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【小説】猫とホットケーキに好きを紡ぐ。【前編】

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

〜あらすじ〜

雪音ゆきね冬馬とうまとの昔話をきっかけに高校時代に公園で出会った女性「米倉さん」のことを思い出した。

そして冬馬もまた、過去に出会った「三毛猫君」との再会を望んでいることが明らかになる。

しかしながら、米倉さんも三毛猫君も一度しか会った事がない。それどころか人には言い辛い二人が抱える特殊な事情が再会を妨げる。

果たして、雪音は米倉さんを、冬馬は三毛猫君と再会する事はできるのだろうか。そして二人が抱える特殊事情とは。

雪音と冬馬の決意が、想像もしなかった結末を呼ぶ、新しいカタチの恋愛ストーリー。

【前編】


「あのダンス、高校の文化祭で踊ったものと同じかも」
 窓から見える公園で、制服姿の若者たちが踊っている。音は聞こえないが、振り付けとテンポ感から察するに、あの日、私が踊ったものと同じだと思った。

雪音ゆきねってダンス踊れたっけ? 」目の前でホットケーキを頬張る冬馬とうまのトーンが一つ大きくなった。
「踊れないけど踊ったんだって、文化祭の出し物で。風邪で休んだクラスメイトの代わりに急遽私が出ることになってさ。踊りの練習もままならなくて、途中から盆踊りでごまかした」
「やばいね、それ」
 ホットケーキを頬張った口を抑えて、冬馬がクスクスと笑い出した。私が盆踊りをする姿でも想像したのだろう。

「涙出てきたわ」と、猫の顔がプリントされたハンカチを目に当てている。
「気が済んだ? 」少し冬馬を睨みつけながら言ってやる。
「ぼ、盆踊りって……」
「慣れないヘアメイクと衣装にほんっとに気を遣ったんだから」
「衣装ってことは、なんかのコスプレでもしたの? 」一通り笑い終えた冬馬が訊いてきた。

「当時さ、音楽業界を描いた人気アニメがあったの。その中に出てくるアイドル的なキャラクターに扮したの」
「じゃぁヒラヒラのスカートとか? 」
「それだったら私は即断ってたよ。似合うわけないじゃん。私が担当したのは男性アイドルキャラのコスプレだよ」
「意外に似合うかもな、雪音の顔なら」そう言って冬馬が私の顔を覗き込んだものだから、普段は前髪で隠れている大きな瞳と目が合った。
「それで、雪音が演じたのはどんなキャラなの? 」
「どんなキャラって、アニメを見ていなかったからよく知らないけど確か花月かつきって名前で舞台に立った」
「どっかで聞いたことあるな、その名前。にしても不器用な雪音がヘアメイクもしたんだ」
「まさか。クラスメイトにヘアメイクを学んでいる子がいたの。その子が全部やってくれた」
「代役だとしてもよく引き受けたな」
「仕方ないじゃん、最後の文化祭だったし、思い出に残したいし。それに……その日はちょっと……朝に良い事があったから」
 そう、あの日は朝に飛び上がるほど嬉しい事が起きて、心が躍るとはまさにこれか、なんて思ったんだ。

「良い事、か。そう言えばさ」と急に何かを思い出したのか、冬馬が携帯を操作して画面をこちらに向けた。
 画面のトップには、私の誕生星座である「みずがめ座」の文字が見えた。どうやら占星術のページらしい。
「今月のみずがめ座がどうしたの? 確か冬馬も同じ星座だよね」そう言うと、「ここ」と冬馬の長い指がある一文を指した。

『再開の月・表と裏の物語』

「再開、の意味は分かるけど、表と裏の物語・・・・・・・ってどういう意味なんだろ」正直、こういう哲学的な物言いは苦手だ。結局、みずがめ座の今月の運勢は良いのか、良くないのかイマイチ分からない。「再開」という事は私は何かを始めるのだろうか。それよりも気になるのは「表と裏の物語」の意味だ。

「雪音の顔、すごいことになってるわ」笑いながら冬馬が長い前髪を手で掻き上げた。
「いい加減、そのだらしない前髪を切りなさいよ。ってか冬馬って占い信じるんだね、意外」と言えば頭をポリポリ掻きながら「占いはマジでよく分からん」と零した。
「だったら何でこれを私に見せるのよ」
「これだよ」と冬馬の指がまた画面をタップした。

 冬馬の指が示すのは三毛猫の写真だった。つまり占星術師のプロフィール写真が三毛猫になっている。下には "leaf of the moon 〜月のひとひら〜"と書かれていた。この占い師の名前だろうか。

「プロフの写真の三毛猫に反応したの? 」と聞けば「そうなんだよなぁ」と冬馬の口角が上がり、携帯画面を自分の方に戻した。今度は携帯の裏がこっちを向いている。そこに見えるのは三毛猫のシール。前に私が趣味で描いた三毛猫のイラストを気に入ってシールにしたらしい。本当にこいつは猫が好きだ。そして私も右に同じ。

 二年前、冬馬と私は保護猫会で出会った。冬馬は三毛猫を、そして私はシャムネコを引き取った。当日、迎えに来てくれるはずの母が仕事で来れなくなって、それを横で聞いていた冬馬が家まで送ってくれた。その道中で色んな事を話して共通点が見つかったんだ。  
 同い年の大学三年生で、ホットケーキと大の猫好きである私たちは気兼ねなく会える、そんな関係。何より冬馬と私には人には言いにくいもう一つの共通点がある。

「それで、雪音はもう一度始めたい事とかあるの? 」
 冬馬の質問の意図がさっきの占いの『再開』を意味している事は何となく分かった。
「あるよ。もう一度あの人を探したい」
「あの人って? 」
「二次元から飛び出たようなあの人」
「あぁ」と思い出したように冬馬が零した。
「前に雪音から聞いたことあったよな、彼女のこと」
「うん、冬馬にも似たような人がいるんでしょ? 」
「まぁ、そうだな」そう零してフッと冬馬が笑った。

 多分、冬馬も思い出しているのだ、彼の事を。
「その彼女と出会ったのはいつ? 」冬馬に聞かれ、時間を遡る。
「彼女と出会ったのは高校三年生の時、さっき言った文化祭の日の朝なんだけどね……」 話しながら記憶の中にある彼女の残像を、ゆっくりゆっくりとなぞっていく。

 あの日、公園で見かけた彼女は、蠱惑を放っていた。長い黒髪に切り揃えられた前髪、顔の半分はマスクで覆われていたけど、二重の綺麗な目はクールさを放ち、形の良い鼻はマスク越しでも分かった。 
 ベンチに座っていた彼女はゆっくりとマスクを外し、ホットケーキを食べ始めた。そのホットケーキは行儀よくボックスに入っていて、彼女はプラスチックのフォークとナイフを上品に使っては、ひとくちひとくち、丁寧に口に運んでいった。時折、唇の端に付くバターは、長い指でさっと拭き取られた。

 彼女は凄く似ていたんだ、当時、私が愛読していた漫画のマドンナ、米倉よねくらさんに。だから彼女を見た瞬間、その一挙手一投足にしばらく目が離せなくって立ち尽くしたんだった。 それからずっと、私はその記憶の中の彼女の事を「米倉さん」と呼ぶようになった。

 話し終わると「米倉さんって名前もなんか聞いたことあるんだよな」冬馬が首を傾げながら呟いた。
「知らない?『おシャムさん』って漫画。猫が主人公の話でね、押谷おしやっていう高校生の男の子がある日突然にシャム猫になる話。押谷とシャムネコが訛って『おシャムさん』ってなったの」
「なんだよ、その漫画」
 可笑しいのだろう。口に含みかけたホットケーキをお皿に置いてまでクスクスと笑っている。
「だからね、そのおシャムさんが恋しているのが米倉さんなの。長い黒髪のクールビューティなんだから」
「俺は米倉さんよりもシャム猫の擬人化の方が気になるけどな」そう言って「おいで」と冬馬がいつの間にか横の席に鎮座していた三毛猫に声をかけた。

 トコトコトコと三毛猫が冬馬に向かって歩き出した。そしてすぐ傍に落ち着いた。ここは一年半ほど前に二人で偶然にも見つけたお気に入りの猫カフェだ。有難いことに私の好きなホットケーキメニューだって充実している。ホットケーキと猫好きの私たちのとっては最高の癒やしの場所なのだ。

「雪音のホットケーキ好きはさ、その公園で会った方の米倉さんの影響もあるんだな」
「だってフリフレのホットケーキを食べてたんだ」
「フリフレってあのFLIP FLEPPERSフリップフレッパーズのフリフレか? 」一驚した冬馬が「フリフレかぁ」とまた呟いた。

「そんなに驚く事? っていうか冬馬も知ってたんだね、フリフレ」
「知ってるも何もあのお店はお財布事情が厳しい高校生の味方だったし、ホットケーキも美味しいじゃん」
 そうなのだ。フリフレはホットケーキがメインのファーストフード店だ。冬馬の言う通り、あの当時、確かに多くの学生で賑わっていた。
「そう言えばあの文化祭の日も帰りに友達とフリフレに寄ったのね。もう疲れたからコスプレ衣装のままで。そしたら母親が妹と来てさ、私たちにホットケーキをめちゃくちゃ注文してくれたの。仕方がないからお持ち帰りにして、しばらくホットケーキはもういらない!って思ったんだけど、三日経てば食べたくなって、気がついたらまたフリフレに行ってた」 
「それは、すごいな。俺もホットケーキは好きだけど、雪音はちょっと異常だよ」冬馬の顔が感心と言うよりも引いているに近い。
「米倉さんに会ってから私のホットケーキ好きは増し増しになったよ。冬馬も米倉さんを実際に見たら絶対にファンになると思うよ。だってあの日、ストーカーっぽい人までいたもん」
「ストーカー? 」冬馬のトーンが一つ上がった。
「米倉さんから少し離れたところに、キャップを目深に被ったマスクをした男がいたの」
「見るからに怪しいじゃん、それ」
「そう、まさに怪しいのテンプレ。そいつさ、米倉さんの写真まで撮ってたんだよ、一眼レフのカメラ使ってさ」
「それって隠れて写真を撮ってたってことだよな。盗撮じゃん」

「だから私、邪魔してやったんだ」
「邪魔? 」冬馬の目が大きくなった。
「そう、こうやってね」その時の様子をジェスチャーする。あの時、私は米倉さんをストーカーのカメラにフレームインさせないよう、物理的に邪魔してやったんだ。ストーカーが構えるカメラの前を通ったり、米倉さんに気づかれないようにとそれはもう大変だった。

「それは完全な邪魔だな。写真撮れないじゃん」
「どっちの味方よ。こっちは米倉さんを守るために必死だったんだから」
「それでそいつはどうなったんだ」
 教えてよ、と言わんばかりの表情で冬馬が少し前のめりになった。

「帰ったよ。多分ね、私が邪魔するから相当腹立ったんじゃないかな。大きな溜め息をつかれた気がする。それで、近くに停めていた車に乗り込んでいった」
「素直に帰ったんだ、そのストーカー」
「もうストーカーって決めつけてるじゃん」
「便宜上ね」
「でもね、そのストーカー、見た目とは違って可愛い車に乗り込んだんだよね」
「可愛い車? 」
「レトロ感のある、ミニバスみたいな車っていうのかな。淡いみどり色で、可愛らしかったんだよね」
「レトロ感のある、ミニバスみたいな車……か」冬馬が呟きながら携帯を触り始めた。長い指が画面を躍る。
「もしかして、これ? 」冬馬が差し出した携帯の画面を覗く。そこには私が見たものと同じ車の画像が写っていた。

「何で分かるの! 」
「さっきのヒントだけでも大体どこの車種か分かるよ。検索に打ち込めば出てくるからさ」
「でもあれ以来、米倉さんを見かけた事がなくてさ。だから不安になるんだよ。もしかしてあの男の人に連れて行かれたんじゃないか、って。でもそんなニュースは聞いた事はないし」
「それは考えづらいよね」
「いや、分からないよ。だってあれからあの公園を何回も通ったり待ってみたりしたけど、全然現れなかったんだから」自分の声が急に大きくなったからか、冬馬の横に寝ている三毛猫がピクリとした。

「本当に好きなんだな、米倉さんの事」
 冬馬の口角が上がる。胸の奥が少しざわついたのは気のせいだろうか。私は米倉さんのファンではいる。けれど、恋愛感情が何かも知らない私にとっては、正直好きかなんて分からない。
「もしさ、もし米倉さんに会えたとして雪音はどうなりたいの? 」

 冬馬と目が合う。その瞳が「どうなんだ? 」と問うているようで、私は目を逸らした。
 結局私は米倉さんと会えたとて、どうなりたいのだろうか。友達になりたいのか。それ以上の関係になりたいのだろうか。となると、恋人? それは違う。恋人にはなれない。同性だからとかそういう性の領域の話ではなくて、私には恋愛という感情回路だけがごっそりと抜け落ちているからだ。その点、君も同じだよね、と冬馬に再び目を合わせた。

「冬馬にだって会いたい人、いるよね? 」
 冬馬が三毛猫をゆっくりと撫で始めた。かっと言葉を探しているのだろう。
「俺もさ、その人には一度しか会った事ないんだよ、フリフレの近くでさ」
「フリフレの近くって事は、その彼もフリフレに通ってた可能性が高いって事だよね? 」
「それは分かんねぇ。フリフレの近くで見たってだけで、フリフリに行っていたのか定かではないし。でも多分通っていたと思う。彼も制服姿で見るからに高校生だったし」
「それならさ、当時の私も彼を見かけたかも知れないって事だよね?どんな見た目の人? 」
「茶系のブレザーの制服を着てた。髪型もゆるいウェービーなスタイルで、黒と茶色が混ざって……三毛猫みたいな色だったから、それから『三毛猫君』って名前をつけた。雪音が彼女のことを『米倉さん』と呼ぶみたいにさ」
 そう漏らす冬馬の双眸は笑っているが、奥はどこか物憂げで胸にチクリと刺さった。
「茶系のブレザー、そして髪は三毛猫カラーでゆるいウェーブがかかっているのか……結構いそうだよね、そんな人。他に情報はないの? 」
「他にかぁ」と冬馬は頭をポリポリと掻いている

「そもそもなんでその三毛猫君が気になったの?」
「その時さ、小さな女の子が泣いてたんだよ、三毛猫君の近くで」
「小さな女の子? 」
「そう、彼の近くにいた小さな女の子。手に持ってたホットケーキを地べたに落として泣いてたんだよ。そしたらその三毛猫君が涙でぐちゃぐちゃになった女の子の顔を拭いてあげててね。それで優しく頭を撫でたんだよなぁ。よしよし、みたいに歌ってさ。その一部始終を見て、なんかいいな、って思ったんだよなぁ、彼の笑顔も、仕草も」そう言って冬馬が静かに笑みを零した。その笑みはとても澄んでいて、冬馬はもしかしたら克服・・できるかも知れない。

「それってどんな気持ち? 」
「どんなって、あぁ、なんかいいなぁ、癒されるなぁ、って感じかなぁ」
「惹かれる、とか? 」
「惹かれるかぁ。うーん、なんか違うんだよなぁ」
「でも、会いたいんだよね? 」
 私の問いに冬馬は、「そりゃぁね」と首肯した。
「少なくとも、今俺が知っている中で一番興味のある人だしさ。雪音もそうじゃないの」米倉さんへの気持ち、と冬馬が言った。

「雪音はどうなりたいんだよ、米倉さんと」
「それは、多分、冬馬と同じ」
「その先が見えたりするのか? 」
「その先は……見えないなぁ」
「俺が雪音の立場なら……」冬馬が腕を組み始めた。何か妙案でもあるのだろうか。答えに窮している私の表情を汲み取ったのだろう。普段飄々としているようで、人の機微の変化を敏感に感じ取る。それはまさに猫のように。

「多分」と冬馬が話し始めたから耳を澄ます。

「多分俺も、何も見えねぇ」うん、見えねぇと頭をポリポリと掻いた。
「見えないのかよっ」思わずツッコミを入れた。けれどそれでいい。
 それくらい私達は似ているんだ。恋愛をしたこ事がないというより、できない者同士・・・・・・・
 会いたい人がこんな風にできても、そこから恋愛に発展するかと問われれば、多分ない。いや、悲しいかな、ほぼない。
 好きだな、と思う人ができても、それはただ好きなだけ。ホットケーキが好き、猫が好き、である事と同じ。そこに性的に惹かれる事がない。その原始的な本能である「性欲」が私たちには欠落している。

————恋愛非体質

 でも、私も冬馬もどこかそれに焦っていて、このままではいけない気がしている。
 だから米倉さんと三毛猫くんに、一縷の期待があるのだ、もしかしたら人を恋愛的に好きになれるかも知れないという淡い期待が。

「私も探すよ、三毛猫君」
「別にいいよ」そう言って、冬馬はホットケーキをゆっくり食んだ。私も倣って、ホットケーキを一口運ぶ。二人してゆっくりと噛む。噛んで噛んで、もっともっと小さくしていく。内側に秘めた感情がそれ以上大きくならないように。

「どうしたの、なんか浮かない顔してるわね。それよりチョコバナナホットケーキ、どうだった? 」
 店長の葉月さんが水のお代わりをテーブルに置いた。真ん中にプリントされている猫のエプロンが愛らしい。
「そりゃぁもう、このホットケーキ生地があれば鬼に金棒です」
「雪音ちゃんはいつも褒めてくれるよね。もっとはっきり言ってくれたっていいのよ、冬馬君みたいに」
 冬馬が苦笑いを零し「いや、葉月さんのホットケーキは美味いですよ、美味いですけど」
「けどなに? 」葉月さんが冬馬に詰め寄る。冬馬が少しズレたから三毛猫がニャーッと鳴いた。
「生地はフワフワで美味いっす。けどバナナとチョコの甘さがあるなら生クリームの甘さを控えた方がいいかと。なんつーか、せっかくの美味い生地が台無しっつーか……」そう言った冬馬がそっと、ナイフとフォークを横に置き、口にさっきのハンカチを当てた。
「相変わらず手厳しいな。っでも参考になるわ」
「俺、好きなんで、ここのホットケーキ」
「こういうとこだよ。君は隅に置けないな。雪音ちゃん、気を付けなよ、冬馬くん取られないようにね」
 冬馬は意に介さず、ホットケーキを口に運んでいる。
「葉月さん、何度も言いますけど私たちはそんな関係じゃないですから。それにこんなボサボサ頭で、ファションにも気を遣わない人、嫌です」
 冬馬は「ファッションよりも猫が好きでいいじゃん」ねー、と三毛猫を撫でながらブツブツ言っている。

「まぁ、どんな関係でもさ、こうやって一緒に長く時間を過ごせている事自体がもうスペシャルだと思うけどねー。それより前から気になっていたんだけど……冬馬君ってテーブルマナー誰から教わったの? 」葉月さんが興味深げに聞いた。
 それは私も前から気になっていた事だ。見た目と話し方とは裏腹に、随所で所作が見受けられる。
「俺のは別にテーブルマナーって訳でもないっすよ。ただ一緒に住んでるばあちゃんが厳しかっただけで。『食べ方が汚い男はモテない』とか『結婚するなら食べ方がキレイな女にしろ』ってずっと言われてるんで」
「それ、うちの母も言うわ。『あんたは女の子なんだから所作を身につけなさい』とか『そんなんじゃぁ誰も嫁に貰ってくれない』とかね。そもそも女だけが嫁がないといけないっていう固定概念が私にはしっくり来なくてさ。だからね、それなら男の子になってやる!って言ってやったの。そしたら、『出てけ!』って言われた記憶がある」

「やっぱ葉月さんっすねー」
「冬馬君、それって褒めてるのけなしてるの? 」えいっと、葉月さんが冬馬の脇を突いた。
「ギョッ」と変な声を出した冬馬が「ほ、褒めてます」と嗜めたていたが、葉月さんの脇突きは数回続いた。その度に「ギョッ」と変な声を出すから三毛猫が逃げていった。

「それよりこれを渡しかったのよ、二人に」そう言うや否や、葉月さんが私たちのテーブルに何かを置いた。

『三周年記念!猫ちゃんたちと一緒にお祝いましょ』と書かれたA四サイズのチラシだ。

「三周年記念なんですね、おめでとうございます」
「おめでとうっす。でも……これは何っすか? 」冬馬が不思議がるのも無理はない。チラシのあちこちには、色んな猫の格好をした葉月さんの写真がいくつも並べられていた。

「この店の猫の写真を載せるだけでも良かったんだけど、なんか面白くないなって。っで気づいたの、私が猫になればいいって」
「さすがっすね」
「褒めてるのかな」
「一応褒めてます」冬馬が右脇を一応ガードしている。
「この三周年記念のテーマをね、『リ・スタート』にしたいの。このカフェがオープンした日は私のリ・スタートの日でもあったから、来て下さるお客様にも、何らかの始まりの日にしてもらえたらなって思ってね」
「葉月さんはどうしてこのお店をオープンされたんですか? 」
「それ聞いちゃう?えっとね『おシャムさん』っていう漫画が好きだから」
「え、葉月さんも?」と言いかけたけど、「おシャムさん強すぎ」と悶え初めた冬馬の声でかき消された。

「もうアノ漫画は私にとってのレメディよ。まぁ、もちろんそれだけじゃないわよ。祖父母のお家を私が相続する事になってね。一人で住むには広いし、職業がフリーライターみたいなものだから、仕事場でもある家を快適にしたいなって思うようになったの。私ね、直観が鋭いのよ。それでビビビってイメージが湧いてね。大好きな猫たちが傍にいて、そこで私は一緒に仕事をしているの。さらに珈琲の香りが漂って、観葉植物も置いてあってね。そんな事を考えていたら、自然と一階をカフェにする構想が仕上がってたのよ。来て下さるお客様の心と頭がリラックスできるような空間をね」
「ホットケーキの発想はもしかして」私の問いに葉月さんはウインクをして返した。
「そうそう、雪音ちゃん、ビンゴ。おシャムさんってよくホットケーキを食べるでしょ?何だっけ、ほら、おシャムさんが好きな米倉さんもホットケーキが好きじゃない? 」
「米倉さん」冬馬がクスクス笑いながら言うもんだから「何笑ってんのこの子」と葉月さんにまた右脇を突かれている。
「だからこのカフェにホットケーキはマストだったんだ」
「猫とホットケーキ、最高です」
「でしょ?知り合いのパティシエに頼み込んでさ、お店をオープンする前にホットケーキの修行したんだから」
「だから生クリームは甘さ控えめの方がいあんですよ」
「分かったって、冬馬君の言う通りにするからさ」葉月さんは私の肩をポンと叩いて「とにかく、来週待ってるからー」と手をひらひらさせて他所の席に移動した。

 もう一度チラシに目を落とすと、『三周年記念限定、スペシャルホットケーキセット』と書かれている。
「葉月さんってすごい人だよね。見た目はホワっとした雰囲気なのに内側に秘めているバイタリティが人並みではないし。それにさ、『リ・スタート』って言葉が何となく刺さった」
「さっきのみずがめ座の星占いでも『再開の月』って出てたじゃん。英語に訳すとリ・スタートになる」
 確かに。冬馬に言われるまで気がつかなかった。再開は『リ・スタート』という意味だ。

「私も葉月さんみたいに猫の着ぐるみを着よっかな。そしたらリ・スタートが切れそうな気がする。おシャムさんの格好、しよっかな」
「いいね」
「適当に言ったな」
「正直言うと、おシャムさんの漫画、ちょっと読みたくなってきた」
「めっちゃハマってるよね。だったら冬馬が着なよ、おシャムさんを」
「は? なんで俺なんだよ。俺はコスプレは苦手だから絶対に無理」
「いや、今の格好よりはコスプレした方がマシ。いつも同じロンティーに同じパンツじゃん」
「あまいな、雪音。俺はミニマリストなんだよ。服も一週間分しか持たないし買わない」
「面倒なだけじゃん」
「違う、ミニマリストだ」
「一回でいいからちゃんとした服を着なよ」
 そう言うと、冬馬はひとつため息を零した。

「え、何そのため息」
「俺さ、別にファションが嫌いな訳じゃないんだよ。苦手なんだ」
「なんで? 」正直もったいないとは思う。背もそこそこ高いし手足も長いし、顔だって私より可愛げのある顔をしている。それにコイツの高い鼻は私は好きだ。
「それもこれも兄貴のせい」
「お兄さんがどうかしたの? 」確かスタイリストの兄がいると聞いた事がある。
「俺が高校生の時、兄貴が駆け出しの美容師でさ、カットやヘアカラーの練習とか言って、色んなヘアスタイルをさせられた。服もその度に着替えたりして、色んな所で撮影して、ほんっと面倒だった」
「じゃあなんでしたのよ」面倒だったらそもそも協力しなければいい。
「だってバイト代やるって言われたから」
「しっかり釣られてるじゃん」
「それだけ当時の俺の懐事情は切実だったってこと。高校生って、バイトの時給も高くないし、時間的にもそこまでガッツリとは働けないじゃん。本音を言えば、フリフレに通い続ける資金が欲しかった。そこに行けば三毛猫君にに会えるかもなぁ、なんて考えてたから」段々と冬馬の声が小さくなった。

「分かるよ、その気持ち。私だって当時は米倉さんに会えるかも知れない期待で、あの公園を何度も行き来したんだから。私も会ってみたいよ、その三毛猫君に」
「雪音も会えるといいな」米倉さんに、と言って冬馬はオレンジジュースのストローを回した。クルクル、クルクル。そこで生まれる小さな渦は、行きつくところのない私たちの感情のようで、永遠に回り続ける。
 私の感情もそのまま回り続けてぐちゃぐちゃになって、あれ、この感情ってなんだったっけな、っていつの間にか忘れてたりはしないだろうか。
 恋愛ってなんだろ。好きになるってなんだろ。胸が痛くなる、ってなに。
 米倉さんに対しての感情は一体何なのだろうか。
 別に確認する必要なんてない。誰にも強制されている訳ではない。
 けど……このままじゃ何も変わらない。
 それはきっと冬馬だって同じだ。
 冬馬の手の動きが止まり、私を見た。
 それは「俺も同じところにいる」と言わんばかりの表情で私はフッと笑った。

「おいで」いつの間にか近くに寄って来ていたシャム猫に声をかける。
「おシャムさんじゃん」シャム猫を見た冬馬がまた笑い始めた。
「いい子いい子、君にいい事がありますように」歌いながら頭を撫でると、シャム猫は頬を私の手に擦り寄せて来た。
 母が小さい頃に頭を撫でながら歌ってくれた歌。この歌に深い意味はないのだろうけど、「おまじない」と称して、私が悲しい顔を見せる度に頭を撫でながら歌ってくれてたんだ。

 冬馬は急に私が歌ったからか、少し驚いたようだった。そして「いい子、いい子」と呟いている。
「よくお母さんが小さい時に歌っててさ、私が悲しい顔をする度に。それでね、うちは歳の離れた妹がいるからさ、今度は私が妹にも歌ってたんだよ」

 そうか、と言って冬馬は携帯を手に取った。心なしか画面をタップする指が早い。また何か私に見せたい動画か画像を思い出したのだろう。その場合、だいたい猫系だから、私は期待して冬馬の見せてくれるのを待った。

「雪音が本気で米倉さんに会いたいなら、俺は彼女を本気で探す。兄貴の周りにも聞く」
 予期しなかった言葉に「なんで、いきなり?」と声が上ずった。
「だって、会いたいんだろ、米倉さんに。兄貴、職業柄顔は広いんだよ。そんな綺麗な子なら読モとかしてそうだし、兄貴なら知ってんじゃないかなって。さっき兄貴に漫画のおシャムさんを知ってるかってメールしたらさ、『おシャムさんの米倉さんは俺の彼女』って返ってきた」
「え、同担じゃん」
「兄貴、彼女いっぱいいるから、二次元限定で」
「当たり前だよ、三次元に彼女がいっぱいいたら問題だよ。貞操観念やばいでしょ」

 冬馬に視線を戻すと、瞬きをせず携帯の画面を凝視していた。
「どうしたの? 」
「いや、兄貴から」
「なんか、固まってたけど。大丈夫? 」
「……また髪切らせてって頼まれただけ」
 余程嫌なのだろう。ボソボソと呟いて冬馬は水を一気に飲み干した。
「そこまでして嫌なのね」
「まぁ、めんどいね。でも交換条件出した」
「交換条件? 」
「兄貴にも米倉さんを探してもらう」
「はぁ、何言ってんの。そんなのお兄さんからしても迷惑だよ」
「俺が高校生の時、結構な人にヘアモデルを頼んでいたんだよ。だから会える確率はゼロではない」
「でもさ、もしよ、もし米倉さんが見つかったとして、どうやって声をかけるのよ」
「カットモデルしてくれたお礼に、とか何とか言ってこのカフェに誘う」
「いまさら? 」
「いまさら。とにかく雪音は花月の格好をする」
「へ? なんで? 話がつながんないじゃん」
「俺の勘だけど、米倉さん、花月のキャラ好きだと思うよ」
「冬馬にしては珍しく話に整合性がないよね、支離滅裂だよ。米倉さんが来ると決まった訳でもないのに、どうして私が花月の格好をしなきゃなんないの」
「もし雪音が花月の格好をしてくれたら……」
 冬馬が言い淀んでいる。一体何を言おうとしていると言うのだろう。

「してくれたら、何? 」
「俺が……おシャムさんの格好をする」
 冬馬が?おシャムさんの格好をする、だと?
「嘘でしょ」 
 気がついたら声が出るほど笑っていた。放っておけばダウナーで根暗なイメージを持たれそうな冬馬がおシャムさんの格好をするなんて、それは見てみたい。
「分かった、花月の格好をするわ」
 笑わないようにすればする程、笑いが止まらなくなる。それを誤魔化すために、未だ傍にいるシャム猫の頭を撫でた。
「いい子いい子。君にいい事がありますように」
 そして想像して笑う。冬馬の頬に少し赤みが差している。シャム猫になっている自分の姿を想像されて恥ずかしかったかも知れない。申し訳ないけど、面白過ぎる。膝に乗るシャム猫が「ニャー」と泣いた。堪えていた笑いがもう止められなかった。

【後編】

 しゃろん;

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