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第3話:毒親との再会。そして、もう一度サヨナラした話

🧪これは、“幸せって何だろう?”を探し続けてきた私の、実験と発見の記録です。
「もう関わらない」と決めたはずの毒親と、数年ぶりに再会した私。

その先に待っていたのは、やっぱり“変わらない現実”でした。

「親から離れたら、人生うまくいく」
そう信じていた。
でも、私の“家族”との関係は、もっとずっと根が深かった。

毒親との関係を引きずったまま、私は20代後半を迎えていた。

自己肯定感は、地を這うような低さ。
「頑張ることでしか、自分の存在価値を感じられない」


そんな私は、仕事に全振りして生きていた。


成果を出すたび、少しだけ認められた気がして。
忙しさにかまけて、孤独や不安から目をそらしていた。

でも、ストレスは確実に溜まっていく。
週末になると、飲み歩いたりマッサージに通ったり。
散財で気を紛らわせては、反動で自己嫌悪に陥る日々。

今思えば、当時の私はどこかで「もうどうなってもいい」と思っていた。
未来なんて考えていなかったし、壊れることすら厭わなかった。


親から受けた傷は、「人間関係の土台」にも深く影を落としていた。


本音で人と向き合うのが、怖い。
信じたら、裏切られるんじゃないかと思ってしまう。


愛想はいいのに、どこかで一線を引いてしまう。
心の奥までは見せない。

好意を寄せてくれる男性がいても、
素直に距離を縮めることができなかった。


そんなある日、私は“再会”をする。
音信不通だった両親と、数年ぶりに顔を合わせた。


きっかけは――「罪悪感」だった。

「このまま無視し続ける私は、冷たい人間なんじゃないか」
そんな思いが、心のどこかでずっと引っかかっていた。

だから私は、“親孝行っぽいこと”を試してみた。

父の好きなテーマパークに連れて行ったり、
母の誕生日にプレゼントを贈ってみたり。

会話の中でも冗談混じりに、
「実家に帰っても、泊まりは無理かな〜」
「連絡とか、ほんとやめてね?(笑)」なんて軽口を叩いて。

笑い話として話せるようになったことで、
「私、過去と少しずつ向き合えてきたのかも」――そんな風に思い始めていた。


でも――親は、やっぱり変わっていなかった。


良くも悪くも、「あの頃のまま」のふたり。
時が経っても、何も、変わらなかった。


ちょうどその頃、兄がうつ病を発症した。


家族LINEに「死にたい」とメッセージが何度も届いてきて、
仕事中も落ち着かない日々が続いた。

(正直、思ってしまった。
「本当に死にたい人って、LINEなんか送らないんじゃない?」って。
……まあ、経験上。笑)

でも後になって、元気になった兄が言ってくれた。

「あのとき“回避方法ないの?”って言ってくれたの、救われたよ」って。

そんな中、私たち兄妹に持ちかけられたのが――「借金4,000万円の名義人になってくれない?」という話だった。


両親は、兄と私を連名にしたかったようだった。

兄は婚約者に嘘までついて実家に戻り、協力を申し出た。
「妹はいいから、俺だけで」と。

でも両親は、そんな兄をあっさり切り捨てた。

「お兄ちゃんはお金のことしか考えてないから!」

私は呆然とした。

私が“努力型の親孝行”として積み上げてきたものが、
音を立てて崩れていくのを感じた。


どれだけ距離を取っても、どこかで「わかり合える日が来るかも」って思ってた。

少しずつ努力すれば、関係を修復できるかもって。
……でも、それは私の願望でしかなかったんだ


ああ、やっぱり無理だ。


そう思った私は、心を決めた。
2度目の決別を。



「家族を切るなんて」「冷たいよ」って言う人もいる。
でも、私はようやく、自分を守る選択ができた。
それだけで、もう充分だった。


📢 次回予告

第4話:「恋愛こじらせ女、仕事ノリでテストマーケティングを開始」

親との距離を再び取った私は、
少しずつ、自分の人生を取り戻していく。

でも、長年こじらせ続けた「恋愛」だけは、
そう簡単には解けなくて――。

仕事のノリで始めた、ちょっと不思議な“テストマーケティング”。

その先に待っていたのは、予想もしなかった“再会”でした。

――つづく。

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