音を伸ばし出す。
医者を呼び、状態を診てもらう。
緊急処置室へと運ばれ、貴利が呼ばれてやってくる。
そうして気づけば夏の日差しは姿を隠し、静かな夜が訪れていた。
緊急処置室から出てきた医者が貴利と向き合い、告げる。
「7月31日、午後11時59分、ご臨終です」
その終わりは、あまりに呆気なかった。
白い花びらが散り、残されたのは黒い花。
泥々とした足元で、誰にも見出されない輝利の愛しい孫がポツンと立ち尽くしていた。
ノストラダムスの大予言、恐怖の大王がやってくる7の月。
最後の最後に輝利は連れられてしまった。
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