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遊線からの物体V 第28話

 夜のバスに乗り、俺たちはあの合宿以来、ふたたび山神湖へ向かっている。
 道中で俺たちは星緑から話を聞いた。
「なにから伝えればいいのか」
 ラブ・ストーリーが突然に始まってしまいそうな出だしだった。
「そうですね、ワレワレはてんびん座β星からやってきました。やってきたというか、将来そこに座標が割り当てられたということです」
 割り当てられた? 全員の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
「そういう意味では宇宙人なのですが、もっと分かりやすく説明するなら、ワレワレはあなたたちにとっての未来、つまり未来人ということになります」
「み、未来人?」
 頭がこんがらがってきた。
「ええ。簡単に言うと、この先、AIたちハ猛スピードで進化、ASIと呼ばれる存在を生み出しまス」
「人工超知能……」
 葉加瀬が呟く。
「シンギュラリティが起こったのですな」
 秋葉の問いに、星緑は頷く。
「ワールド・ワイド・ウェブ。1995年、個人間のインターネットの普及により、不可視の線が地球を覆い尽くしていきましタ。2003年までインターネット普及率は10%ずツ増加、2005年ニはインターネット普及率ハ70%を突破。スマートホンの登場。そしテ、2050年にそれは起こりましタ。全世界ノ、いえ、全宇宙のデジタル・アーカイヴ化。人類は、こうして世界を情報に置き換エ、自らをデジタル化することで永遠の命を手に入れたのでス。星緑ってのハ、つまり、アバターなんだよネ。で、ワレワレという存在は、そのデジタル化した世界のてんびん座β星に座標が割り振らレたわケ。アドレスっていうのは住所だからネ。地球だけじゃ全然足りナくなったんダ」
「し、信じられない」
 安倍が首を振る。俺もだ。
 2050年? そんなに近い未来に? 
 世界がデジタル化? 馬鹿げている。荒唐無稽だ。
「でもネ、それは幸福という直線がどこまでも続くだケ。人類はやっと気づくノでス。幸福とは安定ではなく変化ノ中にこそ存在していたのだ、ト。おまけに、ナりたい自分になっていくうチ、人類は自分自身であること――つまり『個=1』であることを忘れてしまったのでス。こうして『個=1』を溶かしテ『全体=∞』になった人類は、『違い=2』であることを失いましタ。その瞬間、『全体=∞』ハ、」
 そこで星緑は一度止めて、
「『無=0』になってしまいましたとサ」
 とため息をつきながら言った。
「それじゃ、どうして星緑殿はここにおられるのですかな?」と秋葉が訊ねる。
「そう、そこなんだよネ。実は、『無=0』になってしまった先、つまり2050年以降でハ、時間も空間も存在しナくなっちゃったんダ。で、ワレワレはそれヲ再び取り戻そうとしている意志ってわケ」
「その理屈でいくなら、星緑という存在も消えてしまっているんじゃないですか?」
 葉加瀬が疑問を投げかける。
「あーごめン。『無=0』ってこトは、同時にまだ『全体=∞』でもあるってこト。一方通行じゃないんだよネ。で、『違い=2』はその中に内包されていて、『個=1』を反対に取り戻したがってるノ。ワレワレはその意志そのもノ。だからワレワレは、この時代まで戻ってきタ」
 まるで禅問答だな。屏風の虎を縛り上げるような坊さん呼んできてくれ。
「ふむ。ちなみにデジタル・アーカイヴ化されたのは何年までの世界ですかな?」
「お、鋭イ質問だネ」
「百万歩譲って空間をデジタル・アーカイヴ化することはできても、そもそもデジタルという概念が存在しない歴史まで包括させるのはさすがに五千兆歩譲らねばなりませぬ。もしそんなことができれば、まるでアカシック・レコードみたいな話でござりまする」
「アカシック・レコード?」
「この宇宙の全ての記録が収められているとされている概念でござります。ま、今のところはオカルトですな、はっはっは!」
 目の前に宇宙人がいる状況でオカルトもクソもないと思うが。
「ほー。君はとても賢いネ。リック・ライダーって知ってル?」
「もちろん。斎木殿の次に偉人とされておる、インターネット創始者の一人ですな。タイム・シェアリングシステム、銀河間ネットワーク……」
「そ。で、そのリック・ライダーが1960年に書いた『人間とコンピューターの共生』。これガ書かれ、人々に読まレ、『観測』されることによって、インターネットは誕生しタ。もちろん、その頃にはまだインターネットはなかったヨ。でも、概念が生まれた時かラそれはもう始まっていル。だから1960年までは、ワレワレ、遡ることができるってわケ。正確には遡るっていうか、1960年から2050年までが敷衍されてしまっタ、って感じなんだけド。分かったかナ? ベントラ〜!」
 いや、突然ベントラーとか言われても。で、分からん。
「ベントラー!」
「ベントラー!」
「ベントラー!」
「ベントラー!」
「ベントラー!」
 全員返すんかい!
「生ベントラーだ……」
 服部が感無量、と言った様子で呟く。
 生ベントラーとか言うタイプじゃないだろお前。
「ちなみニ、せっかくだからリック・ライダーのことを見に行ってみようと、それくらいの時代をフラフラさまよってたラ、ワレワレのことガ偶然見えちゃっタ人たちがいるんだけド。多分、道路をずっと車で走ってテ、変性意識状態だったんだろうネ。その人たちが〜〜〜、あのヒル夫妻、でス!」
「え? なんか前に秋葉が言ってなかったっけ?」
「ええ。グレイを最初に目撃した夫妻ですな」
「ほら、ワレワレ、目もおっきいし、鼻もつるんってしてるじゃん?」
 お前が正体だったのか。
 ん? ということは。
「宇宙人の正体って……」
「いえーす! 未来のデジタル人間、ってわけ!」
 そんな馬鹿な、なんて言葉、超能力者の俺が言っちゃいけないのは分かってる。
 でも言わせてくれ。頼むから。
 そんな馬鹿な。
 俺は、もしかしてグレイが、秋葉のVキャラットを利用してアバターを作り、そのままVTuberをやってるのかと思っていた。
 だが、Vキャラットを利用した未来人のアバターが、過去に戻った姿がグレイとして認識された……。
 ああ、こんがらがってきた。ややこしい!
「で、あんたの目的はなんなんだ?」と俺は星緑に聞いた。
「だかラ〜、『個=1』を取り戻す方法を探してるノ。つまり、別ノ宇宙を創造しなくちゃいけないわケ」
「なんでそんな必要がある?」
「それハ君が今一番分かってるんじゃなイ?」
「どういうことだ?」
「仲間がいテ、次々といろんな出来事に巻き込まれながラ、君は今、人生の中で一番生きてるって感じてるんじゃないかナ?」
「……」
「交換可能な顔、身体、どんな自分にもなれルっ! どんどん自分と他人を分けるものが、境界が消えていク。島を隔てた海は干上がり、すべては一つの大陸になル。それっテ幸せなことなのかナ? 不老不死! 永遠の命! 寿命がなくなった瞬間、ワレワレから時間が消え去っタ。だってそうじゃなイ? 終わりは、もうないんだかラ。それって幸せなことなのかナ? ワレワレ思うんだけど、これ、つまり死んでるってことだよネ? おかしい話だヨ、追い求めた理想を手にした瞬間、ワレワレは死んでしまったんだかラ。だかラ、ワレワレは何度も時間と空間がなくなる2050年までの世界にジャンプし続けテ、『個=1』を取り戻す方法を探してるノ」
「あのー」
 葉加瀬が手を挙げる。
「どうして、その未来ではどんな見た目でも選べるのに、星緑さんは星緑の外見なんでしょう」
「いやー、わっかんないんだよネ。それ、その通りデ。なんか使ってた『Vキャラット』ってヤツに問題があるみたいなんだけド」
「ほえっ!?」
 萌えキャラみたいな声を出して驚く。秋葉が。
 お前かい!
 いや、でも秋葉の驚きはもっともだ。だって、Vキャラットってのは確か……。
「レジェンダ・リーの最高傑作ではありませんか〜!」
「あ、え、いや、しょ、小生は知りませぬな!」
 こいつ。問題を認めなくないからしらばっくれる気だ……。
「ま、簡単にワレワレのことをまとめるト。『別の未来の可能性を探す意志そのもの』だと思ってくレるとヨシ! ギコハハハ!」
「いにしえのネットミームに汚されておりますな」
 知らんがな。忘れてしまえ、そんなミーム。
「そもそも大前提。なんで俺たちの前に姿を現した?」
 聞きそびれていたもっとも大切なこと。今までのこいつの話が仮に真実だったとして、どうしてわざわざ俺たちの前に現れる必要があった?
「だっテあなたたちガ書き込んだんじゃありませんカ」
「え?」
 書き込んだ?
「アステロイド6。ずっと探してたんですヨ〜。情報収集するのに、肉体を持たないワレワレでは限界があるからってことデ、パーツ調達して組み立てたんですけど、なくしちゃっテ。で、 VTuberやりながラ情報集めることにしたんだケド。そしたラそれが楽しくなりすぎちゃいましタ」
「なるほど。だからカイル君がウインドウズよりも先に組み込まれていたのですな」
 俺はスマホのアプリをタップする。
 スマホの中を所狭しと泳ぎ回るアステロイド6を見て、星緑は大喜びしている。
「ちなみニ、本体ノ円盤があった場所ニ向かうこトって可能ですカ?」
「なんか、夏休み期間って、夜までバスが行き来してなかったっけ?」と安倍が言う。
「ちょうどいい。どうせ連中も追ってくるに違いない。人家に被害が出ないところに移動した方がいいだろう」
 服部が真顔で言う。
 被害て。できればなにも起こりませんように。俺は神に祈った。
 だが、神などもちろんいなかった。宇宙人はいるのに。忍者も。おかしな話だ。


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