「心臓は、ポンプではない。――シャーマンが知っている、もうひとつの知覚。」
前回の記事で、こう書きました。
「植物の精霊が、教えてくれた」
アマゾンのシャーマンたちが、 研究者に問われるたびに返す答え。
多くの方がこの記事を読んでくださいました。
そして何人もの方から、同じ質問が届きました。
「植物の精霊って、具体的に何なんですか?」
今日は、その話をします。
まず、一つ聞かせてください。
あなたは、森を歩いたことがありますか。
都市の公園ではなく、
人の手がほとんど入っていない、深い森。
もし歩いたことがあるなら、
こんな経験をしたことはないでしょうか。
ある木の前で、なぜか足が止まる。
理由はわからない。
でも、その木の前から離れがたい。
あるいは、ある植物に目が吸い寄せられる。
何の変哲もない草なのに、
なぜかそれだけが「光って」見える。
これは気のせいではありません。
植物は、語りかけています。
ただし、言葉ではありません。
音でもありません。
植物が使うのは、「場」です。
すべての生き物は、
身体の周囲にエネルギーの場を持っています。
人間にもあります。
植物にもあります。
植物の精霊とは、
このエネルギーの場に宿っている知性のことです。
それは「幽霊」のような存在ではありません。
植物そのものが持っている、
目には見えないけれど確かに在る、生きた意識。
では、なぜ私たちはそれを感じられないのか。
答えはシンプルです。
頭で考えているからです。
植物の精霊は、頭では受信できません。
受信するのは、心臓です。
心臓は、ただ血液を送るポンプではありません。
心臓は、知覚の器官です。
心臓には独自の神経ネットワークがあり、
脳とは独立した判断を行っています。
これは神秘的な話ではなく、
神経心臓学という分野で確認されている事実です。
私たちが「胸騒ぎ」と呼ぶもの。
「なんとなく嫌な予感がする」という感覚。
あれは、心臓が先に知覚した情報です。
頭が理解するより前に、心臓が感じている。
植物の精霊と対話するとは、
この心臓の知覚を意識的に使うということです。
世界中の先住民族が、同じことを言っています。
「植物と話せる」と。
「植物が薬の使い方を教えてくれた」と。
文化も言語もまったく違う人たちが、
地球上のあらゆる場所で、
独立して同じことを言っている。
そして現代の神経科学が、
心臓が脳とは別の知覚システムを持っていることを確認し始めている。
古代の知恵と現代の科学が、
別々の道から同じ場所にたどり着いている。
子供の頃、木に話しかけたことを覚えていますか。
あの頃の私たちは、
頭ではなく心臓で世界を感じていました。
大人になるにつれて、
心臓の上に分厚いかさぶたが重なっていく。
「そんなのは非科学的だ」
「現実を見ろ」 という言葉が、一枚、また一枚と心臓を覆っていく。
植物の精霊は、消えたのではありません。
私たちが聞こえなくなっただけです。
シャーマンとは、
そのかさぶたを剥がすことができた人間のことです。
そしてその知覚は、
特別な才能ではなく、
人間なら誰もが本来持っている機能です。
次回は、 「精霊と対話するとき、何が起きるのか」 について書きます。
シャーマンがセッション中に見ている世界。
それはあなたが想像しているものとは、 おそらくまったく違うものです。
📌 この記事が「もっと知りたい」と思えるものだったら、
フォローして次回を待っていてください。
▶ まだ前回の記事を読んでいない方はこちら
【自己紹介】植物が人間に話しかけている。それを聞ける人が、日本にいる。
