遊線からの物体V 第29話
山神湖に着いた。バス停から、いつか合宿で歩いた道を歩く。
「まさかこの湖に隕石が落ちたなんてびっくりするね」と安倍が言う。
「確かに、郷土史にはこのような記述があります〜。『その長く続いた飢饉と干ばつの最後の年、緑に光る妖星、寅の方角の夜空に現れて湖に落ち…』でも、まさか本当にそんなことが」
葉加瀬が手持ちのタブレットでデジタル書籍を参照しながら呟く。
各自、百均で買った懐中電灯は装備しているが、星緑の周りはなぜか発光しているのでそれほど暗くは感じない。足元もどうにか見える。
「さあ、着きまシた」と星緑が言う。
湖の入り口。湖にはぐるりと木の柵が設置されているが、メンテナンス用だろうか、湖の中へと続く石造りの階段がある。
「着いたって言っても、これからどうする?」
俺がそう言うと、
「湖の中央に向かいまショう」
なんて間抜けなことを星緑が答える。
湖の中央って。はは。見てみろよ。湖があるじゃん。どうやって?
「まさか湖面でも歩いて――」
行くのか?
ちょっと皮肉にそう問いかけようとした時、星緑は手のひらをくっつけたまま両手を上げた。
それからその手のひらを反対側にして、両手を左右に開いた。
すると。
「「み、湖が!」」
葉加瀬と安倍が、同時に声を上げる。
「割れとりますなあ」
秋葉もさすがに呆然としている。
俺は服部、千里先輩と顔を合わせて苦笑する。
もはや笑うしかない、という感じだ。いくら俺たちが人とは違ったって、こんなに無茶苦茶じゃない。
「同じ情報だってことを理解すれバ、こんなことハたやすいものでス。モーセもそれを知ってたにすぎませン」
へっへん、とドヤ顔をする星緑。
「さ、行きましょウか」
そう言って進もうと一歩を踏み出すと。
地面が爆発した。
爆発?
粉塵が舞い上がった。
敵襲。まさか。
「土遁の術かッ!」
服部が叫ぶ。土煙で前が見えない。
キィン。刃物と刃物のぶつかる音。
「先ほどはどうも。たわけた幻術でしたよ」
去鳶の斬撃を、服部はクナイ一本で凌いでいた。
「他のやつらはまだ寝てるもんねえ」
それだけじゃない。封魔が持ち出した札も、反対の手で止めている。
「行けっ! 緑ちゃんを送り返すんだ!」
服部は去鳶と封魔の猛攻を凌いでいる。
「承知しましたぞっ!」
こういう時の秋葉は判断が早いし頼りになる。安倍、葉加瀬、星緑を連れて階段を駆け降りていく。
俺は……。分かってる。ここに残っても足手まといになるだけだって。
それでも、ここで服部を見捨ててしまっていいのか? そんなことを考えずにはいられなかった。その俺の背中を千里先輩が押した。
「行こう、斎木っ!」
「秋葉くん、もうちょっと早く降りられないかな?」
「ふひい、思ったよりも足腰に来ますなあ」
そして俺たちは湖の中央に向かって降りていった。
去鳶と服部は火花を散らしながら鍔迫り合いをしている。その隙を狙って封魔が木々の合間を縫って飛び回る。
「二体一じゃさすがに厳しいよね、服部姉!」
封魔の言う通りだった。相手を倒すことだけに集中すれば、去鳶と封魔、二人合わせても服部には敵わなかった。が、服部は仲間全員を守る意識で戦っていた。その分、判断や速度が鈍っていた。
事態はじりじりと服部にとって不利な方向に向かっていた。
(まずいな)
そんな言葉が心に浮かんだ、そのわずかな隙を封魔は見逃さなかった。
「もらったっ!」
瞬間。
封魔は吹っ飛び、木の幹に激突した。並の人間なら意識を確実に失う衝撃だった。
だが、封魔は並の人間ではなかった。すぐさま状況を把握した。
「斎木堂の女っ!」
戻ってきていた。一人。湖に向かったはずの女が。
ゆらりと封魔は立ち上がり、その女――斎木千里は構えをとる。
「近接戦闘術か」
封魔のその問いには答えない。
封魔はすかさず千里に襲いかかった。巧みにフェイントを織り交ぜながら、貼りつけた部分の生命力を低下させる札を、その憎たらしい顔面に貼りつけようと再度躍起になって――また吹き飛ばされた。ありえない角度からの蹴りだった。
「ふうん、面白い」
封魔の中で、千里の悪霊ランクをBに引き上げた。
千里はふたたび構えをとった。
去鳶と服部、封魔と千里。千里は能力を全開にして戦闘していた。この戦いの中でその能力はさらに研ぎ澄まされていった。
未来予知――。ほとんどそれに近しいところにまで、千里眼は引き上げられていた。
(視える! 右、右、で左。これはフェイント。そこからまたフェイント、で、右、に合わせて――)
「カウンター!」
またもや封魔の腹部に鋭い蹴りを叩き込む。吹っ飛んだ封魔は、ゆらりとまた陽炎のように立ち上がる。
(ゾンビかこいつ?)
封魔は千里の悪霊ランクをAにまで引き上げる。祓ってきた中で最も高いランクだ。
悪霊とはなにか? 封魔はずっと考えていた。
どうして自分にはそれが視えるのか?
しかし幼い頃から封魔にとってはそれが当たり前だった。
目はあくまで窓であり、対象を実際に見ているものは視線だ。
視線はどこから生じているのか? 脳である。
ということは、幽霊や妖怪の類が視えるということは、ある種の脳の異常とも言えた。
どちらでも良かった。現に、祓えばそれらは消滅した。
追撃を叩き込もうとした千里は、自分の身体が動かなくなっていることに気づいた。額から汗がこぼれた。これは――?
「お前のその目で視えるか?」
封魔がにやりと笑った。
「貴様っ! 一体なにを」
ぼんやりと自分の身体を、もやが取り巻いていることに千里は気づいた。
「へえ、その動き。多分だけどなんとなく視えてるんだね。去鳶姉でさえ、気配を感じられるくらいなのに。ふふ、悪霊はさ、祓うだけじゃなくて。調伏って言って、使役することもできるんだ」
動かない。それに、能力を駆使しすぎたようで、千里のヴィジョンはもうなにも映さなくなってしまった。
(いや、もしかすると、この暗闇こそがあたしの未来か)
千里は覚悟を決めた。
「じゃ、とっとと眠っちゃいなよ」
封魔がじりじりとにじり寄ってくる。
「千里先輩!」
様子に気づいた服部が叫ぶ。
「行かせませんよ?」
去鳶が、さきほどよりなお凄まじい剣戟で服部を足止めする。
「僕たちがやってることは、君たちみたいなままごとじゃないんだ。じゃあね」
そう言って、封魔はゆっくりと千里の額に札を貼りつけ――られなかった。
かわりに、やってきたその侵入者(インベーダー)たちを見つめた。
封魔だけではなかった。去鳶も服部も手を止めて、驚きと共に彼らを見ていた。
「あっはっは、馬鹿じゃないの?」
封魔は哄笑した。
「度し難いですね」
去鳶は頭を振った。
「どうして――」
服部は声にもならない声で呟いた。
「ったく」
千里が言った。
「なんで戻ってきたんだよっ、お前ら!」
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