#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画 最終話
最終話 またあなたに恋をする
「あの子、実はゲイじゃ無いかもね」
水戸が事務所を後にしたのちに、お茶を片付けに来た貴之に勅使河原が言う。
「さっきの話を聞いてると、そうかもしれないですね」
貴之も賛同していた。実は勅使河原の面談は貴之も別の部屋で聞くことになっている。これはちゃんと事前に顧客の同意を得ているのだが、担当者が不在の場合もサブ担当で緊急対応が出来るようにとのことだった。プライベートの話をそこまで深くすることも少ないのだろうと思う。水戸は肩の荷が下りたような顔をして帰っていった。
貴之もゲイの世界は良く知っているが、セックスを同性相手にしていたからと言って性的志向がゲイとは限らない。女性しか愛せなくても男を抱くことが出来る人間もいるし、逆もまたしかりだった。セクシャリティの世界は奥が深い。特に水戸は同性との経験しかなかっただけで、女性も愛せるような気がしていた。
「何にせよ、春さん次第ね」
勅使河原がにんまりと笑いながら言う。上手くいくと確信したような笑顔だった。
有名ホテルのラウンジで約束の時間1時間前に到着した水戸は、席を確保するために店の中に入り、ウエイターを呼び止めた。オープンしたばかりのラウンジはまだそれほど人も入っていない。何組かお見合いだろう男女が席に着いているのを見かける。中をぐるりと見回していると、見覚えのある女性と目が合った。――朋香だ。
他の相手と見合いなのだろうか。非常に気まずいと思って視線をそらした途端、名を呼ばれた。
「勝彦さん!こっちです」
聞き間違いかと思ったが、そうでもないらしい。自分の方が早く来ていたと思ったら、先を越されていたようだ。相変わらずしっかりした人だと感心していた。
「……お久しぶりです」
「……久しぶり」
二人が気まずく別れてから、2ヶ月が経過している。朋香は少し痩せたように見えた。
「もしかして、ちょっと痩せた? あ、こんなこと聞いちゃ失礼かな」
「ううん、大丈夫。3キロくらい痩せたかも。あれからすごく落ち込んだから」
「あ・・・・・・ごめん」
勝彦が謝ると、そのタイミングでウエイトレスがやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「私はカフェオレのお代わりを。勝彦さんはどうしますか?」
「すみません、ブレンドを」
「カフェオレとブレンドですね。承知いたしました」
良いタイミングで第三者が声をかけてくれたことにより、気まずい空気が消えてくれたのはありがたい。
「勝彦さんも痩せたんじゃ無いの?」
「うん、オレもちょっと落ち込んでて」
勝彦の方も5キロほど痩せている。筋肉が元々付いているので痩せても目立ちにくいが、以前より少し頬がこけてきたように思う。
「あれからいろんな人に会ったの」
カフェオレとコーヒーが目の前に置かれた直後、朋香は彼に切り出した。
「今も何人か会ってる人もいる」
結婚相談所とはそういう場所だ。それは分かっていてもなんだか少し胸が痛んだ。肉体関係になった誰に対してもこんな気持ちになったことなど無い。胸だけでは無く胃も痛い。
「そうなんだ」
なるべく動揺を悟られないように勝彦は続けた。
「僕はあれから誰とも付き合ってない。ただ、親には自分の事をちゃんと話してきたよ」
今までゲイとして生きてきたこと、女性を愛せないかもしれないことを両親に伝え、そして受け入れてもらったことを朋香に伝えると彼女は
「良かったね」
微笑んでくれた。慈愛に満ちた表情だった。
「だけど、春さんと別れてから自分の事が分からなくなったんだ」
「どういうこと?」
促され、続ける。
「男の人とずっと付き合ってきて、自分はそういうもんだって思ってた。今回も上手く春さんを誤魔化して結婚して、子供を作ってしまえばなんとかなるって思ってきたんだけど」
そこまで言って、黙り込む。その間、朋香は無理に続きを促すことも無くゆっくりとカフェオレを口にしていた。
「春さんをだますことが辛くなったんだ。本当のことを言わなきゃってずっと思ってた。本当のことが正義とは限らないのに自分がスッキリすることを優先してしまってた。本当に申し訳ないって思う」
ごめん、と謝る。
「いいよ」
朋香が勝彦の両手の上に彼女の手のひらを重ねた。
「正直に言ってくれて嬉しいって思ったのは、確かだから」
そうだった、彼女は最初に自分の性癖を打ち明けた時も「言ってくれてありがとう」と言ってくれたのだ。
「本当は、春さんのことちゃんと愛したいって思ってる。将来を一緒に作っていく相手は春さんだって気がついたんだ」
勇気を出して勝彦が気持ちを伝える。今までずっと女性相手には気持ちを閉ざしてきた。同じ学校出身という共通項が彼の心の扉を開け、一緒に過ごしてきた時間が彼女に対する思いとして積み重なっていた。自分からの一方的なカミングアウトで一旦は手放したけれど、どうしても諦めたくは無い。
「もう一度、僕と結婚を前提としてお付き合いしていただけませんか」
初回のお見合いでこんなことを言うのはマナー違反だと言うことは、勝彦も朋香も知っている。だが、二人の仲はそんな浅いものではない。朋香の中で燻っていた思いが、再び勝彦の元へ解き放たれる。やっぱり自分には彼しかいない。と、彼女は感じていた。
「トントン拍子ね~。良かったわ」
あれからすぐに二人は仮交際を経て、真剣交際へ歩みを進め、もう一度両方の親へ挨拶をしたあとで入籍する運びとなった。最初のお見合いから入籍まで実に三ヶ月もかかっていない。話を聞くところによると、朋香側の両親には水戸が「ゲイかもしれない」と言っていたことは黙っておくことにし、勝彦側の両親には細かく二人で話し合ったことを伝えることにしたらしい。余計な心配をかけないように、二人で決めた配慮だった。
水戸の両親は号泣しながら二人の結婚を祝福していたようだ。
「こんな可愛いお嫁さんを泣かしたら私たちが許さない」
息子にそう凄む母親が「鬼に見えた」と水戸から勅使河原に打ち明けられ、事務所がホッとしたような笑いに包まれていた。
「雨降って地固まるって感じですかね。良かったです」
「これもタカちゃんが水戸さんに発破かけてくれたからよ。ありがとうね」
「いえいえ、そんなことは」
貴之が恐縮していると、勅使河原がニンマリする。
「おかげで会員も増えて、月会費と成婚料を儲けることも出来たし」
「あ」
確かに彼女たちがあのまますんなりと結婚していたら、水戸の入会金と月会費、成婚料。しめて50万円程度は手に入らなかっただろう。
「そういうつもりじゃ無かったんですけど」
「まあ良いじゃ無い。お金はいくらあってもいいんだしさ」
「まあそうですけど」
結局春は数ヶ月延長したくらいで成婚できたし、水戸もなんだかんだ勅使河原のカウンセリングで納得いっていたのだから、悪いことでも無いのかもしれない。それに、二人が成婚して貴之もちょっとは仕事が好きになってきたかもしれない、と思い始めていた。これは大きな収穫だ。
「うちはお金が稼げて、水戸さんは納得いく結婚が出来て、春さんはなんだかんだ義理の親御さんに大事にされそうだし。三方よしってこのことだと思うのよ。仲人って本当に良い仕事でしょう?」
「まあ・・・・・・ね」
それには確かに賛同せざるを得ない。ぼったくりだと思っていた入会金や成婚料なども、一生の悔いと引き換えに納得いく人生を手に入れられるならば安いものだ。
「さあもう辞めたいなんて思わないでしょう? これからもよろしくね」
勅使河原から強引に握手を求められ、貴之は利き手を差し出す。女性にしてはかなり強めの握力にビビりつつ、彼は金庫に仕舞われた辞表は捨てておいてもらおうと考えていた。
了
