#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画⑪
第11話 リトライ
「天川さんはいらっしゃいますか」
春朋香から貴之に電話が入ったのは、朋香と勝彦が婚約破棄をしてから1週間後のことだった。面談の申し込みのために電話が入り、婚活を再開したいと連絡が来た。
二人が面談のために再会した時に、勝彦と朋香のその後の話を聞くことが出来た。
「偽装結婚って言うんですかね」
朋香が自虐的に笑いながら言う。
「でも、本当はそれでも良かったんです。私。勝彦さんのことが好きだったから」
彼女の目に光るものがある。貴之は黙ってティッシュを差し出した。
「彼が望むなら、子供だって産んで良かった。男の人が好きでも、女の人の中で私が一番ならば良かったんです」
その話を聞いて、貴之の心の中に後悔の念が広がる。申し訳ないことをしたと思うが、本当のことを聞かされても彼女は何も救われないと気づいていた。朋香に向かって貴之が懺悔したとしても、彼の自己満足に過ぎない。
「でも、彼にその気が無いのなら仕方が無いです。諦めて、他の方を探そうと思います」
よろしくお願いします、と朋香が頭を下げる。貴之は彼女の目を見てまっすぐ頷いた。
あれから朋香は、心を入れ替えたようにお見合いの条件を見直し、10人以上の相手と見合いをした。仮交際の相手も3人になり、順調に交際を続けている。心なしかすっきりしたように見えた。少し痩せたのか、フェイスラインがシャープになり、写真写りも良くなった。そのため写真を撮り直したのだが、功を奏したのかお見合いが今までより組めるようになっていた。
「順調ね」
「はい、ありがとうございます」
朋香が笑顔で言うと、貴之もその調子よ!と返す。順調にお見合いも組めているし、仮交際から真剣交際へアプローチもされているが、勝彦のことがチラつくのか、どうも乗り気ではないように見える。もう少し詰めた面談を入れるべきか、彼が考えていたところに思わぬ相手から朋香に申し込みが入る。
――なんと相手は水戸勝彦だった。
勝彦はうちの結婚相談所に入会したらしく、朋香にお見合いを申し込んできていた。会員に見せる前に仲人の貴之側からストップをかけることも可能だったが、向こうは意図してやっていることだろうと判断したので、勅使河原の意向もあり、春に通すことにしたのだ。
勝彦のスペックならば引く手あまただろう。だが、彼は朋香に申し込みを入れてきた。もう一度真っ向から彼女と向かい合いたいという意思が感じられたため、貴之は朋香に
「どうする?」と尋ねた。
「受けます」二つ返事で朋香が頷く。
改めて二人は見合いを組むことが決まった。
勝彦は朋香と婚約破棄をした後で実家に行き、家族を集めてカミングアウトすることを決意していた。あくまでも朋香は他人だが、両親の前で自分の性的指向を口にすることは勇気のいることだった。だが、これ以上自分を偽っても誰も幸せにならない。そう考えた彼の今取れる最善策がカミングアウトだった。
「春朋香さんとは婚約破棄をしてきました。せっかく挨拶に来てもらったのに、こんな形になって申し訳ない」
「どうしたの?あんなに素敵な方だったのに」
母親が矢継ぎ早に質問を投げかけ、それを父親が止める。しばらく沈黙が発生した後で、勝彦は重い口を開いた。
「ごめん、オレはずっと男の人が好きだったんだ」
両親が目を見開く。
「これ以上、彼女を騙すのが心苦しくなりました。だから彼女にも正直に伝えて婚約破棄をすることにしました」
夜景の見えるレストラン。プロポーズをした時とは全く違う緊張感に包まれたあの夜を思い出した。朋香は勝彦のカミングアウトを聞いた後で、黙って彼の前から姿を消した。婚約指輪をテーブルの上に残して。
「父さんと母さんに孫を見せてやれないこと、本当に申し訳ないと思ってる。巻き込んだ春さんのことも」
これ以上は言葉にならない。重たい塊を胃の中から吐き出したような気持ちだった。すっきりはしたが、二度と元の親子関係にも戻れないだろうと思うと苦しい。
「オレのことが恥ずかしいなら、勘当でも縁切りでもなんでもしてくれてかまわない」
そこまで言うと、母親が勝彦をそっと抱きしめた。
「苦しかったんだね。分かってやれなくてごめんね」
「おまえがどういう相手を好きになろうと、私たちの息子には変わりないから。気にするな」
思ったよりも優しい両親の言葉に、勝彦は涙している。
彼は小学生以来人前で泣いたことなど無かった。怪我をして好きな野球が続けられなくなった時も、泣けなかった。三人で嗚咽しながら過ごす夜のことを勝彦は一生忘れないだろう、と思った。
そんな勝彦が「やっぱり婚活を再開しよう」と思ったのは、どこかで朋香のことが忘れられなかったからかもしれない。正確に言うと、朋香と見ようとしていた未来が忘れられなかったと言った方が正しいかもしれない。ゲイの自分には、人並みの幸せは得られないと思っていたけれど、一瞬つかみかけた未来を諦めるのはまだ早いかもしれない。と思い直したからだ。
朋香に振られた後でこのままフラフラと生きていくのか、それとも家族を作りたいか。一人になってしばらく考え込んでいた彼だが、朋香と付き合って結婚まであと少しというところまで来たという現実を振り返った時に、あともう一度だけでも挑戦してみても良いのでは無いかと思うようになったのだ。もしかしたら、正直に打ち明けた上で自分のことを受け入れてくれる人もいるかもしれない。
そう思った彼は、結婚相談所に入った方が手っ取り早いからと勅使河原久美子にアポイントを取り、その勢いでセカンドブルームに入会した。
「こんにちは、水戸さん。先日はうちの天川が失礼いたしました。うちの結婚相談所をお選びいただいてありがとうございます」
年齢不詳な彼女は、ボディラインがくっきり見えるワンピースを着ている。おそらく30代位なのだろうが、妙な落ち着きと威圧感がある。勅使河原と面談した勝彦は、彼女の強い見た目に萎縮していた。
天川のような人間が働いているのならば、自分のことも受け入れてもらえるかもしれないと申し込んだが、その予想は当たっていた。
「結局あの後、春さんに自分の性癖をカミングアウトして、振られちゃったんです」
お恥ずかしながら、と前置きをしたあと婚約の挨拶をした後の話を告白する。彼女は黙って微笑みながら話を聞いていた。鮮やかな緑茶が出され、湯飲みを差し出した主を目で追うと天川だった。彼は黙礼すると部屋を出る。勅使河原は天川を目で追う勝彦を黙って見ていた。
「うちの相談所は、男性同士や女性同士のカップルの方もご希望であれば、紹介させていただいています。水戸さんがそちらを望むのでしたらそれでもかまいません。ご要望に応じてご紹介いたします」
そう言われて水戸が俯いた。一昔前とは違い、ゲイとして生きていこうと思えば出来ないことも無いこの世の中。両親の理解も得ることが出来た今となっては、おそらく一生涯独身を貫き通したとて何も口出しはされないと思う。だが
「今まで男性としか関係を持ったことが無いんです。だけど、結婚は女性としたいと考えています」
彼は勅使河原にハッキリ言った。勝彦は男性に性的欲求は感じるが、実際自分が求めているのは女性だ。人には言えないが、部活の先輩から無理矢理に身体を奪われた過去が彼にはある。初体験以来、男としか行為をしたことは無かったが、身体は満たされても心は満足できなかった。
「あなた、それはゲイじゃ無いかもしれないわよ」
勝彦がゆっくりと今までの性の遍歴を打ち明けると、勅使河原がちょっと考え込んだ後でそう言った。私がカテゴライズすることじゃないけど、と付け加える。何を言われているかはよく理解は出来ないが「ゲイじゃ無いかもしれない」と言われて、彼はなぜかホッとしていた。
親にも友人にも言えないこんな秘密を打ち明けられる勅使河原の存在が有難い。
「ねえ、春さんがまだフリーだったらお見合いしたいと思う?」
「え?」
「うちに来たってことは、本当は彼女のこと忘れられないんでしょう?」
「でも、僕は振られた身ですし」
「まあ――ものは試しに申し込んでみたら? 嫌なら断られるだけだし」
確かに彼女の言うとおりだった。本当に良いのだろうか?と思う勝彦をじっと見つめる。
「あなただって、女性だったら誰でも良いわけじゃ無いんでしょう? ちゃんと当たって砕けることも大事だと思うの。禍根を残しちゃ予後が良くないわよ」
確かに、と思った勝彦はシステムの画面から春に見合いを申し込む。
嫌なら断られるだけ、他の相手を探す気があればそのあとからでも遅くは無いと言われて少しだけ心が軽くなる。結局春に申し込んだ後は特にやることも無く、彼はセカンドブルームの事務所を後にした。
つづく
