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遊線からの物体V 第26話

やがて煙幕が晴れると、やはりそこに秋葉はいなくなっていた。
「あんな重いものをどうやって……」
 葉加瀬が冷静なツッコミを入れる。
「いくらでも方法はあるんだ。おそらく色仕掛けと呼ばれる類で洗脳したんだろう」
「い、色仕掛けって」
 安倍がたじろぐ。
「いわゆるチャームってやつだな」 
 千里先輩が言う。
「チャーム?」
「ほら、目を見つめると恋に落ちる、みたいなこと言うじゃん。あれだ!」
「そうだな……催眠術だと思ってくれ。ほら、よくテレビやアニメなどで、五円玉を見つめさせたりしてるだろう? あれと原理的には一緒だ」
「なるほど。確かに昨今では、EMDRといって、患者の眼球を操作することでトラウマを解消したりする方法があると聞きますが……」
「あの」
 おずおずと安倍が手を挙げて言う。
「なんか、もう全部、分かんないんだけど」
 あはは、と言って安倍は笑う。
 同感だ。
 さて、どこまで話そう? 
 しかし、悠長に話なんてしている暇はあるのか? まずは秋葉を救出することが最優先じゃないのか?
 一瞬のうちに、俺と服部と千里先輩の視線が交錯する。
 二人がなにかを話してくれるなら、俺は黙っておけばいい。成り行きに任せるだけだ。
 どうして俺が責任を持たなくちゃいけない? 
 斎木堂だのMIBだの、そもそもこの役立たずの超能力だって、全部好き好んで手に入れたわけじゃない。
「すまない、安倍。あとで全部話すよ」
 しかし、気づけば俺から口を開いていた。
「だから今だけは、俺のことを信じてくれないか? 安倍、葉加瀬。それから服部、千里先輩。俺は――」
 息を吸い込んで。
「隊長なんだ。世界は広シ探検隊の」

(分かった、信じるよ斎木君)

 言葉より先に安倍の心が飛び込んでくる。
 いつだって真っ直ぐな安倍の心に裏表はない。だから。
「分かった、信じるよ。斎木君」
 心と同じ言葉が返ってくる。
「場所に見当ならつくはずだ。あたしに任せな」
 千里先輩の目が光る。
「わたし……」
 葉加瀬は震えている。そうだ、だって彼女は賢いだけで、普通の女の子だから。
「なあ、斎木」と服部が言う。
「葉加瀬をこの先に同行させても、連中は、一般人に危害は加えたりしないはずだ。それに、私が近くにいた方が」
 ぐっと葉加瀬の肩を抱き寄せて。
「守れる。彼女を」
「は、服部先輩!」
 くらくらと。葉加瀬が赤面する。
「でもさ、服部ちゃんよぉ」
 千里先輩が意地悪そうな笑みを浮かべて言う。
「どこにそんな確証がある?」
 俺は、服部は言葉に詰まって言い淀むと思っていた。だが違った。服部は力強くこう言い放った。
「今だけは、私のことを信じてくれないか? だって私は――」
 さっきの俺みたいに。彼女もまた息を吸い込んで。
「隊員なんだ。世界は広シ探検隊の」
「あたしってさ、たとえどんな嘘をつかれたって、目を見れば全部分かっちゃうわけ」
 そう言って千里先輩は服部の目を見つめた。
「だから、ひとまずよろしくなっ、服部ちゃん」
 ぐっと、二人は握手を交わしたのだった。
 千里先輩に誘導されて、俺たちは部室を飛び出した。
 てっきり遠くに案内されるのかと思いきや、向かった先は。
「体育館裏?」
 だったのだ。
「なんでわざわざこんなところに」
「あたしの千里眼はここに反応してるんだよな〜」
 ふと見ると先客がいる。
 男が二人? 怒声が聞こえる。それから情けない声も。
「うらあっ!」
「ひい、すいません」
「なんだあれ」
「あっ! 斎木君! ここってもしかして!」
 唐突に安倍が声を張り上げる。どうした?
「藻武君だよ!」
 藻武君?
「藻武大勢君がヤンキーに絡まれてた場所だよ!」
 いや、そんな話もう誰も覚えてないだろ。
「で、あれは?」
「藻武君だよ! 藻武君がまたヤンキーに絡まれてる!」
 俺はため息をつく。
 だがその時、おかしなことに気づく。藻武にもヤンキーにも、まるで自分の意志というものが存在していないのだ。
 心はある。読めないわけではない。ただ、そこにはなにも書かれていないのだ。
「ちっ、私としたことが!」
 服部が藻武とヤンキーの方に走り出す。
 電光石火、目にも止まらぬ早業でヤンキーを殴り倒し……たりはせず、ツバメが虫をくわえるように、地上すれすれに手を持っていき、なにかを掴む動作をする。その手のひらをぱらぱらと服部が開く。
 ちょっと遠くてよく見えないが。
「針だな」
 さすが千里先輩、しっかり見えたらしい。
 すると、ヤンキーも藻武も急にきょろきょろと辺りを見回し始めた。

(あれ? 俺たちこんなところで)
(一体、なにを?)

 急に心に言葉が浮かび上がってきた。
 二人はそのまま、首を傾げながら立ち去っていった。ということは?
 つかつかと服部がこちらに歩いて戻ってくる。
「これだな。影縫いの術だ。対象者はこの場所から動けない。おまけにやはり色仕掛けの術がかけられている」
「なんのために?」と俺。
「まず真っ先に考えられるのは、誰かを近づけないためじゃないでしょうか」
 怯えを含んだ声で葉加瀬が言う。なるほどな。
「もしかして、前に藻武君がいじめられてたのも」
 安倍と同じことを俺も考えていた。
「ここに近づけないため、かもしれないな」
 あの日、確か服部が木の葉落としだかなんだかで暴力を止めたが。
 そう言えば、千里先輩に呼び出された時も揉め事が起こっていた。
 ここがしょっちゅう、揉め事が起こっている場所になっていると知れば、わざわざここに来る生徒の数も少ないはず。
「つーことは」
 俺は周囲を見回す。
「これだろう」
 服部が、体育館の壁に触れる。そして、ぺらりとそれをめくった。
「隠し扉……にゃるほどなっ」
 千里先輩が、ちろりと舌で唇を舐めた。
 服部が押した扉は回転扉になっていた。
 暗闇がぼんやりと光で照らされる。そのまま地下へ続く階段が見える。
「先頭は私、後ろに葉加瀬だ。おいで」
 服部が前に進む。葉加瀬は服部の服の裾を掴む。
「じゃあ次は僕が行くよ」
 安倍が真ん中に。
「一番後ろは、目が利くあたしだなっ」
 しんがりは千里先輩で、俺たちはその階段を下った。
「旧陸軍用の隠し通路……。すべて封鎖したと聞いていたが、やられた。監視されていたのか」
 服部の声。
 どうやら先には部屋があるようだった。
 扉を開ける。
 そこには、ずらりとMIBの連中がいた。
 それから去鳶とか言う、あの色の白い女。
 その隣にもう一人、さっきはいなかったが、こっちも同じように色の白い女。
 雰囲気はよく似ているが、さっきいなかった方が大きい。
「封魔……」
「服部姉。久しぶり」
「余計なことを言わなくていいのです、封魔」
「手厳しいなあ、去鳶姉は〜! いいじゃん、からかうくらい」
  封魔と呼ばれたその女は、忍者ではなく巫女のように見える。
「あ、それ当たり。普段は除霊なんかをやってるから」
 こいつ。俺と同じ能力者か?
「君、僕が心を読んだ、って思ったでしょ」
「……ああ」
 俺は頷く。もしそうなら、隠し事をしてもどちらにせよ筒抜けだからだ。
「違うね。僕はただ異常〜に! 鋭いだけ。斎木堂にも、そういう能力者もどきがいるって話だけど。どうだか。ま、ひとまずここまでの行動を見てると、それは君じゃないしね〜。君が能力者だったら、あのキュートな宇宙人の中身が僕だったって気づくはずだし」
 なるほど、部屋に入ってきた宇宙人も、そこで椅子に縛りつけられてる秋葉と同じように、こいつが擬態した宇宙人だったわけだ。
 俺は銀色のスーツに身を包んだままの秋葉に目をやる。
 縛られて、肉という肉がみちみちにはみ出している。お中元か?
 それから俺は封魔を見る。
 こいつ、きっとお馬鹿なんだろうなあ。
「ぷっ」
 俺が吹き出すと、むっとした表情でその女は憤る。
「なんだ〜てめ〜! こっちは見事こうして宇宙人を捕まえたじゃないか!」
 わはは。やっぱり馬鹿だ。
「封魔。私は思っていたのですが、どうやらこれは……」
 去鳶の方は、これが宇宙人じゃなくただの人間だと途中で気づいてしまったのだろう。
「人類を破滅に導く悪魔。ようやく捕まえたっ!」
 だが、封魔は聞いちゃいなかった。
「その人は私の大切な友人だ。返せ」
 服部が、今まで聞いたことのない冷酷な声で封魔に告げる。
「いくら服部姉が里で一番だったって、僕と去鳶姉、四天王二人を相手にして勝てると思う? この部屋の存在にも気づかなかったくせに。ずいぶんなまってるんじゃない? それに、宇宙人が友達なんて、一体なにを教わってきたの?」
 封魔はにやりと笑う。
「こいつらのような異分子を排除するのが、幕府なき後の忍者、つまり僕たちMIBに課せられた使命じゃん」
「服部姉さん。今からでも遅くありません。戻ってきておくんなまし。この人質と交換、ということでいかがです?」
「なに言ってんの、去鳶姉。これは返しちゃ駄目じゃん。宇宙人だよ!」
「あ、いえ、これは多分……」
 ぐったりと項垂れたままのグレイの秋葉。
 その姿は滑稽だったが、現実離れして戸惑っていた俺の中に、ようやくふつふつと怒りが湧いてきた。
「あのなあ。お前ら、なに勝手なこと言ってんの」
 俺の強い語勢に、場が静まり返る。
「どう見たってそいつは宇宙人じゃないし、仮に宇宙人だとしてなんだよ? 排除? それってあまりにも短絡的すぎないか?」
「短絡的すぎるのはお前の方だ。斎木堂ってやっぱりそうなんだね。去鳶姉の言った通りだ」
 なにを言ってるんだ、こいつは?
「あ、もしかして知らないの? 斎木堂ってのは簡単に言うと、宇宙人のもたらす力によって人類の進化を促す宗教組織なんだよ。キモすぎ〜。で、この二人はそのキモ組織に所属してるカルト教信者!」
「いちいち耳を貸すなよ〜?」
 千里先輩がこめかみをぴくつかせながら言う。だが俺は精神的にかなり動揺してしまっていた。
「人間を造り替えちゃう、そんな連中と服部姉は一緒にいるんだよ?」
「違う。俺はそんな……」
 だが、二の句が継げない。
 だって、真実なんて俺には分からない。
「大丈夫だ、斎木。だから私のことも信じろ」
 服部が前を見据えたまま、力強い、しかし優しい語調で俺にそう言う。
「あのさ、いっこ疑問なんだけど」
 千里先輩が問いかける。
「どうしてあんたも宇宙人の格好なんてしてたの?」
「事の発端は」
 なにか言いかけようとする封魔を制して、去鳶が答えた。
「あなたたちがあの研究所に潜入したことです」
 去鳶は語り始めた。

「お疲れ様です、隊長!」
 覆面をした一人が、敬礼しながら私に話しかける。
「去鳶姉〜、この研究所はなんなの?」
 封魔が髪の毛をくるくると指に巻きつけ、けだるそうに言う。
「正確なところは分かりませんが、MIBが調査対象にしている研究所、とのことです。厳密に言うと、調査対象にしようとしていた、ですか。今は閉鎖されていますが、堅固なセキュリティによって、私でさえ入ることはできませんでした」
「ん、なんで閉鎖されてるのに、セキュリティがまだ残ってるのさ」
「この中に、あの人たちにとって重要なものがあるのでしょう」
「重要なもの? そんなもの置いて出ていくやつらがいるのかねえ。っていうかあの人たちって? っていうかなんでそもそも閉鎖されたの? っていうかなんの研究してたの? ねえねえ、去鳶姉!」
「私にも分かることと分からないことがあります。ひとまず中に入ってみましょう」
「え〜! こんな不気味なところに?」
「元はといえば、あなたは魔封じの家系。廃墟探索こそ最も得意とするところではないのですか?」
「そりゃそうだけど。研究所だし、生物兵器とか嫌じゃない?」
「その時は私が斬ります。ほら、行きますよ。長年、調査対象になっていながらその中に踏み込めなかった研究所。わくわくしてきませんか?」
 私がそう言うと、封魔は渋々後をついてきた。
「僕たちMIBでさえ入れなかった研究所に入れたってことは、その侵入者はやっぱり研究所の残党なのかな?」
「その可能性は非常に高いでしょうね。間違って入れるような場所ではありませんから」
 研究所の中は廃墟と言えば廃墟でしたが、厳重なセキュリティーに守られていたからでしょう。侵入者に荒らされることもなく、ただ当時の設備だけが風化してそこに残っていました。
 それは天然のタイムカプセルと呼ぶにふさわしく、思わず見とれてしまうような美しさを感じました。
「去鳶姉! これ、なにかな。すごいものの予感!」
 封魔が指差した先を見ると、そこにはいかにもUFO、という形の円盤が鎮座しておりました。
「ずいぶん小さいですが、ただのおもちゃをこんなところに置いたりもしないでしょうね」
「ちょっとだけど、霊的なエネルギーも感じるかも。祓っとく?」
「いえ、ひとまずこのままにしておきましょう」
 なるほど、どうやらここはまさにUFOや、おそらく宇宙人の研究をしていた施設に違いない。おおよその見当はつけていましたが。
「斎木堂がUFOや宇宙人に対してどこまでの研究成果を上げることができたのか分かりませんが、はるか以前、私たちMIBが彼らのよこしまな計画に気づき、それを阻止したに違いありません。そしてこの研究所は閉鎖された」
「ちょ、ちょっと待って。斎木堂って僕たちが敵対しているっていう組織だよね。それより、UFO? 宇宙人?」
「封魔。私たちMIBがどういう組織なのか、話す時が来たようですね」
「え?」
「あなたはMIBという組織について、どこまで知っていますか?」
 私がそう言うと、封魔はごほんと咳払いをして、
「そうだね〜、真面目に答えてもいい?」
「もちろんです」
「まず、僕たちはもともと伊賀をルーツとする忍者で、ずっと将軍様に仕えて歴史の裏で暗躍してた。ところが、江戸幕府が終わっちゃって、私たちの仕事はなくなっちゃった。それで、軍人になったり警察になったりして忍者はいなくなってしまった」
 私は頷く。
「と、ここまでが表の話。当然、綺麗事だけじゃ世間は回らない。それで、明治新政府は忍者の中でもとりわけ優秀なものたちだけを集めた。諜報活動、つまりスパイを行う部隊として。もちろん、ここにも表の話はあって、それがたとえば内閣情報調査室とか、そういう組織。でも、MIBはその裏。この部隊は戦争の後、GHQにも知られることなく、そのまま今日まで存続した」
 私は封魔にぱちぱちと拍手を送る。それから、こう問いかける。
「あなたは、MIBがなんという言葉の略なのか知っていますか?」
「そりゃ〜知ってるよ。ミッション・イン・ブラック。言ってしまえば、汚れ仕事ってやつだね」
「その通りです。そしてあなたが先ほど自分で何度もそう言っていたように、これもまた表の話なのです」
「へ?」
「MIBの本当の略称は、マーズ・インベイダー・バスター。かつて火星から来ると想定された侵略者、つまり宇宙人全般を攻撃し、撃退することがその任務なのです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。話の規模が大きすぎるし、それに宇宙人なんてそもそも実在するのかどうか」
「霊的なエネルギーを感じられるのに、宇宙人は否定するのですか?」
 私は笑う。
「や、だって。それは実際に僕に感じられるわけだし。仮にそれが僕の脳の誤作動だったとしても、僕が祓うことで助かってる人たちはたくさんいる」
「そうですね。現象に名前がつけられたとして、しかしその名前がすなわち現象そのものではない」
 霊だろうが、電磁波だろうが、宇宙人だろうが。
 観測しうる限り、それは存在します。この私という世界の中に。
 私たちはその研究所を後にしました。
 封魔はよほど宇宙人という存在が実在するかもしれないことに胸を高鳴らせ、早速、UFOや宇宙人のことについて毎日調べ始めました。
 世事に疎い私と違い、封魔は好奇心旺盛の野次馬気質。SNSを駆使して、いろんな情報を集めました。
「すると、あることに気づいたのです」
 去鳶が微笑んだ。
 なるほどな。去鳶がなんの話をしたいのか、分かってきた。
「つまり、俺たちが宇宙人に関する情報を集めているってことだな」
「ビンゴ〜! その通りぃ!」
 封魔が嬉しそうに飛び上がる。
「おかしかったんだよね〜、急にUFO、今はUAPだっけ? とか、宇宙人の話とか、ものすごい数の投稿が、ある特定の人たちに集まってたってわけ」
「でも、わたしたちがそんなことをやり始めたのはここ一ヶ月くらいです。それで、なんでこんな場所まですぐに用意できるんですか?」
 葉加瀬が疑問を投げかける。
「全国のあらゆるところに、私たちはこのような隠し部屋を持っています。なにせ」
 そう言って、にこりと笑って。
「忍者なので」
 そう去鳶は言った。
「で、その忍者がなんで宇宙人を探してる?」
「決まっています」
 すると今度は大真面目な顔で。
「抹殺するためです」
 ためらいもなく、言うのだった。


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