遊線からの物体V 第30話
分からない。
分からないが戻ってきてしまったのだ。
湖の中央へ向かっていた。どうしても足取りは重たくなった。
「斎木くん?」
安倍が俺の方を振り向いた。秋葉も葉加瀬も俺の方を見ていた。
「そりゃ、俺たちにできることなんてないよ」
俺は言った。
「でも、これで正しいんだろうか?」
誰に言うでもない。ただ天を仰ぎ見る。美しい夜空に星がいくつも煌めいている。
「正しいでスよ」と星緑が言った。
「生物としテはね」
「生物としては……」
葉加瀬がぽつりと呟いた。
「なあ、ずっと隠してたことがあるんだ」と俺は言った。
「信じられないかもしれないけど、俺は他人の心が読めるんだ」
星緑は、その透明な眼差しでまっすぐ俺の方を見つめていた。
「信じるもなにも、目の前に宇宙人だっているんだから」
しばらくして、安倍が笑ってそう言った。
「というか、なんとなくそんな気はしてたでござりまする」
秋葉も笑った。
「騙してたんだよ、お前らのこと。もちろん普段はわざわざ読んだりしない。自分にとっても相手にとっても、いいことなんて結局一つもなかったから。それでも」
そのあとは言葉にならなかった。それでも、騙していたことは事実。
「騙していたことは事実、ですよね」
葉加瀬が言った。
異性の心は読めないんだけどな。そんなことはもちろん言わなかった。
なにを言っても言い訳になると思ったし、いまさら、誰が俺のことを信じてくれるだろう?
「信じておりますよ」
「え?」
「信じております、小生は。斎木殿のこと。だって斎木殿は――」
「隊長だもんね」
安倍も秋葉も笑っていた。
「騙すというのは」
葉加瀬が言った。
「嘘を言い、本当でないことを本当であると思い込ませること。あなたは本当のことを言ってなかったかもしれません。でも、少なくともわたしたちに嘘は言ってないです」
凛と。彼女のもう一つの名前のように。俺のことを見つめていた。
万感の想いが込み上げていた。それはまるでこの夜空のように。無数に煌めく俺の心の中の星々。一つでも取り零したくなかった。
「なあ、みんな。このまま進んでもいいのかどうか。教えて欲しい。本当はどう思っているのか――」
俺は息を吸い込み、
「心を読ませてくれないか?」そう言った。
心の蛇口を開く。思考の水がとめどなく流れ込んでくる。
そして。
「分かった、ありがとう」
俺は言った。
秋葉、安倍だけじゃない。
なぜだろう。読めないはずの葉加瀬の心まで、読めた気がした。
「ふむ、ご先祖さマたちは実に面白いでスね」
星緑は、よく分からないことを言って、嬉しそうに微笑んでいた。
「星緑ちゃんは!」
服部が言う。
「彼女は先に湖の中央に向かった」
安心してくれ、そう俺は答えた。
「お馬鹿さんたちですね」
去鳶は服部に斬りかかりながらそう言った。
「自ら犯人のところに戻る人質がいますか!」
「行かせないッ!」
服部が連撃を放つ。
一方、千里は闖入者たち、つまり斎木たちが戻ってきたことに気を取られた封魔の一瞬の隙をついて、危機から脱出していた。
「生意気〜」
封魔が面白くなさそうに口を尖らせる。
千里はふたたび構えをとっているところに、斬り合っていた去鳶と服部が合流する。去鳶と封魔、服部と千里に分かれて対峙する。服部と千里は、俺たちのいるところまで下がってくる。
「斎木」
服部が俺の名前を呼ぶ。
「すまん、役立たずだと分かっちゃいるけど。放っておけなかったんだ」
「いいんだ。ありがとう」
てっきり呆れた顔をすると思っていた俺は、その予想外の眩しい笑顔に勇気づけられる。
「世界は広シ探検隊の実力、見せつけてやりましょうぞ!」
実力たってお前なあ。
「来たぞっ!」
千里先輩が叫ぶ。
「な、何人も同じ人がっ!」
安倍が驚きの声を上げる。去鳶と封魔、二人ともそれぞれ三人ずつ増えて、こちらの人数と同じ六人になっている。いわゆる分身の術ってやつか……!
「あたしには通用しないっ!」
千里先輩は能力で本物の封魔を見抜く。
そしてそいつに向かって拳を放ち――「なっ!」その本物の封魔も霧散する。
「空蝉の術っ! まずは君からだよ、宇宙人もどきくん!」
いつの間にか秋葉の眼前に迫った封魔は秋葉に札を貼りつけて――。
「なんでっ?」
貼りつかない!
「汗だよ斎木くん! あまりにもぬるぬるした秋葉くんの文字通り脂汗によって、お札がすべって貼りつかないんだ!」
安倍が手を握って叫ぶ。そんな馬鹿な。
「わたしだって役に立ちますっ、えいっ!」
葉加瀬がいつの間にか手に持っていた筒のようなものを封魔に向けて発射する。輪っかが飛び出て巨大化し、封魔と、それから秋葉を一緒に閉じ込めてしまう。
もしかして一番強くないか? 葉加瀬が。
「やっ! や〜〜だ〜〜!」
「むぼふふう!」
嫌がる封魔と、どういうリアクションなのか分からない秋葉が互いもつれて転がり、一人で三人の去鳶の分身を相手にしている服部の方へ転がってゆく。
「封魔っ!」
三人の去鳶の表情にいっせいに焦りが浮かぶ。だがその時、なぜか俺にはどの分身が偽物で、どれが本物の去鳶なのか分かってしまう。
「左だ、服部!」
服部はすかさず右手のクナイで斬りつける、ように見せかけながら回転し、その勢いを利用して左手での手刀を去鳶に的中させる。
「ぐっ!」
去鳶は地面に膝をつき、木に激突した封魔と秋葉は共に目を回している。
「勝負あったな」
服部が宣言する。
「裏切り者」
去鳶が服部を睨みつける。
ああ、でも違うんだ。本当は。
「まだ服部のことを、尊敬してるんだな。そして迷ってる。本当に自分たちは正しいのかどうか」
「なにを――」
「分かるんだよ。お前の心が」
さっき。星緑の心を読んでから。気のせいかと思ったがそうではなかった。
俺は、同性だけじゃなく、異性の心まで読めるようになっている。
(覚醒したんだな、斎木)
千里先輩の声が聞こえる。
どうしてなのか。
異星の心を読んだから? 異性の心も読めるとか?
ふざけるのも大概にして欲しい。だが、事実は事実だ。
「去鳶……」
服部が優しくその名前を呼ぶ。
「妄言です。どのみちこの状態からこちらに勝ち目はない。引き下がります。ですが服部姉さん、あなたは裏切り者で、敵です」
煙幕。
しかし敵意はもう感じられない。視界が晴れる頃には、封魔ともども消えていた。
「行こう!」
こうして俺たちは再び湖の中央を目指す。
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