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「ゴジラは火を吐いていない」中学生が絶句した、ある授業の記録- 映画『ゴジラ』(1954年)から考える戦争・核・人間の選択【映画×授業#5】

巨大な怪獣が、街を焼き尽くす。
咆哮が響き、人々が逃げ惑う。

「ゴジラ」と聞くと、多くの人はそんなパニック映画のイメージを思い浮かべるかもしれません。

しかし、**1954年に公開された第一作『ゴジラ』**は、単なるエンターテインメントではありませんでした。それは、戦後間もない日本が突きつけられた、戦争と核への痛切な「問い」そのものだったのです。

かつて中学校にあった「選択教科」という時間で、私はこの白黒映画を教材に、生徒たちと対話をしました。



1.「選択教科」という、正解のない時間

かつての中学校には、**「選択教科」**という授業がありました。
生徒が自分の興味で科目を選び、知識を詰め込むのではなく「考えること」そのものを楽しむ時間。

私はその時間を使って、映画を教材にした授業を行っていました。

映画は、教科書のように正解を教えてはくれません。けれど、私たちの心に消えない「問い」を植え付ける力を持っています。

初代『ゴジラ』は、まさにその最高の教材でした。

2.ゴジラって、どうして生まれたと思う?

授業の冒頭、私は生徒たちに問いかけました。

「ゴジラって知ってる?」
「ゴジラって、どうして生まれたんだと思う?」

生徒たちからは、無邪気な答えが返ってきます。

「もちろん知ってるよ。かっこいいよね。」 
「宇宙から来た怪獣だっけ?」
「ちがうよ、映画会社が作ったんだよ。」

わいわいがやがやと様々な声が飛び交う中、
第一作『ゴジラ』の鑑賞を始めました。

「ふっるー」
「なんか昭和って感じ・・・」
「つまらなそう」

レトロ感がただようオープニングからのシーンに、
生徒の退屈感が伝わってきます。

そこで私は、ある場面でスクリーンに映し出される映像を止め、
一つの歴史的事実を伝えました。

3.1954年、ビキニ環礁。現実は映画よりも恐ろしかった

映画が公開された1954年。
アメリカは太平洋のビキニ環礁で水爆実験を行いました。その影響で、日本の漁船「第五福竜丸」が被ばくします。

核の恐怖は、スクリーンの中の出来事ではなく、当時の日本人にとって「今そこにある現実」でした。

海。見えない放射能。そして、突然奪われる日常。
この事件のわずか半年後に公開されたのが、映画『ゴジラ』だったのです。

「え、火じゃないの?」生徒が絶句した瞬間映画の中で、ゴジラは口から白い熱線を吐き出します。

私は生徒に聞きました。「これ、何だと思う?」

「火でしょ?」
「怪獣だから、火炎放射みたいなやつ!」
「けむり?」

私が「これはね、放射熱線といって、いわゆる放射性物質を含んだ高温の物質なんだよ」と伝えた瞬間、教室の空気が変わりました。

ゴジラは、ただ暴れているのではない。
水爆実験によって安眠を妨げられ、体中を焼きただれさせながら現れた、**「歩く被爆者」**なのです。

そう伝えると、生徒たちの目は、もうゴジラを「敵」としては見ていませんでした。

4.監督・本多猪四郎が込めた「祈り」

初代『ゴジラ』の監督・本多猪四郎は、実際に戦地へ赴き、戦後の広島も目撃した人物でした。

彼は、ゴジラを「倒せばハッピーエンドの怪物」としては描きませんでした。ゴジラは、自然の怒りであり、科学の暴走が生んだ悲劇の象徴。

そして、この映画にはもう一人の主人公がいます。
天才科学者・芹沢博士です。

彼は、ゴジラを倒せる唯一の兵器「オキシジェン・デストロイヤー」を発明します。しかし、彼はその発明が将来、戦争の道具として悪用されることを何よりも恐れました。

「兵器として使われるくらいなら、この技術と共に死ぬ」

彼が選んだ結末は、自らの命を絶つことでした。
「怪獣を倒して終わり」ではない。そこには、科学を持つ人間の「責任」という重いテーマが横たわっていたのです。

5.「ゴジラがかわいそうに思えてきた。」

映画を見終えた生徒たちの感想は、当初の予想とは全く違うものでした。

「なんか、ゴジラがかわいそう。人間が勝手に実験して、勝手に怒ってるみたい」
「怪獣なのに、被害者なんだね」

ある生徒は、ポツリとこう言いました。
「この前、最新のゴジラ映画を見たけど、怖かった。でも、この最初のゴジラを見たら、今のゴジラも何かに怒ってるのかもしれないな・・・」

別の生徒は、「昔の映画だけど、今言ってること(核や環境問題)と同じだ」と気づき始めていました。

6.ゴジラは過去の怪獣なのか?

最後に、私は生徒たちに最後の問いを投げかけました。

「ゴジラは、もう終わった存在だと思う?」

教室は、静まり返りました。

核。戦争。科学技術の暴走。
それらは、1954年だけの問題ではありません。
形を変え、名前を変え、今も私たちの社会に存在し続けています。

私たちが「これは本当に正しいのか?」「自分たちは何を選択すべきか」と考えることをやめたとき、ゴジラはまた、海の中から現れるのかもしれません。

おわりに

初代『ゴジラ』は、怪獣映画の姿を借りた「反戦・反核」のメッセージボードです。

それを物語として体験する。
だからこそ、生徒たちは自分の言葉で、自分の痛みとして考え始めることができたのではないでしょうか。

公開から70年近く経った今もなお、この映画は教室で、そして私たちの社会で、問い続ける価値のある一本です。

【参考資料】
※リンクにはアフィリエイトを含みますが、内容の評価には一切影響していません。おすすめしたい一本です。

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