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バブルは形を変えて繰り返す

日経平均が、最高値を更新した。2026年5月7日、日経平均株価は62,833円84銭で取引を終えた。終値で初めて6万2000円台に乗せ、上げ幅は3,320円72銭と過去最大になった。最高値の更新だけでも目を引くが、そこに過去最大の上げ幅が重なると、相場の強さだけでなく、過熱感も語られ始める。株価が大きく上がったときには、どうしてもバブルではないかという懸念も出てくる。

では、そもそもバブルとは何だろうか。バブル経済では、価格上昇と信用拡大が結びつく。資産価格が上がると、その資産の担保としての評価が上がり、買い手はより多くの資金を調達しやすくなり、その資金がまた市場に入り、価格はさらに押し上げられる。この循環が続くと、価格上昇は価格上昇そのものを支えるようになる。

最初は、その資産が生む価値や、企業の成長期待が買う理由になる。新しい技術が社会を変えるという期待があり、企業収益の拡大が語られ、金融環境も市場への資金流入を支える。そうした根拠にささえられ、価格は上昇していく。ただ、価格が上がり続けるうちに、買う理由は少しずつ変わっていく。価値があるから買う、という理由に、さらに高く売れそうだから買う、という理由が混じり始める。さらには、期待だけでなく、信用の拡大も巻き込みながら、資金が市場に流れ込んでいく。

膨らむバブル

ここで、過去のバブルを思い出してみたい。平成バブルでは、不動産と株式が信用膨張と結びついた。ITバブルでは、インターネットが社会を変えるという期待が、企業収益の裏づけを超えて株価を押し上げた。リーマンショック前の住宅バブルでは、住宅価格の上昇を前提に証券化商品が広がった。どれも後から見ればバブルと呼ばれるが、起きている最中の顔は同じではない。

バブルの表れ方は、時代によって違う。対象になる資産も違えば、語られる物語も違う。それでも、共通する仕組みはある。価格上昇が信用を膨らませ、膨らんだ信用がさらに価格を押し上げる。そして、信用の拡大が限界を迎えると、今度は一気に価格下落が始まり、信用を縮ませ、縮んだ信用がさらに価格を押し下げる。バブル形成と崩壊の本質は、この信用膨張と信用収縮にある。

果たしてバブルなのか?

では、なぜバブルは事前に見分けにくいのか。バブルが難しいのは、起きている最中には、価格上昇を支える説明が成立していることだ。技術革新への期待、企業収益の拡大、金融環境の変化が重なり、価格上昇には一定の説得力が生まれる。そのため、その時点では、構造変化を反映した価格上昇なのか、信用膨張に支えられた価格上昇なのかを完全には切り分けにくい。バブルは、弾けて初めてバブルだったと分かる。

そして、弾けたあとに問題になるのは、価格が下がることだけではない。価格下落によって、それまで価格を支えていた信用も縮み始める。ここが、普通の景気後退との違いである。景気が悪くなると、売上が落ち、企業は投資を控え、雇用は弱くなり、消費も鈍る。経済活動の量が落ちるのである。バブル崩壊では、資産価格の下落が担保価値を下げ、金融機関の資産内容を傷つける。融資の回収不能や保有資産の評価損が膨らむと、金融機関そのものへの不安が生まれる。そうなると、貸出が細るだけでなく、金融機関同士の信用も揺らぎ、資金の流れそのものが詰まり始める。場合によっては、金融システムそのものが機能不全に近づく。バブル崩壊は、金融危機や金融収縮を伴うことで、実体経済にも深く入り込んでいく。

バブルが弾けた

では、今回の相場でリスクはどこに置かれているのか。平成バブルでは、不動産や株式の上昇を前提に民間金融機関の貸出が膨らみ、価格が下がったあと、その損失は不良債権として銀行の中に残った。リーマンショック前の住宅バブルでは、住宅価格の上昇を前提に証券化商品が広がり、リスクは分散されたように見えたものの、金融機関と市場の中に複雑な形で残っていた。今の環境では、中央銀行の存在が大きい。大規模な金融緩和を通じて、中央銀行は国債市場、金利、為替、資産価格に深く関わってきた。民間金融機関だけを見ても、リスクの全体像は捉えにくい。リスクが消えたのではなく、置き場所が変わったのである。

もう一つ、分けておきたいことがある。価格が大きく下がることと、過去の水準まで戻ることは同じではない。リーマンショック前、S&P500は2007年10月に1,565.15の高値をつけていた。その後、金融危機で大きく下落したが、2013年にはその水準を上回った。当時の高値は、当時の市場にとっては天井だった。しかし、時間が経ち、企業収益や金融政策、経済の構造が変われば、その天井は次の時代の通過点になる。今回も同じように進むとは限らない。大きな調整が起きる可能性はある。金融収縮を伴えば、傷は深くなる。それでも、下がることと、どこまで下がるかは分けて考える必要がある。

弾けたとき、どこまで下がるか

バブルかどうかは、弾けてみなければ分からない。だから、いま考えるべきなのは、現在の相場をバブルと判定するかどうかより、価格を支えている前提がどこにあり、その前提が崩れたときにリスクがどこへ表れるかである。株価そのものにリスクがあるのか。信用を供給している金融機関にあるのか。国債市場や金利にあるのか。あるいは、中央銀行のバランスシートにあるのか。なかでも、今回の相場を考えるうえで見落としにくいのは、中央銀行のバランスシートである。長く続いた大規模緩和のもとで、中央銀行は国債市場、金利、為替、資産価格の安定に深く関わってきた。そこにリスクが蓄積していないと見るには、かなり強い根拠がいる。そして、中央銀行のバランスシートそのものがきっかけとなったバブル崩壊は、これまでなかったことも付け加えておきたい。

リスクはどこにある?

だから、必要なのは、メインシナリオとリスクシナリオを分けておくことである。メインシナリオでは、企業収益、資本効率の改善、海外資金、技術革新への期待が株価を支えている。リスクシナリオでは、その前提のどこかが崩れたとき、価格下落が信用収縮へつながる。そして、その信用収縮がどこに現れるのかを考えると、民間金融機関だけを見ていても足りない。中央銀行のバランスシート、国債市場、金利、為替まで含めて見なければ、今回のリスクの置き場所は見えてこない。バブルを当てることよりも、価格を支えている前提を見ておく。そして、その前提が崩れたとき、リスクがどこに表れるのかを考えておく。そこを分けておくことに意味がある。


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