見出し画像

遊線からの物体V 第27話

「おいおい、随分話が大げさじゃないか。相手がどんな存在なのか分かってないうちから、殺すだのなんだの」
「その通りだ。……だから私はMIBを抜けたんだ」
 そうだったのか。
 出会った当初なら、疑っていただろう。
 だが、服部は今日までたくさんの同じ時間を過ごしてきた、俺の、最高の仲間だ。
 異性なので彼女の心は読めないが、もし仮に読めたとしても、もう俺に読心能力なんて必要なかった。
 俺は、心の底から服部を信じている。
 俺は千里先輩を見た。
 彼女は強い眼差しでこちらを見返し、頷いた。
「実害が出てからでは遅いのです。そもそも、宇宙人は存在自体が悪なのです」
 去鳶は冷たく言い放った。
「そうだよ、超能力者みたいに」
 封魔が、なにが面白いのか俺と千里先輩をにやにやしながら指差した。
「どういうことだ?」
 聞き返す。
「だってそうじゃん、超能力者がその気になれば、この世界なんて簡単に滅ぼせるし。能力なんて悪用し放題〜!」
 それは確かにそうだ。俺が黙っていると、
「それを言うならお前らもだろうが」
 千里先輩が挑発的な声で言った。
「お前たちMIBだって、通常の人間よりもはるかに優れた身体能力を持ち合わせてる。超能力者が脅威? 斎木堂はカルト? お前たちだってテロ組織みたいなもんだろ」
「確かにそうですね」
「え、認めちゃうの!?」
 封魔が、口をあんぐり開けて去鳶を見る。
 こいつ、絶対に馬鹿だな。
「超能力者も私たちも、人間ではありますからね。封魔が余計なことを言いました」
「ぐっ」
 封魔が目をぺけにして呻く。
「どうして宇宙人が悪なのかお答えしましょう。宇宙人が生活する上で、食事はどうすると思いますか?」
 どうするったって。
 想像したことないな。さっぱり分からん。
「宇宙人のエネルギー源は分かりませんが、おそらく地球のものは消化できないはずです」
 え、なんで?
「なるほど。地球と異なる生態系の生物なら、異なるアミノ酸構成のものは消化できないということですね」
 葉加瀬が答える。
 うん、すまんがどっちにしろ分からん。
「そうです。その宇宙人が地球で生活するとなれば、やつらは必ず食料の品種改良を行い、環境を自分たちにとって適したように作り変える。つまり、地球は地球の形をしたなにかに姿を変えてしまうのです。人類もそうして、未到の地を荒らしてきましたけどね」
「でも……宇宙人ならわたしたちより高度な文明を持っているはずです。とすれば、自分自身を作り変えることも可能かもしれません。たとえばもしわたしがアマゾンに行くとなるとワクチンを打つみたいに」
「葉加瀬の言う通りだ。意見と餅はつくほど練れる。いざとなれば戦うし、守ればいいだけだ」
「服部先輩、かっこいいです……」
 葉加瀬は潤んだ目で服部を見つめる。
 いや、それより意見と餅は〜、とかいう謎の言葉にツッコめよ。
「その曖昧な仮定を信じろと? 滅ぼされてからでは遅いのです! だから先に宇宙人を……」
「ワレワレ、殺さレるのだけはかナわんですナ〜」
 それは突然だった。
 聞き覚えのある声だと思った。
 でもどこで? いつ?
 姿を見て、俺は、いや、おそらく全員が凍りついた。
 去鳶の隣で腕組みをしながら、うんうんと「ソイツ」は、いつの間にか話に混ざっていた。
「キエッ!」
 凄まじい速さで、有無を言わせず去鳶は、「ソイツ」に腰の刀を抜いて斬りかかった。
 おおよそ人間では考えられないスピードだった。
 みんな、なにが起こったか分かっていなかった。唯一、例外として服部だけが分かっていた。
「!?」
 去鳶の刀が弾き飛ばされた。
 それは服部が、去鳶の斬撃よりも早く放った「三色団子の串の矢」だった。
「あ〜大丈夫でスよ? こっちは情報生命体なンで」
 へらへらと笑っている「ソイツ」は。
「星緑!」
 俺は叫んだ。
「ベントラ〜!」
 そいつは俺にそう言って手を振った。
 どういうことだ。
 そんなはずはない? だってあれは。
 二次元じゃないか。
 ならどうして。どうして二次元VTuberの星緑がそのまま。
 三次元にいる?
 ひゅうっ! 鋭く短い呼吸を挟んで、去鳶は星緑に手刀を放った。
 が、手刀は星緑の姿をすり抜けただけだった。
 その勢いで去鳶は前方につんのめった。
「封魔っ!」
 つんのめりながらも去鳶は後ろに声をかけ、前方に手をつくとそのまま器用に回転した。
 封魔はぎらぎらと燃えるように笑いながら、いつの間にか取り出していたお札を星緑に向かって投げた。
 それは投げる前はただの紙だったのに、投げられたあとは鋭利な手裏剣のように回転しながら星緑を襲った。
 その凶器を、今度は服部が蹴り落とした。多分。
 あまりに速すぎてよく分からなかったが。
「こっチはちょっと厄介だっタかも〜」
 そう言いながら、星緑が落ちているお札を拾った。
「なルほど、そういう風に"存在"を理解してるんダね、除霊師さんハ。凄腕のハッカーと同じカ」
「化け物めっ!」
 去鳶が怒気を孕んだ声で言った。
「どっちガ〜?」
 星緑は挑発するようににやにやと笑っている。
「なるほど、あなたはVTuberとかいうヤツですね。本来なら電脳世界にしか存在できないはずのあなたが、なぜこうして目視できるのか」
 去鳶が言う。
「ほんとに驚き! あノね、ワレワレは情報生命体だから、ふつうは目に見えないんダよね。幽霊みたいナ存在。でも多分、その子のおカげだろうね」
 そう言って星緑は安倍を指さす。
「え? 僕?」
「座標軸ノ中心。あらゆル現象ノ平均値。揺らぎノ収束。面白い能力だヨ」
「ど、どういうことなんだろ?」
 話は分からんが、どうやら安倍の存在が星緑になんらかの影響を及ぼしているようだった。
「これが異常であることは明白。この場で消えてもらいます」
「ちょっと待てよ」と俺は言う。
「こいつがなにしたって言うんだ? ただ配信してただけじゃないか?」
 そりゃ異常であることは明白だけど。
 イコール消えてもらう、ってのはちょっと話が違うんじゃないか?
「ああ!? その配信ってのは結局人間になりすましてただろ! こいつがなにしたって? 笑わせるな。VTuberに擬態して人間を騙して。お前ら超能力者と同じだ! ヒトモドキ共が!」
 こめかみに血管を浮かべながら、さっきまでと打って変わって激しい口調で怒りを露わにする去鳶。
「げ、去鳶姉キレちゃった。知〜らない」
 封魔が、やれやれ、と肩をすくめる。
「やめて下さい、そんな言い方! VTuberになることで、わたしは新しい自分を、いえ、ずっと隠してきた本当の自分になることができたんです!」
 葉加瀬が、強い口調で訴えかける。
「それが騙していると言っている!」
「姿を見せないからこそ、心を見せることだってできるんです!」
 ぱちぱちぱちぱち。
 拍手? しかし違った。秋葉だった。
 秋葉が、縛られていた腹肉をぶつけて音を出していたのだ(どうやって?)。
 宇宙人のコスプレのまま、椅子に縛られた秋葉は話し始めた。
「素晴らしい言葉でござりました、猫鈴凛クン。確かに星緑殿、彼女の目的は分かりませんが、知性体なのでモラルやルールはあるのではないでしょうか? 実際今まで攻撃らしい攻撃も地球は受けてませんし。他文明の正常な発展への干渉は禁止、これはSFでよく書かれている文言ですが、我々に思いつくのなら宇宙人にだって思いつくでしょう。それに、まず最初は異星人との戦闘は避けて、平和的な解決を見出すようにしている作品も多いでござりまする」
「くだらない。それはただの物語です」
 再び冷静な口調に戻った去鳶がそう答える。
「最近のアニメとか見ると、しょっちゅう異種族を狩ったりしてるじゃんかよ」
 封魔が口を尖らせて言う。
 アニメとか見るんかい。いや、いいんだけど。
「ワッハッハ、それはおそらく異世界モノですな。個人的にはあまり好みませぬ。究極のぬるま湯でござりまするゆえ。いいですなあ、俺スゲー、俺ツエー。で、異世界の文化や歴史も勉強せぬまま、言われるがままに自分が正義と信じて討伐!」
 お、怒られるであんた。
「ま、無論名作もござりまするが。あんなもん、ドラッグとなんら変わりはしないと小生は思っておりまする」
「平行線ですね。こちらは実力行使するのみです」
 視界から去鳶、封魔、服部の三人が突然消えた。
 次の瞬間、去鳶の後ろ回し蹴りを右手で受け止めている服部と、服部のガードを抜けて星緑の正面に立った封魔がいた。
「ゴースト、バスタァッ!」
 そう言いながら、黄金に光る札を星緑の額に貼りつけた……はずだった。なのに。
 札を貼られていたのは、秋葉だった。
「むっ?」
「僕の捕まえた宇宙人っ!?」
 だから違うんだって。
 そして、さっきまで秋葉がくくりつけられていた椅子に、星緑が悠々と座っていた。
「これは! これまで貯めて貯め抜いた、いえ、抜くことすら我慢して貯め続けた小生のっ! ヲーラが、消えて、ゆくっ!」
 字が違うぞ。字が。
「なんだか顔つきまで違うよっ!」
 安倍が両手を握りしめながら言う。
 あのー安倍さん、楽しんでませんか?
「レジェンダ・リー。普段ヲーラという鎧をまとって封じ込めているという、究極の知性が今、詳かになるのですねっ!」
 葉加瀬も興奮して叫ぶ。本当か? 
 だが確かに、いつもの秋葉と違うように俺にも見えた。
 しん、と場が静まり返った。
 服部も、いや、去鳶や封魔でさえ、秋葉の持つ迫力に飲まれていた。
 なるほど、オーラ(秋葉の場合はヲーラだが)を振りかざしているうちはまだまだ二流。真の一流とはこのように、澄み渡る清流のように涼しげで穏やかなものなのだ。
「ふっ、恵与された諸般の情報群につき、語義の機微からコンテクストの重層性に至るまで周到なる斟酌と多元的照合を施した結果、我が認識体系の深奥において既に完全無欠なる把捉を遂げ、寸毫の曖昧も残さぬ域へと消化吸収し得たことを、ここに謹んで申し添え候」
 秋葉の眼鏡がきらりと光る。
 な、なにを言ってるのかさっぱり分からないが、とにかく賢いことだけはよく分かる!
「把握したが故に、小生はこの答えを導き出す」
 みんなが固唾を飲んで、秋葉の次の言葉を待つ。
「現状、小生にできることは皆無っ!」
 全員、ぽかんと口を開ける。
 それから、「あっハっは!」という星緑の笑い声が響き渡る。
「ニンゲンって、ほんとおもしろいでスね〜!」
「茶番ですね、まったく」
 去鳶がため息をつく。
「そういや君、心が読めるとかいうやつがいるカルト教団の一員なんだよね? こいつの心、読めたりしないの? 宇宙人の本心が分かれば、この争いも止められるかもよ」
 封魔がそう言うと、全員の視線が俺に集中する。
 そんなことができるはずがないと思いながら俺にふっかけてきている。
 でも、俺は現に心を読める。
「分かったよ」
 俺は目を閉じる。
 やけくそになっていたのかもしれない。
 みんなに能力がバレたら、と、もうとっくに手遅れなんだからどうでもいいだろ、という二つの気持ちのせめぎあい。
 俺は自分の心に一気に水を流し込むイメージを作る。
「こりゃ、ひょっとしてマジのやつじゃん」
 封魔が焦りを隠した笑みを浮かべる。
 秋葉と安倍の心は読まず、ただ星緑の心を読み取ることだけに集中する。星緑は興味深そうに俺の目を覗いている。
 もうすぐ……。
 そして、俺と星緑の心はつながった。
 そこに浮かんでいたのは、まさに宇宙だった。言葉ではなかった。

(数式?)

 でたらめにキーボードを叩いたような。
 言葉の意味は分からないのに、触れると分かった。
 分からないということが分かった。

(え? そんな感情があるのか?)

 枠の外にあるものは、どうやっても置き換えられなかった。
 こちらにそれを記述する体系が備わってないのだ。
 古いハードじゃ、最新のソフトは遊べない。秋葉ならそう例えるだろうか。
 俺は奥の方に進んだ。普通の人間の心が川ならば、星緑の心は海だった。それは汲めども尽きず、どこまでも無限に広がっていた。
 ふと、俺はなにかを掴んでいた。

(なんだこれ?)

 ほわほわと、くらげみたいに漂う「それ」は、とても暖かかった。
 なにかが高速で振動するような、奇妙な音声が聞こえた。

(星、緑?)

「それハね、あなたたチが来た場所。そして、これから行くトころ」
 水が逆流した。
 俺は急速にすぼまる出口へ、一気に吸い込まれた。
「……っぷはあ!」
「大丈夫かっ?」
 気づくと、俺は服部に抱き抱えられていた。
「へえ、キミはもしかしテ……」
 星緑は興味深そうに俺を見ている。
「で? 化け物はなにを考えてた?」
 封魔が俺に言う。
「ワレワレを化け物と呼ぶなら、アナたたちモまた化け物でスけどね?」
 そう言って、やれやれと両方の手のひらを上にする星緑。
 まるでニンゲンみたいなジェスチャーだ。そう思っていたその瞬間だった。
「シッ!」
 鋭い呼気と共に、星緑の身体を一閃。去鳶の斬撃が襲った。そして、星緑の身体は真っ二つになって、そのまま霧散した。
「そんな!」
 安倍が悲痛な声を上げ、葉加瀬は顔を両手で覆う。
「なんてことを!」
 激昂する服部。
「これですべて片がついてしまいましたわね」
 去鳶忍――つまり私はそう言い放つ。
「さすが去鳶姉!」
 封魔が私に抱きつく。かわいい私の妹分。
 MIBとして最大の任務を、私は見事に果たしたのです。
「……なあ」
 俺は星緑に言う。
「なんデすか?」
「なんであいつら、急に動かなくなっちまったんだ?」
 去鳶と封魔、そしてMIB部隊。
 さっきまで血相を変えていた連中が、まるで糸の切れた人形みたいに膝から崩れ、床に横たわっている。
 目は開いたまま、呼吸も脈も穏やかなのに、誰一人ぴくりとも動かない。
「簡単に言ウと、ワレワレの情報密度があまりにも濃かったカら。君、ワレワレの心読んだでしょ?」
 どうしてそれを?
「未来ではそれは当たり前。そっか、君は始祖の一人なんだネ」
「ちょっと、意味がよく分からないんだが」
「ああごめんごめん、まず、あっちのニンゲンが動かなくなったのは、さっき君がワレワレの心を読もうとしてその情報量の洪水に押し流されたのと同じ理屈。ま、一気にワレワレを浴びせてやったわけ。で、脳みそは強制スリープ状態! 一回しか使えないけどネ。しばらくいい夢見てるはずだヨ」
「つまり、スペックの低いパソコンで、一気に最新のゲームを何本も同時にプレイしたような状態ということですな」
 「さっぱり訳が分からないよ、斎木君〜!」
 安倍が情けない声を上げる。
 安心しろ。俺だって、訳が分からない。
「話は追って聞こう。今はこの場を離れることが先決だ」
 服部が言う。こういう時の服部は本当に頼りになる。
「その通り。しっかしまさか本当に宇宙人に会えるとはな〜」と千里先輩。
「ひとまずどうしますか?」という葉加瀬の問いかけに、
「行きたいところがあるんダけど」
 そう、星緑は答えた。
「ちょっと待ってくれ。俺たちはまだなんにも分かってないし……」
 俺がそう言うと、
「ああ、それはもちろンです!」
 星緑は、いつも見てきた画面の中の彼女のように、にかっと笑ったのだった。


いいなと思ったら応援しよう!

Yuki Warashina / 黄鶯睍睆 すべて酒とレコードと本に使わせていただきます。