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#485 プーチン氏の訪問で話題~改めて考える北方領土とは?~

2026年8月13日、ロシア政府は、プーチン大統領が、北方領土の択捉島を訪問したと発表しました。

プーチン大統領が北方領土を訪問するのは今回が初めてです。

ロシア大統領府は、プーチン氏が択捉島の水産加工施設を視察したことなどを発表しました。

これに対して日本政府は、北方領土は日本固有の領土だとして、ロシア側に強く抗議しています。

現在、日本とロシアの関係は、ウクライナ情勢などを背景に悪化しています。

その中で今回、プーチン大統領が北方領土を訪問したことで、改めて「北方領土問題」に注目が集まっています。

では、そもそも北方領土とは何なのでしょうか。

そして、なぜ日本とロシアはいまだに平和条約を結んでいないのでしょうか。

そもそも北方領土とは?

北方領土とは、

・択捉島(えとろふとう)
・国後島(くなしりとう)
・色丹島(しこたんとう)
・歯舞群島(はぼまいぐんとう)

の4つの島々を指します。

北海道の北東に位置しており、現在はロシアが実効支配しています。

日本政府は、北方四島を「日本固有の領土」と位置づけ、ロシアに返還を求めています。

一方、ロシアはこれらの島々を自国領として扱っています。

つまり、

日本
→「日本固有の領土」

ロシア
→「ロシアの領土」

という主張が対立しているのです。

この領土問題が解決していないことが、日本とロシアの間で現在も正式な平和条約が結ばれていない大きな理由となっています。

なぜ北方領土が問題になったのか?

北方領土問題を理解するには、第二次世界大戦まで歴史をさかのぼる必要があります。

1855年、日本とロシアは「日魯通好条約」を結びました。

この条約によって、

択捉島とウルップ島の間

に国境が定められました。

つまり当時、択捉島は日本側、ウルップ島以北はロシア側とされたのです。

その後、1875年には「樺太千島交換条約」が結ばれ、日本は樺太全島に関する権利をロシアに譲る代わりに、ウルップ島からシュムシュ島までの千島列島を譲り受けました。

こうした条約を経て、北方四島は日本が統治していました。

ところが第二次世界大戦の終盤、大きな変化が起こります。

1945年8月9日、ソ連は日本に対して参戦しました。

そして日本がポツダム宣言を受諾した後、ソ連軍は千島列島への侵攻を開始。

8月28日から9月5日までの間に、北方四島すべてを占領しました。

その後、島に住んでいた日本人は本土へ引き揚げることになり、北方四島はソ連の実効支配下に置かれることになります。

これが、現在まで続く北方領土問題の出発点です。

なぜ日本とロシアは平和条約を結んでいないのか?

第二次世界大戦が終わったからといって、日本とソ連の間ですぐに平和条約が結ばれたわけではありません。

1951年、日本はサンフランシスコ平和条約に署名しました。

この条約によって、日本は「千島列島」に対する権利などを放棄しました。

しかし日本政府は、

「北方四島は、この条約で放棄した千島列島には含まれない」

という立場を取っています。

また、ソ連はサンフランシスコ平和条約に署名しませんでした。

そこで日本とソ連は、別途交渉を行うことになります。

そして1956年、

「日ソ共同宣言」

が結ばれました。

この宣言によって両国は戦争状態を終結させ、外交関係を回復しました。

一方で領土問題は完全には解決せず、平和条約の締結後に、

歯舞群島と色丹島

を日本へ引き渡すことが明記されました。

しかし国後島と択捉島については合意に至りませんでした。

そのため、

外交関係は回復したが、平和条約の締結は先送りになった

という状態が続くことになります。

安倍内閣で進められた「平和条約問題」とは?

北方領土問題を語るうえで重要なのが、安倍晋三内閣です。

安倍首相はプーチン大統領との首脳会談を繰り返し、長年停滞していた平和条約交渉を前進させようとしました。

2016年にはプーチン大統領が山口県を訪問。

このとき、

・北方四島での共同経済活動
・元島民の墓参などの手続き改善

について協議することで合意しました。

そして大きな転機となったのが、

2018年11月のシンガポールでの首脳会談

です。

安倍首相とプーチン大統領は、

「1956年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」

ことで合意しました。

これは、

「北方領土問題を解決してから平和条約を結ぶ」

という長年の交渉を、1956年の日ソ共同宣言を基礎にして前へ進めようとする動きでした。

これには当時、国内からも大きな批判がありました。

従来の4島一括返還から2島先行返還に方針転換し、「ロシアに譲歩した」と受け取られたからです。

その後も交渉は続きましたが、最終的な合意には至りませんでした。

そして2022年、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、日本とロシアの関係は大きく悪化します。

日本のロシアへの経済制裁を受け、ロシア側は日本との平和条約交渉を打ち切るなど、従来の交渉そのものが難しい状況になりました。

こうして、北方領土問題は再び長期的な停滞状態に入ったのです。

なぜ今、プーチン大統領は北方領土を訪問したのか?

では、なぜ2026年の今、プーチン大統領は北方領土を訪問したのでしょうか。

もちろんロシア政府が示している目的と、実際の政治的な狙いが完全に一致するとは限りません。

そのため、ここではいくつかの可能性から考えてみます。

日本への牽制

まず考えられるのが、

日本への政治的なメッセージ

です。

ロシアは現在、ウクライナ情勢をめぐって日本を含むG7諸国から経済制裁を受けています。

日本も資産凍結や輸出規制などの制裁措置を実施してきました。

こうした状況の中で、ロシアの最高指導者が日本が返還を求めている択捉島を訪問すれば、

「北方領土をロシアが実効支配している」

ことを強く示すことになります。

実際、プーチン氏は今回の訪問前日の8月12日にも、北方領土問題について「第二次世界大戦の結果であり、国際的文書で確定している」と述べ、ロシア側の立場を強調していました。

そのため今回の訪問には、日本への牽制という意味合いがあるとみられています。

国内へのアピール

もう一つ考えられるのが、

ロシア国内へのアピール

です。

北方領土を含む旧ソ連が第二次世界大戦で獲得した領土は、ロシアにとって「戦勝の結果」として重要な意味を持っています。

その地域を大統領自ら訪問することには、

「ここはロシアの領土である」

という国内向けのメッセージとしての意味もあると考えられます。

特にウクライナで戦争が続く中、9月には下院選挙を控えています。

そうした中で、

「ロシアは領土を守る国家である」

という姿勢を示すことは、プーチン政権にとって重要な意味を持つ可能性があります。

おわりに

2026年8月13日、プーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪問しました。

このニュースを理解するためには、

北方領土とは何なのか。

なぜ日本とロシアの間で領土問題が残っているのか。

そして、なぜ現在もロシアとの間に平和条約が結ばれていないのか。

という歴史を知る必要があります。

北方領土問題は、1855年の日魯通好条約から始まり、第二次世界大戦、1956年の日ソ共同宣言、そして安倍政権下での平和条約交渉へと続いてきました。

そして現在では、ウクライナ情勢や経済制裁、東アジアの安全保障とも結びついています。

北方領土を知ることは、

日本の近現代史だけでなく、

現在の国際社会がどのように動いているのかを考えることにもつながるのです。

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