組織にとっての「原則」とは何か
前回は、個人の原則について考えました。
感情と行動の間に選択肢を持つためには、何を基準に選ぶのかが必要です。
その判断基準になるものが、自分なりの「原則」ではないか。
そして原則とは、単なる「好きな言葉」ではなく、自分の利益と大切なものが衝突したときにも、なお守ろうとするものではないか。
そんな話でした。
では、複数の人が集まるチームや組織では、どうでしょうか。
組織の中では、個人の場合以上に、さまざまなものがぶつかります。
顧客満足と現場の負荷。
短期的な売上と長期的な信頼。
挑戦することと、失敗のリスク。
率直に意見を言うことと、人間関係を守ること。
自部門の利益と、会社全体の利益。
経営と現場。
こうした問題が難しいのは、どちらか一方が明らかに間違っているわけではないからです。
どちらも大切です。
だからこそ、判断に迷います。
もちろん、会社にはさまざまなルールがあります。
就業規則、業務手順、決裁基準、マニュアル。
組織を安定して運営するうえで、ルールは欠かせません。
しかし、どれだけ細かくルールをつくったとしても、未来に起こるすべての出来事をあらかじめ想定することはできません。
特に、本当に難しい意思決定ほど、マニュアルには答えが書いていません。
そこで必要になるのが、「原則」なのではないかと思います。
私は、ルールと原則の違いを、こんなふうに捉えています。
ルールは「何をするか」を決めるもの。
原則は「どう決めるか」を決めるもの。
たとえば、「顧客を大切にする」という価値観を掲げている会社があったとします。
それ自体は、とても大切なことです。
しかし、顧客の要望にすべて応えていたら、現場が疲弊することもあります。
そのとき、
「顧客と社員のどちらが大切か」
という単純な二択にしてしまうと、なかなか答えは出ません。
必要なのは、
顧客への価値提供と、社員が持続的に働ける環境が衝突したとき、私たちは何を基準に判断するのか。
という問いです。
「挑戦を大切にする」という会社でも同じです。
挑戦すれば、当然失敗する可能性があります。
では、挑戦とリスク管理がぶつかったとき、どこまでの失敗を許容するのでしょうか。
「社員を大切にする」と「成果に責任を持つ」が衝突したときには、どう判断するのでしょうか。
こう考えていくと、組織に必要なのは、
「私たちは何を大切にしていますか」
という価値観の共有だけではないことが分かります。
もう一段必要なのは、
「大切なもの同士が衝突したとき、私たちは何を基準に選ぶのか」
という、意思決定の原則を共有することです。
これは、第1話で考えた個人の成熟ともよく似ています。
個人の場合、感情が生まれた瞬間に行動してしまうのではなく、
感情 → 解釈 → 選択肢 → 原則 → 行動
というプロセスを持つことで、自分の行動を選び直すことができます。
組織でも、同じことが起きているのではないでしょうか。
何か問題が起きる。
メンバーそれぞれが違う解釈をする。
不安になる人がいる。
腹を立てる人もいる。
自分の部署を守ろうとする人もいる。
短期的な数字を重視する人もいれば、長期的な信頼を優先したい人もいる。
そこで、
出来事 → 反射的な対応
と進んでしまえば、声の大きな人の意見や、役職の高い人の判断、あるいは「昔からこうしてきた」という慣習に流されやすくなります。
しかし、その間に選択肢をつくり、
出来事 → 複数の解釈や利害 → 選択肢 → 共有された原則 → 意思決定
というプロセスを持つことができれば、組織の意思決定は変わってきます。
「誰が言っているか」ではなく、
「私たちは何を大切にすると決めたのか」
に戻って考えることができます。
ここに、組織に原則を持つ意味があるのだと思います。
そして、原則の価値が最も問われるのは、平常時ではありません。
意見が割れたとき。
利害がぶつかったとき。
正解が分からないとき。
誰かが不利益を引き受けなければならないとき。
難しい決断を迫られたときです。
「挑戦を大切にします」
「お客様を第一に考えます」
「社員を大切にします」
「誠実であり続けます」
こうした言葉を掲げるだけなら、それほど難しくありません。
本当に問われるのは、その価値同士が衝突したときです。
だから、組織の原則を考える際には、
「私たちは何を大切にしたいですか」
だけではなく、
「それらが衝突したとき、私たちは何を基準に決めますか」
まで考える必要があります。
たとえば、
短期利益と顧客との長期的な信頼がぶつかったら。
スピードと品質がぶつかったら。
個人への配慮とチーム全体の公平性がぶつかったら。
挑戦と安全性がぶつかったら。
現場の判断と経営の判断がぶつかったら。
そうした具体的な葛藤を想定しながら考えていくと、単なる美しい言葉ではなく、実際の意思決定に使える原則が見えてきます。
つまり、組織の原則とは、文化を表現するためのスローガンだけではありません。
予測できない状況に直面したとき、集団として何を基準に判断するのかを支える意思決定装置
なのだと思います。
そして私は、ここにも「成熟」という考え方が当てはまるように思います。
個人の成熟とは、感情と行動の間に選択肢を持ち、自分が大切にする原則に基づいて行動を選べるようになることでした。
だとすれば、集団の成熟とは、
出来事と反応の間に選択肢を持ち、共有された原則に基づいて、自分たちで意思決定できるようになること
と考えることができます。
成熟した組織とは、感情のない組織でも、意見の対立がない組織でもありません。
むしろ、異なる感情や意見、利害が存在することを前提にしながら、それでも自分たちなりの原則に立ち戻って判断できる組織です。
誰か一人の正解に従うのではなく、自分たちで考える。
葛藤をなくすのではなく、葛藤の中でも選べる。
そして、その選択を自分たちで引き受ける。
そこに、集団としての成熟があるのではないでしょうか。
未来に起きる出来事をすべて予測して、あらかじめ答えを用意しておくことはできません。
だから必要なのは、すべての答えを持つことではありません。
答えのない状況に直面したとき、自分たちは何を基準に答えを出すのか。
それを共有しておくこと。
それが、組織に「原則」を持つということなのだと思います。
