目に浮かぶ街、浮かばない街―『空白の天気図』を読んで
8月6日。
広島県立図書館の電子図書館で借りた、
その本をようやく開いた。
『空白の天気図』(柳田邦男著)。
広島に住んでいる。
それなのに、私はこの本を
今まで読んだことがなかった。
きっかけは、いつものように
電子図書館で本を探していたことだった。
著者名を見て、
「遠野物語だったっけ?」
と、少しだけ記憶が混線した。
見覚えのある名前だったので、
迷わず「借りる」ボタンを押していた。
青少年向けの本に混じって、
どこか分野の定まらない、
小説のような気配を漂わせていたのも
気になっていた。
そして、8月6日。
ようやく借りられた本を開いた。
最初のページに現れたのは、
8月6日の広島市の市街図だった。
「?」
頭の中で、小さくクエスチョンマークが
浮かんだ。
『空白の天気図』というタイトルを見たとき、
私はてっきり比喩的な意味だと思っていた。
何かが「わからない」ことの象徴のような、
少し詩的な表現なのだろう、と。
ところが、読み進めていくうちに、
その「空白」が比喩でも何でもないことを知った。
昭和20年8月6日。
広島に原子爆弾が投下されたその日、
広島地方気象台も多大な被害を受け、
通信網が失われた。
天気図を描くために必要な
情報そのものが送れず、
文字通り「空白」になったのだ。
本書は、
その空白がどのようにして生まれ、
そして1か月後に広島を襲った
枕崎台風の惨禍へ、
どうつながっていったのかを追っていく。
文章には、感情を煽るような
修飾がほとんどない。
事実が、淡々と積み重ねられていく。
それなのに、いや、それだからこそ、
当時の気象関係者たちが置かれていた状況が、
静かに伝わってくる。
原爆の凄まじい爆風で
観測機器は奇跡的に無事であったものの、
通信機器が破壊され、
中央気象台に情報を送ることができない。
それでも、情報を送らなければならない。
そして、原爆によって
壊滅的な被害を受けた広島に、
約1か月後、今度は大型台風が襲いかかる。
台風の接近さえ、軍事機密として
扱われた時代が直前まであった。
敵国に知られないように。
そして当然、当時の国民にも知らされない。
しかし、情報がないということは、
ただ「知らない」ということではない。
知らされないことで、
人は別の物語を信じることもある。
そんなことを考えながら読み進めた。
そして、原爆投下から1か月後。
広島は、今度は台風に襲われる。
県内だけで、死者は2000人を超えた。
呉市では、
その年の7月の空襲で
2000人近くが亡くなり、
枕崎台風によって、
さらに1000人を超える
犠牲者が出たという。
数字を並べているだけなのに、
その街の情景が、
なぜか目に浮かんだ。
なぜ、目に浮かぶのだろう。
広島も、呉も、
私が実際に歩いたことのある街だからだ。
地名を聞けば、川があり、橋があり、
駅があり、その先に坂がある。
「ああ、あそこか」と、
頭の中に街の輪郭が浮かぶ。
だから、そこで亡くなった人の
「2000人」や「1000人」という数字が、
ただの数字ではなくなる。
その数字の向こう側に、街が見える。
では、私がまだ一度も訪れたことのない街で、
同じように人が亡くなったとき、
私はどう感じているのだろう。
ふと、最近見たニュースを思い出した。
ウクライナでロシアの大規模攻撃により
十数人が亡くなったという報道だった。
そのとき私は、どこまで真剣に、
その数字を受け止めていただろう。
正直に言えば、
そこまで深くは受け止めていなかった。
遠い国の、
自分には関係のない出来事。
どこかで、
そんなふうに線を引いていたのだと思う。
攻撃が始まってから数年が経ち、
犠牲者の数字が報じられるたびに、
私の感覚は少しずつ
麻痺していたのかもしれない。
本書によれば、
昭和20年4月30日の広島空襲により
市内で初めて十数人が亡くなったとあるが、
同じ「十数人」という数字なのに、
なぜこうも違うのだろう。
人の死の数字を、
自分との距離によって
受け止め方を変えていたのかもしれない。
そう気づいたとき、
恥ずかしさに似た感覚が、
胸の奥に広がった。
けれど、その感覚は今も、
完全には消えていない。
この文章を書いている今この瞬間も、
私はまだ、どこかで
線を引き続けているのかもしれない。
知ることと、感じることは、同じではない。
本を読めば、知らなかったことを
知ることはできる。
数字の意味を知ることもできる。
けれど、知ったからといって、
それが自分の中で現実になるとは限らない。
広島や呉の数字が私の中で
少しだけ現実になったのは、
そこが私の知っている街だったからだ。
では、知らない街の数字を、
どうすれば自分の中で現実にできるのだろう。
その答えは、まだわからない。
ただ、この本を読んでから、
ニュースに出てくる「何人」という数字を、
以前とは少し違う目で見るようになった。
それだけなのかもしれない。
そして、この原稿を書きながら、
窓の外でサイレンが鳴っていることに気づいた。
8月15日、正午。
終戦記念日の黙祷を呼びかける
サイレンだった。
気がつくと、私は目を閉じ、
手を合わせていた。
いつもなら、
聞き流していたはずのサイレンだった。
それが、この日は少し違って聞こえた。
なぜそう感じたのか、
うまく説明することはできない。
ただ、この本を読む前と、読んだ後。
同じ街に住み、
同じサイレンを聞いているのに、
ほんの少しだけ、
見えているものが違っていた。
『空白の天気図』という題名を、
私は最初、比喩だと思っていた。
けれど、本当に空白だったのは、
天気図だけではなかったのかもしれない。
知らなかったこと。
見えていなかったこと。
そして、自分とは遠いものだと
思っていた人たちの暮らし。
その空白を、私はまだ埋められていない。
たぶん、これからも全部を
埋めることはできない。
それでも、ときどき本を開いて、
知らなかった街を知る。
その街を少しだけ目に浮かべてみる。
それくらいのことからでも、
始めてみようと思った。
