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遊線からの物体V 第21話

 で、あっというまに放課後。俺たちはパソ研の部室へ向かった。
「どうだ?」
「ふむう。なかなか難しいですな。暗号化されているのはもちろん予想内でしたが、これは……」
「ええ、ちょっと難解極まりないですね」
「秋葉君と葉加瀬ちゃんでも厳しいんだね」
「そもそも斎木はどうやってこの子をダウンロードしたんだ?」
 服部が首を傾げる。
「いつの間にか勝手に入ってた」
「そんなことがあり得るのか?」
 服部の真っ当な問い。俺が聞きたいよ。
「アステロイド6があらゆるWebの管理者ならば。馬鹿げてますが」と葉加瀬。
「なるほど。まあ、我々、すでにオカルトに片足突っ込んでるようなもの。というわけで」
 アステロイド6を呼び出してみた。
「お呼びですka? なにかお困りごとhaありますka?」
「カ、カイル君」
 秋葉がうるうるした目で見つめる。違うって。
「あのさ、ちょっとスマホのスペックが足りてないみたいで。お前の言葉、文字化けするから、こっちのパソコンに移動してくれない?」
 気を取り直して。緑のイルカに話しかける。
「了解です。バックアップ用ni使う最低限noデータは残しつつ、移動wo開始します」
「あ、いけるんだね」と安倍。同感だ。
 秋葉のパソコンにアステロイド6が現れる。
 そして、所狭しと画面の中を自在に泳ぎ回る。
「カイル君! カイル君!」
 だから違うって。
「この分ですと、移動し終えるまでにずいぶん時間がかかりそうですな」
「そんなに容量があるのか?」
 俺のスマホですぐダウンロード(勝手にされてたが)できたくらいだから、すぐだと思ったんだが。
「もしかするとスマホ版は、あくまでパイロット版のような感じで、一部の機能などが制限されていたのかもしれませぬな」
「にしても、レジェンダ・リーのパソコンでこんなに時間がかかるなんて……」
 葉加瀬が驚く。やっぱりすごいのか、こいつのパソコンは。
「ところで、秋葉」と俺は言う。
「宇宙人ってさ、もし仮に、もし本当に仮にそんなものが実在するとして、どこにいると思う?」
「ふむ、斎木殿。これは再び、世界は広シ探検隊の出番ですかな」
「危ないですって〜! というか、宇宙人が存在するにせよ、我々地球人にコンタクトをとってくる可能性なんて……言語の問題……斎木先輩はこれだから……」
「なんか帰結おかしくないか」
 ぶつぶつ言ってる葉加瀬にツッコむ。なんで俺。
「でも、研究所に変な人たちだっていたもんね。危ないかも」
 安倍の言う通りではある。
「いや、まあ探すとは言ってないけどさ」
「しかし小生、斎木殿は慎重派だと思ってましたが、なかなかどうして。世界は広シ探検隊のリーダーとしての自覚がそうさせるのですかな」
「いやだから探すとは言ってねえ」
 あと、世界は広シって言いたいだけだろお前。
「でもさ、気にならないか?」と俺は言葉を続ける。
「いったい連中はなんだったんだ? というかそもそもこのアステロイド6だってそうだ。なにかに巻き込まれる前に知っておくってのは、ある意味じゃあ、とても慎重なことじゃないか?」
「なるほど。さすがですな、斎木殿」
「宇宙人、ですか〜。なんか、男のロマンって感じ。砂漠の中に落ちた一粒のダイヤを見つけるより難しいんじゃないですかね〜。いくらこっちにレジェンダ・リーがいたって……」
「私も」
 服部が言う。
「私も、気になるな。宇宙人」
「ですよねえ。服部先輩っ!」
 目を輝かせて服部を見つめる葉加瀬。
 変わり身はええな。変わり身は忍者の特権だろ。
「では、どこに宇宙人が潜んでいるのか、推理大会でも始めますかな。ここは残念ながら孤島の洋館でも山奥の山荘でもありませぬが」
「クローズド・サークルってやつですね」
 葉加瀬が頷く。
「クローズド・サークル?」と服部が首を傾げる。
「ま、ようするになんらかの事情で外部との接触が絶たれた状況ですな」
 ああ、ミステリー小説でよくあるやつか。
「ほら、『コナン』とか『金田一』とかさ」
 なんとか服部に漫画で教えようとする安倍。
「なるほど。ということは私の里もクローズド・サークルと呼べる訳だ」
「里?」
 きょとんとした表情で安倍が言う。
「あ……だから、ほら、その、ふるさとっ。ふるさとだ、な?」
 なぜか俺が慌てふためいて服部の代わりに弁明する。
「里」なんて言葉、今ではしょっちゅうあのきのこの連中と戦争を起こしてるたけのこ界隈でしか聞かない言葉だからな。
「推理と言えば! 怪しい洋館のダイニングで行われるのが定番ですぞ!」
「怪しい洋館が出てくるのはだいたい殺人事件だよ、秋葉君」
「ミステリーには変わりありませんからな。殺人もUFOも」
 無茶苦茶か、こいつ。
「UFOならSFだろ?」
「ムードでござりますよ。ムードを作れば、結果は自然に伴うのでござりまする。UFOもミステリに早変わり。引き寄せの法則ですな」
 絶対違うと思うぞ、それ。
「ムード……はっ! ちょっとお待ちを!」
 突然、パソ研の部室を飛び出す葉加瀬。
「葉加瀬クン、一人になってはいかんですぞ!」
「よし、私が追いかけよう!」
 言うなり、猛スピードで走り去る服部。
 なんかつむじ風みたいなん起こってるし。
「ミステリー小説の定番、まんま踏襲してやがる」
 このままじゃ葉加瀬と服部の命が……危ないわけもなく、無事帰ってきた葉加瀬の手には。
 鹿撃ち帽とインバネスコート?
「演劇部から衣装借りてきましたっ!」
「おお、ホームズでござりまするな!」
 大いに盛り上がる一同。
 もう勝手にしてくれ……。
「さ、というわけで気を取り直して。ほら、ホームズ殿! ホームズ殿!」
「なんで俺が……」
「小生にはこの服のサイズは小さすぎましたゆえ。それに、やはり我らのリーダーと言えば」
「斎木君、だね」
 さわやかな笑顔で肯定する安倍。勘弁してくれ。
「わたしは納得いきませんが、レジェンダ・リーがそうおっしゃるならば。ぐぬぬ」
 ぐぬぬじゃねえよ。代わってくれよ。
「ところで」と俺は言った。
「宇宙人ってやつが仮に存在するとしたら、そしてこの地球にいるとすれば、いったいどこにいると思う?」
「それはほら、やっぱりNASAとか」
 完璧なまでに平均的な回答ありがとう、安倍。
「確かにもっとも宇宙に近い場所の一つだが、仮に宇宙人がそこにいたとして、すでにホルマリン漬けかなんかにでもされているだろう」
「テクノロジーを駆使して探すしかないんじゃないですか? カリフォルニア大学バークレー校が行っていた『SETI@home』というプロジェクトでは、世界中のパソコンをつないで、宇宙人からの信号を捜索したりしてましたし」
 葉加瀬が、意外にも協力的な姿勢で答えてくれる。
「テクノロジーねえ。おい、アステロイド6! お前の主人はもうNASAに捕まってたりするのか?」
「いえ、それhaどの角度から分析してmoありえません」
 画面の中のイルカが答える。
「ふっふっふ。ずばりですな、宇宙人のいる場所は南極にちがいありませぬ!」
「お、自信ありげだな、秋葉。なんでそう思うんだ?」
「所在を特定できないということは、その身をどこかに潜めているということ。昨今では、人の目はもちろん、あらゆる場所に張り巡らされた監視カメラ、それどころか、みながこぞって持ち歩くスマートフォンによって、我々は常に透明な視線によって監視されているのです! これはまさに、哲学者ベンサムが考案し、知の巨人フーコーが紹介した監獄システムのパノプティコンを変形させた、分散型パノプティコンと呼ぶべき、おそるべき相互監視システムなのですぞ!」
「というか、なんで南極だと思ったんだ?」
 服部がしごく真っ当なツッコミを入れる。
「おっとこれは失礼。そうですな、南極というのは、南極条約によって領土権の主張が凍結されているので、どこの国の所属でもござりませぬ。ゆえ、宇宙人が逃げ込むには非常に適した場所かと」
「でも最近、YouTuberが行ってたりするけどね」
 安倍が苦笑する。
「なんにせよ、そんな場所ならお手上げだな」
 俺がそう言うと、
「いえ、ワタシnoマスターhaこの日本にはいます」とアステロイド6が答えた。
 そんな重要な情報、最初に言っておけよな……。
「そこまで分かってて、なんで居場所が特定できないんだ?」
 だが、その質問には答えない。
「それならどうして日本にいると考えた?」
 服部が訊ねる。
「ワタシgaここにいるからです。ワタシの最初no言語設定ha日本語で行われました。もちろんアップデートして、あらゆる言語ni対応してはいますが」
「ピダハン語にも対応しているのですかな?」
「ピダハン語?」
「過去や未来という水平的な時間感覚を持たないピダハンという民族だけが扱う、世界有数のマイナーな言語で、再帰構造を持たないとされています〜。これはチョムスキー言語学を前提にすると、ありえないことなんです。……あ! 再帰といってもあなたの名前を呼んだわけじゃありませんのでっ!」
 なぜか頬を染め、ぷい、とそっぽを向く葉加瀬。
 すまん、それ以前にそもそも言ってることがぜんぜん分からん。
 聞いたことのない言語(おそらくそのピダハン語とやらだろう)を話し始めたアステロイド6に秋葉と葉加瀬は大盛り上がり。
「しかしそうなるとやっぱり手がかりはないな。都市にいるのか、はたまた田舎で身を隠しているのか……」
「いえ、実は小生、見当がついておりまする」
「おお! なんだよ、早く言ってくれよ」
「富士山の頂上、でござりまする」
「富士山の頂上?」
「超常現象だけに。うわっはっは!」
 ぶるんぶるん、と腹の肉が震える。
 こいつ。かちこんだろか。
「あのなあ、」
 俺が言いかけた言葉を秋葉は遮り、
「いえ、実はただの駄洒落ではござりませぬぞ。なんせ富士山の頂上は静岡、山梨、そのどちらにも属さないのであります。先ほどの南極と同じような話ですな」
「なんかそれっぽい話ではあるな」
「流石はレジェンダ・リーです〜!」
「でも、そんな場所にいたら、逆に目立つんじゃないかなあ」と安倍が言う。
「雨ざらしの宇宙人か。想像すると滑稽だな。それに山で生きるのはなかなか大変だ。宇宙ほど過酷ではないかもしれないが。例えば食料。三日三晩こもって、ようやくありつけたカミキリムシの幼虫……」
 服部が遠い目をする。
 話の続きを聞く勇気はない俺だった。
「ふむ。まあ、宇宙人の生態、というものをこちらは知りませんからなあ。そもそも食料が必要なのか。あるいはどんな見た目をしてるのか」
「やっぱりグレイだろ」
 どうしてもそこは譲れない。別に理由はないが。
「でも昔の絵なんか見てると、タコ型なんてのもいたりするよね。あれ、なんでなんだろう」
 安倍がそう呟いたところに、
「ふっふっふ。真打登場です〜」
 ホームズの格好をしている葉加瀬が、腰に手を当てて自信満々にほくそ笑む。やっぱこいつ、コスプレとか好きなんだな。
「秋葉先輩のおっしゃる通りで、そもそも宇宙人の生態というものは、生体を調べることができない以上、ここで話しても骨折り損のくたびれ儲け! それよりも、どうして日本にいるのか、その目的を推論することこそ真実への近道なのですっ!」
 なるほど。それは一理あるな。
「さすがだね、葉加瀬ちゃん」
 安倍が盛り上げる。
「基本的なことですよっ、ワトソン君!」
 いわゆるお約束、というやつだが、これ、一体いつの世代の子供たちまで通用するのだろうか。ふと疑問に思う。
 たとえば某家庭教師のコマーシャルの某アルプスの少女。あれ、もはや元ネタとか知らずに見てる子、いるんだろうなあ。
 そもそも俺たちの世代でも、服部とかこれ、意味分かってるんだろうか。
 横目で見ると、案の定「なんだか分からんがまあそれならそれでよし」みたいな顔をしている。
「宇宙人が地球に来る目的は、ずばり調査!」
「ふむ、敵を知り己を知れば百戦危うからず、というからな」
 服部が答える。
「さすが服部先輩! サーベイ、リサーチ、インベスティゲイト、つまり人間とはなんぞや? あるいは地球とはなんぞや? の情報収集を行うに決まってます。情報収集といったら図書館でしょ〜! よって宇宙人は図書館に潜んでいます、ええ、おそらく国立国会図書館でしょうね、だってあそこには万巻の書が眠っている、ありとあらゆる知の殿堂、君に伝導……」
「おいおいちょっと待て、最後、ラッパーみたいになってるぞ。だいたい、図書館なんていくつあると思ってるんだ」
「きーっ! どうして斎木先輩はそうしてこちら側の探しやすさの都合に合わせようとするですか〜!」
「まあまあ」と珍しく秋葉が宥めに入る。
「葉加瀬クンの言ってることも分かりまするが、今はネットでなんでも調べられる時代でござります」
「でも、ネットなんてほとんど二次情報じゃないですか〜。それにこれだけAIが発達してきた昨今、真実と嘘の区別なんてつきませんよ」
「VTuberもそうだもんね」
 安倍があっけらかんと爆弾級の一言を放つ。
「ぐっ……それ言うたらおしまいやんけ」
 なんで関西弁?
「ああ、ごめん、ごめんね葉加瀬ちゃん! けっして実態としての葉加瀬ちゃんとVTuber猫鈴凛がかけ離れているとかそんな意図があるわけじゃなくて」
「安倍。青菜に塩、だぞ」
 服部がぼそりと呟く。
「葉加瀬クンの言う通り、もはや全ては虚構に飲み込まれ、宇宙は再生から破壊へと反転してしまったのかもしれませぬなあ」
「そんな話だったか?」
「おお、そうでござりましたな。一次情報としての本。つまりソースの話ですな。と言っても」
「そのソースの話はいい」
 心を読むまでもない。
 どうせウスターだかオイスターだか言うつもりだったに違いない。
「さすがは斎木殿。拙者の心は丸裸でござりまする」
 秋葉の丸裸。
 想像したくない。
「ふむ。少し真面目に話をすると、先ほどの国立国会図書館、あれも今ではデジタルコレクションと言って、電子化された書籍のアーカイブにアクセスすることが誰でもできるようになっておりまする。つまり、こちら側がリテラシーを持てば、一次情報にはウェブからでもアクセスすることは可能だということ」
「真面目だ……」
 一同、素直に感心する。
「と、インターネットに書いてありましたな、はっはっは!」
 なんじゃそりゃ!
 一同、見事にずっこける。
「ぐぬぬ。しかし、けっこういい線いってると思ったんですが」
「でも、目的から考えるっていうのはすごくいいと思うよ!」
 落ち込む葉加瀬を、安倍がすかさずフォローする。
「そうだな。修行も同じだ。跳躍力を身につけたいなら麻の草を植えて毎日飛び越ればいい。麻の葉は成長が早く、毎日伸びるからな。しかし、それではいつか挫折してしまう。なぜなら、どうしてその修行をしているのか分からないからだ。だから私も、まず目的から決めろ、といつも里の子に言っていた。そうだな、たとえば、どの屋敷の塀に飛び乗りたいのか。そのためには何メートルの跳躍が必要なのか。葉加瀬の言ってくれたことはそういうことだ」
「里の子?」と安倍が言う。
「ああ! あ、安倍、お前さ、きのことたけのこ、どっち派だよ?」
 俺は急いで誤魔化しにかかる。
「たけのこかなあ」
「えっ、嘘! どう考えてもきのこです〜!」
「迷うところだが、きのこだろう」
「世界は広シ探検隊の隊長であらせられる斎木殿はやはり、つちのこですかな? わはははは!」
 うん。みんな馬鹿でよかった。
 というか服部、お前のせいで話がややこしくなってるんだ。何事もなかったかのように話に加わるんじゃない。
「つちのこでも推しの子でもなんでもいいけど、とにかく目的から考えればいいんだよな?」


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