遊線からの物体V 第23話
みんなと別れ、自宅に戻る。
いつも通りカップ麺をすすり、熱いシャワーを浴びる。
ふう。一息ついていると。
ピンポーン。チャイムが鳴る。誰だ?
「はーい」
聞こえるはずもないのに、そう声を上げてインターホンを覗き込む。
「斎木先輩?」
千里眼の斎木千里先輩だった。
「あたしだ!」
「あ、もちろん。分かってます。それで?」
「それで、とはなんだ。ひとまず部屋に入れてくれ」
「あ、部屋、部屋ですか」
見回す。
散らかってる、とまでは言わないが、さっき食ったカップ麺もそのままだし、洗濯物や雑誌なんかは床に散らばったままだ。
「ちょっと待ってもらっていいですか」
「思春期の男子の部屋になにがあるのかくらい見当はついている。千里眼持ちのあたしだ、たくさん醜いものも見てきた」
醜いものて。そんなものはない(今はスマホでなんでも見れる)。
「ま、今はスマホがあればなんでも見れるがな」
「……先輩って読心も使えましたっけ」
「なにを言ってる。あたしにはこの万物を見通す力だけだ」
「多少散らかってますけど、それでよかったら」
そう言って先輩を部屋に通す。
「これは……」
「あ、汚かったです?」
女の子だもんな、先輩も。
「いや、反対だ。一人暮らしの男子高校生にしては、あまりにも綺麗すぎる」
「そうですか?」
うーん、俺の中では散らかってるんだけどな。
「というか、生活感がないな。この部屋」
「いや、でも見て下さいよ」
そう言って、一応ぱぱっと取りまとめはしたが、床に置いたままの雑誌や洗濯物を指差す。
「うーん。そうだな。部屋に、というより、お前に生活感がないんだ」
「まあ、斎木堂育ちですしね」
親もいないし。
「反対に、斎木先輩の部屋はどうなんですか」
「な、なにが」
「いや、片づいてるとか。散らかってるとか」
「ま、まあこんな感じだな。あたしも。うん」
なにか妙におどおどしているが、そこはスルーする。
「ところで、どうして今日はここに?」
「いや、なにか進捗はあったかの確認だ。お前は部下たちを集めて、会議していたようだったから」
「部下じゃないです、部下じゃ。っていうか、斎木先輩。視たんですか?」
能力で。
「いや、お前たちが集まるところをたまたま見つけただけだ。学園ではなるべく、能力は使わないようにしている。あと」
「はい」
「あたしもお前も斎木でまぎらわしいから、千里先輩でいいぞっ」
「はあ」
どうも先輩って感じがしないんだよな。
服部や葉加瀬より背が小さいし。
とにかく、俺は、さっきまでのあいつらとの推理内容を千里先輩に話した。
「ふうん。いいかもな、そのアイデア」
「あ、そうですか?」
「あたしのアカウントでも、協力するよ」
「まあ、至難の業だとは思うんですが」
「どうだろうな?」
千里先輩はそう言って、自分のスマホを俺に見せてきた。
「猫鈴凛……」
確か、葉加瀬が中身の。
フォロワーの数字に目が行く。
「五千人!」
つっても、俺には多いのか少ないのか分からんが。
でも、それなりに多いのでは? って感覚はある。
「で、こっちはどうよ」
「レジェンダ・リー……」
秋葉だこれ。フォロワーを見る。
「三十万人ッ!」
でかい声を出してしまう。
「こ、これは明らかに多いですよね、フォロワー」
「やっこさん、界隈ではかなりの有名人らしいぜ」
「なんの界隈なんですか」
というか、やっこさんて。昔の洋画以外で言う人初めて見た。
「ま、だからお前の部下、いや、仲間たちはそれなりに力を持ってるってことだな。意外と見つかるかもしれないぞ、宇宙人。そうそう、それと、一応お前も作っとけよ、アカウント」
「ちょうど今からやろうとしてたんですよ」
嘘だが。
いや、嘘ではないが、正直その辺はもうみんなに任せてしまえ、と思ってはいた。
「っていうか、なんで俺がSNSとかやってないって知ってるんです?」
「それがあたしの役目だからな。なんならあたしが作ってやろうか?」
「おお! 本当ですか。お願いしちゃおうかな」
こういうことには疎いのだ。俺は。
で、しばらくして。
「ほら、できたぞ」
千里先輩に渡していたスマホを返される。
「ありがとうございます。ん? 【斎木心@世界は広シ探検隊隊長】……?」
プロフィールに目をやる。
【整列! 我が名は星屑を喰らう闇の探究者、斎木心であるッ。ふざけてる? ハッ、真実はいつもふざけた仮面を被ってるものさ。巨大なUFOにアブダクションされてから、世界の裏側ばかり見えちまう。ほら、教えてやろうか? お前にもそっと……】
「なんですのん、これ」
「ん、なにが?」
邪気、ゼロの笑顔。
あ、これもしかしてこの人、大真面目に書いてるかもしれない。
俺はため息をつきたくなるのをおさえて、もう一度「ありがとうございます」と言った。
まあ、あとでプロフィールは編集しなおせばいいだろう。
「ん?」
すでにフォロワーが一人。誰だろう? 見てみる。
レジェンダ・リーと書いてある……。
「あの、なんか連絡とかしました?」
「なんのことだ?」
そう言いながら千里先輩は俺のスマホを覗き込む。
「おお、さすがだなこいつ。もうお前のことを見つけたみたいだぞ!」
いや、どうやって。
俺、なんかハッキングされてる可能性すらないか? そんなことを考えていると、
「あれ、フォロワー数が」
なんか一気に増えてる。
「え? いきなり100人くらいフォロワーが増えてるんですけど」
「バグじゃないのか?」
タイムライン、とやらにレジェンダ・リー(秋葉)の投稿が上がってくる。
【我らが世界は広シ探検隊隊長、斎木殿がついに降臨なされましたぞっ! 皆の衆、フォロー。フォローでござりますっ!】
原因これか。あ、服部や安倍、猫鈴凛(葉加瀬)からもフォローされてる。
俺は頭を抱えこむ。
「最初からこんなに拡散力があるなんて、いいじゃないか!」
けらけらと千里先輩が笑う。
うう、なんだかプロフィールも変えづらくなってしまったじゃないか。
千里先輩が帰ったあと、俺はベッドでゴロゴロしながら、それまであまり触れてこなかったSNS文化を勉強した。
気がつけば時間が溶けていた。
俺のフォロワーはすでに2000人近くに膨れ上がっていた。
「おそるべし、秋葉」
見も知らぬ人間たちが、2000人。
そいつらは一体どんな顔をしてるんだろう。
どんな服を着て、どんな仕事をしてるんだろう。
恋人はいるんだろうか。友達は?
なにか困ってたりするんだろうか。
幸せ? 不幸せ?
直接会って、そいつが男性なら、俺にはそいつの考えてることが読み取れるんだが。
「あー、なんか能力の覚醒とか起こって、SNSでつながってる相手の心も読み取れたりしないかねえ」
そうすれば、一気に知りたい情報、つまり宇宙人のことについて知ることができるのに。
俺はゴロゴロしながら、服部のアカウントを見る。アイコンは魔法少女琴美ちゃんか。好きだな、あいつも。
ちなみに俺のアイコンは設定していないので、人型のピクトグラムが表示されているだけだ。
安倍は青空の画像。
秋葉は毛筆で勢いよく書かれた「レジェンダ・リー」の文字。
葉加瀬は当然、猫鈴凛の画像だ。
ちなみに千里先輩は堂々と自分の顔にしている。
「性格出てるなあ」
とりあえず最初の投稿をしたためる。なんて書こうか。
【世界は広シ探検隊隊長です。宇宙人、探してます。情報をお持ちのかたは教えてください。】
これでいこう。乗り気じゃないけど、せっかく秋葉が俺のことをそう紹介してくれたんだ。流れに乗っかるに越したことはない。
それに、名乗らずにいきなり「宇宙人探してます」から始まるやつって、危ない気がするし。……まあ、どっちにしろ危ないやつか。
「おっ、いきなり反応が」
通知が来たので見てみる。千里先輩に教えてもらったが、「リプライ」とか「レス」とか言うらしい。どれどれ。
【世界は広シ探検隊てwww 川口浩探検隊のパクリじゃんwwww てか宇宙人て草どころか森】
なんだてめえッ!
思わず条件反射で反論を書き込みたくなるが、深呼吸してこらえる。
ま、まあ、「世界は広シ探検隊」ってのは俺が名づけたわけじゃないしな。勝手にあいつらがそう呼称してるだけだし。
【うるせえ馬鹿野郎、誰だよお前は! 消えろ!】
あっ。書き込んじゃった。
仕方ないよね。腹が立ったんだもんね。
よし、これでいいだろうとスマホを置いた瞬間、また通知が鳴った。
【はい出たパクリ厨の開き直り乙www】
ぶちっ。
これだからインターネットの世界は。
俺がまた無意識で、次はとてつもない長さの罵詈雑言を打ち込んでいると、
【世界は広シ探検隊という呼称は、パクリではなく、パロディもしくはオマージュと呼ばれるものなんでござりますな。以下にその論拠を示しますぞ】
こんな書き出しで始まる、恐ろしい長さの秋葉の長文が打ち込まれていた……。
あとは秋葉に任せることにした俺はスマホを放り出して、ベッドに寝転ぶ。それから天井を見上げる。
宇宙。宇宙人。
なんでこんなことになったんだっけ。服部のことを調査して斎木堂に報告する、っていうのが俺の使命だったはずなのに。
さて次の朝、目覚めてスマホを見てみると。
昨日俺を煽ってきたやつは秋葉に論破され、なぜかプロフィールに「世界は広シ探検隊隊員」と書いていた。
増えてるじゃん、隊員。
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