見出し画像

#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画⑩


第10話 重い告白

「ちょっとタカちゃん。これは何の冗談かしら」
 勅使河原がいつもより強めに巻いた髪をかき上げてから、貴之が持ってきた封書をつまみ上げる。茶封筒に「退職願」と書かれたそれは彼女の机の上に置かれていた。
 貴之がゲイバーで勝彦に水をぶちまけた、翌日の朝一の出来事である。

 昨夜裕司から窘められた後、貴之は自宅に戻って娘二人の寝顔を見ながら考え込んでいた。二人は親友たちにそっくりな愛らしい顔をしている。長女の桜子は父親似で、次女の薫子は母親似だ。だが不思議なことに、保母さん達には二人とも保育園の送り迎えを担当している貴之に似ていると言われる。――二人と彼には一切血のつながりは無いのに。

 彼女たちの父親役を引き受けると決めた日。自分が背負った覚悟は生半可では無かったと自負している。あんな、軽薄な男の偽装結婚と一緒にされたようで彼は腹を立てていた。世間体のために結婚するなんて、彼女――春さんに失礼じゃないの。と、思っている。別に数回会話しただけの相手なのにもかかわらず、彼は彼女に肩入れしている自分に気づいて不思議な気持ちになっていた。
 そもそもここの結婚相談所に入ったのもたいした動機は無く、30過ぎてもまともな職歴の無い自分を拾ってくれた勅使河原に恩義を感じているから働いているに過ぎない。勤務こそ無遅刻無欠勤でこなしているが、それも彼女への義理を感じるからこそで仕事自体にやる気があるわけでは無い。自分のような人間は、何をやっても中途半端なのだとはじめから諦めている節があった。向いていない、向いていないと思いつつ続けてきた仕事だが、昨日でハッキリと分かった。これ以上惰性で働いて勅使河原に迷惑をかけるわけには行かない。
「すみません、昨日お客さんの婚約者に失礼な態度を取ってしまいました。仲人失格だと思います」
 貴之が昨日の一連の出来事を勅使河原に説明すると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「春さんにずいぶん入れ込んでるじゃん」
 からかうように言われて貴之は余計に恥ずかしくなった。
「こんな感情的になるなんて、いい大人が恥ずかしいです」
 顧客として幸せになって欲しいと思っていたが、正直貴之が春の幸せのありかを決めつけることはそもそもおこがましいと思う。水戸とやり合った時には気づかなかったが、彼に貴之のような覚悟がないとどうして決めつけることが出来たのだろうか。人の心など読めないのに。
「余計なことをしてしまったと思ってるのね」
「はい。勝手にお客さんの事情に踏み込んでしまいました」
「タカちゃんはなかなか見所のある人間だと思うのよ。まだまだこんなもんじゃ無いって思ってる」
 いつの間にか淹れられていたコーヒーを片手に、彼女は貴之の目の前にやってきた。勧められるがまま彼はそれに手を付けた。
「ねえ。ようやく本気を出す気になってきたんだから、今更投げ出そうなんて思わないでよね」
「はあ・・・・・・」
 実際貴之が入社してから今までに、コンスタントに成婚させては来ている。貴之はこの仕事に向いていると勅使河原は判断していた。現在月に1~2件のペースで成婚させているが、新人にしてはよくやっている方だ。勅使河原の事務所にやってくる相談者が彼女のユーチューブチャンネルの視聴者で、他の相談所のクライアントよりもやる気がある人たちが集まっているからというのもあるが、それを除外しても本気を出す前にまあまあの成果を出せているからこそ、今まで緩くやってきていたというのもある。
「あなたには才能があるの。これからうちの会社に還元してもらうターンなんだから、簡単に辞めさせないわよ」
 優しいのか厳しいのか分からない笑顔で彼女は言うと、貴之が出した辞表を金庫にしまい込んだ。
「これは預かっておきます。本当に辞めたいなら、あと一ヶ月は過ぎてから言ってきてちょうだい」
 それまでは保留という形で良いわね?と、半ば脅迫するように彼女は言う。貴之は反対できずに渋々と頷いた。

「今日は大事な話があるんだ」
 春朋香の目の前には、いつもよりも緊張した面持ちの勝彦がいる。プロポーズを受けた夜景の見えるレストランで、二人はディナーを楽しんでいた。――いや、食事を楽しんだいたのは朋香の方だけで、勝彦は砂を噛むような顔で食事を口にしていた。
「大事な話?」
 朋香の片眉が上がる。緊迫した空気が流れ、二人の間を沈黙が通過した。
「改まってどうしたの?」
 天野のいるセカンドブルームの事務所に挨拶に行った後から、勝彦の様子がおかしいことには気づいていた。マリッジブルーなのかもしれないと思っていたが、彼はいつも丁重な態度で優しかった。
「気になることがあれば何でも話して欲しい」
 朋香が言うと、勝彦は目の前にあった白ワインのグラスを一気に空けた。
「今まで朋香さんに黙っていたことがある」
 顔色が白い。酒には強い彼が珍しいなと思うが、よほど緊張しているのか若干組んだ指先が震えていた。朋香も彼の緊張が移って軽く胃が痛くなる。すごく悪い話なのかも。もしかしたら農家をすぐに継がなきゃいけないとか、もしかしたらいきなり同居とか。
 朋香の頭の中でいくら考えても真実にはたどり着かないため、彼女は続きを促した。
「オレ、本当はゲイなんだ」
「え?」
 突然のカミングアウトに、朋香は呆然とする。今なんて言った?
「ゲイ、なの?」
 勝彦は黙って頷いた。重い沈黙が流れる。
「打ち明けてくれて、ありがとう」
 しばらく黙っていた二人の沈黙を打ち破ったのは、朋香だった。
「私ね、今まで本気で好きになる人はみんなゲイなんだよね」
 みんな、というのは大げさかもしれないが、なぜか自分から惚れた男は全て男しか愛せない男性だった。友達には打ち明けたことは無い。軽々しく話していいことだと思わなかったからだ。

 学生時代も全く浮いた噂も無く、清廉潔白で生きてきたように見える勝彦がゲイである可能性はうっすら考えてはいた。セカンドブルームの事務所で勝彦が天川に見せた目つきも、今思えば好みのタイプだったんだろうなと思える視線だった。どうして気づかなかったのだろう。遅れてきた初恋を演出されてうかうかと喜んでいる場合では無かったのだ。相変わらず男を見る目がないなと、自分に嫌気がさす。
「嘘をついてごめんなさい」
 このまま嘘をついて結婚までするわけには行かない、と彼は言った。朋香の目を見て謝る彼は、一点の曇りも無かった。
「今まで女性とお付き合いしたことは?」
「全くないよ」
「そうか」
 朋香は勝彦のことをずっと好きだったが、彼は同窓会でなんとなく上手くだまして結婚まで持ち込めそうな相手だと思っただけだったんだな、と考えたら目の前が真っ暗になった。


「本当に申し訳ない。婚約もしてしまったけど、慰謝料なら払うから」
 勝彦は頭を下げ続ける。朋香は彼の後頭部を見つめながら、黙って席を立つとその場を後にした。

つづく


いいなと思ったら応援しよう!