正義のヒーローの条件とは?「チンプイ」『ウルトラギャル』/正義のヒーローごっこ③

「正義のヒーローごっこ」と題して、正義のヒーローに憧れる藤子キャラたちを順次紹介している。これまでに、のび太(+ジャイアン)、オバQ(+正太)のお話を取り上げた。

彼らはヒーローとしての特別な能力は持っていないけれど(Qちゃんは空を飛べるが)、テレビ番組の影響で自分もヒーローになってみたいと思ったことがきっかけである。


では逆に、十分ヒーローとなれる能力を持っているのに、大っぴらにヒーロー活動をしていない藤子キャラたちはどんなことを考えているのだろうか。

例えば「エスパー魔美」の魔美ちゃんは、超能力を使って多くの人を助けているが、表立ってヒーロー活動しているわけではない。超能力者であることが知られると、世間一般から好奇な目で見られて、やがて「魔女狩り」に遭うと考えているからである。

それでも時々はヒーローのように目立ちたい気持ちはあるようで、夢の中で「エスパーおマミ」を演じることが二度あるし、『学園暗黒地帯』という作品ではラストで「ワンダーガール」に扮装して赤太郎率いる暴力応援団を撃退している。

ただしそれは例外的な表立ってのヒーロー活動であって、普段はヒーローたる力を存分に表現できてはいないのだ。


本稿では、「チンプイ」の主人公エリちゃんが、魔美が扮装したワンダーガールに似たヒーロー「ウルトラギャル」となるお話を見ていく。ただし、ウルトラギャルの使命は、世のため人のためではなく、極めて個人的なものであったようで・・・。


「チンプイ」『ウルトラギャル』
藤子不二雄ランド「ドラえもん」第24巻(1986年5月9日発行)

本作において最初にヒーローになりたいと言っていたのは、エリではなく、ボーイフレンドの内木君である。

内木は頭脳明晰な男の子だが、運動神経は鈍く、いつもガキ大将の大江山にイジメられている。エリは内木君のことが好きだが、気弱な性格は何とかしてあげたいと思っている。

そんな内木が野球の試合でミスが多かったようで、大江山から空き地30周の罰を命じられる。内木は誰も見ていないのに、そのノルマを黙々と達成しようとする。エリからすれば、それも納得できる姿ではない。


野球からの帰り道、エリは内木に「喧嘩は嫌いか」と聞くと、「負けるから嫌いだ」と答える。けれど、「時々自分がスーパーマンになれたら」と、空想することがあるのだという。

エリは帰宅後、チンプイにスーパーマンになれる科法はないかと尋ねる。内木君を強くしてあげたいという理由である。

チンプイは科法ではなく、おもちゃならあるという。着れば一応空が飛べて、力も出るようである。以前の記事で見た「ドラえもん」のスーパーダンになれるマントのようなものだろうか。


そこでチンプイが耳からコロンと取り出したのは、女の子用のスーパーマンスーツであった。女物を内木に貸すのはいかがなものか・・と思い巡らし、エリが自らスーパーマンになって内木を助ければいいと考える。

スーツはワンピース型の服とマント、手袋、ブーツ、そして顔を隠すマスクが揃っている。残念ながら瞬間的に変身できる仕組みはなく、いちいち着替えなくてはならない。(セーラームーンのようにはいかない)

この着替えの面倒くささが、さすがはおもちゃであり、この後のヒーロー活動において大いなる制約をもらたすことになる。


さっそく試着して、フワ~と浮かびあがるエリ。このスーツを着れば、最高時速40キロで飛ぶことができ、大きめの岩くらいならパンチで砕け散らせることができる。

「立派なスーパーマンだね」とチンプイに言われて、女の子なのでマンはないなということで、「ウルトラギャル」と名乗ることにする。魔美の「ワンダーガール」ならともかく、ヒーロー名に「ギャル」と付けるのはいかがなものか・・。


ウルトラギャルとなった目的は、世界の平和・・・ではなく、内木君をいじめっ子から守ること。さっそく内木の家に向かい、イジメられたところを救う算段である。

ところが内木は部屋で勉強をし、終わってからもオヤツを食べたり本を読んだりしている。さすがの内木も、外出しないことにはイジメられようがない。

内木が出掛けるのを近くの家の屋根の上で待つエリだが、コスチュームの露出度が高く、待ち時間の間に体を冷えてきてしまう。このままでは埒が明かないということで、公衆電話から名乗らずに内木に電話を掛けて、「近所を散歩すれば良いことがある」と言って、外出を促す。

わざわざイジメられるリスクのある行動を取らせるのは完全に本末転倒だが、内木にちょっかいを出した大江山をコテンパンにして、二度とイジメないように約束させようという狙いである。


ところが、ただ散歩をしてみたところで、すぐに大江山とバッタリ出会うことはない。しまいにエリは飛ぶのに疲れてしまい、歩いて内木君の後を追うことにする。

ここでの「空を飛ぶのに疲れる」という表現は、ヒーローもので聞いたことがないし、スーパーマンが普通に歩くというのもちょっと珍しい光景である。おもちゃのヒーローという藤子的なアイディアならではのシーンといえよう。

ウルトラギャルの衣装は、もし本当にこういう人が歩いていたら誰もが二度見してしまうような派手さがある。エリが道を普通に歩くものだから、通行人などが集まってジロジロと好奇な目で見始める。

エリは恥ずかしくなって急遽帰宅し、いざという時に変身すれば良いと考えなおす。そして改めて内木の様子を見に行くと、ちょうど大江山にインネンをつけられている。ウルトラギャルの出番である。


しかし、ウルトラギャルになるためには、一度着ている服を脱がねばならない。道端で着替えようとすると人に見られてしまうため、変身できそうな場所を探すのだが、結局家まで戻ってきてしまう。

アメコミの「スーパーマン」は公衆電話で着替えていたが、確かにヒーローのコスチューム着替え問題というのは、無視できないものである。「アイアンマン」のように服の上から装着できれば越したことないが、体ピッタリ系のスーツではそうもいかない。

着替えてから急いで内木を助けに戻り、「ウルトラギャル参上!!」と決めたかったのだが、時すでに遅し。内木は大江山の許しを請うために、四つん這いでイヌの真似をさせられているのであった。


「ウルトラギャルになったかいがない」ということで、コスチュームを着たまま内木に近づき、自分が助けるからこれからは思い切ってガンガン喧嘩をするよう忠言する。

しかし内木は「女の子に助けてもらってまで喧嘩をしたいと思わない」と断って、エリの家へと遊び行こうとする。(ウルトラギャルをエリと気が付いていない)

悪と戦うヒーロー活動において、ある種の暴力は切っても切り離せるものではない。平和主義の内木君は、喧嘩=暴力=ヒーロー活動を否定する立場にあるようだ。


ところが、内木は自分がスーパーマンだったら・・と空想する人間でもある。非力だし負けるから喧嘩もしたくないと言い切る男ではあるが、正義の心は宿っているのである。

内木は、エリの家に向かう途中の空き地で、大江山が小さい子供からラジコンを取り上げようとしている場面に出くわし、「可哀そうじゃないか」と仲介に入る。

一度は凄まれて引き下がるのだが、大江山に飛びついて押し倒し、子供を逃がす。そこに普段着の状態のエリが遭遇し、内木を助けるために、もう一度着替えに家へと戻る。

そしてウルトラギャルに扮装したエリが空き地へ向かおうとするのだが、なんとヘリコプターが故障して落ちそうになっている。「こんな大事な時に」と思うエリだが、放ってはおけない。

内木のためにスーパーマンとなったのに、結局その力は事件解決のため発揮されることになる。何とも皮肉なものである。


ヘリコプターを救助して空き地へ飛んでいくが、内木君はとっくに大江山にボコボコにされている。そして内木は体のホコリを払い、何事もなかったように立ち上がり、エリの家へと歩き出す。

そんな内木を見たチンプイは言う。

「内木君て弱いけど強い男だね」

暴力には歯が立たないけれど、暴力に立ち向かう強い気持ちを持った少年だということをチンプイは理解したのだ。エリもまたそんな内木を、何事もなかったように内木を出迎えようと思う。


ヒーロー活動とは、スーパーマンとなって悪を懲らしめることが本質ではなく、自分の力とは関係なく、悪に立ち向かう心を持つことなのだ。小さい子のために、負けるから嫌いだという喧嘩を厭わない内木君こそ、本当のヒーローなのかもしれない。




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