【Gorillaz The Mountain考察 #7】The God of Lying | 嘘の神、アルゴリズム、そして自分自身を見失った私
To Gorillaz fans around the world: what if the “god of lying” is the system that feeds us fear, hope, and approval until we lose sight of ourselves?
This is my reading of “The God of Lying.”
Please use your browser’s translation feature to read the full article.
アルバム6曲目にあたるこの曲では、「嘘の神と依存」が描かれます。
ジョー・タルボット自身も、この曲について、嘘と依存の循環、そして「人はどのように、なぜ悲しむべきか」を外部から決められる圧力を考えていたと語っています。
そして僕には、この曲にもう一つ、「メディアやSNSのアルゴリズム」と「虚構の評価への依存」といった、非常に現代的な層が重なって見えます。
この曲が、アルバム『The Mountain』の物語の中でどんな意味を持つのか、そして2Dとジョーがどんな役割を果たすのか、歌詞とサウンドの両面から探っていきたいと思います。
なお、この記事はあくまで僕個人の解釈であり、公式見解ではありません。
僕のフィルターを通したこの考察が、あなたに新たな視点をもたらすことを願っています。
また、この記事は、長いので気になるところだけを読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ブックマークなどして、何回かに分けて読むのも良いかもしれません。
アルバム内でのこの曲の位置づけ
2曲目"The Moon Cave"で「私」は、純粋さを失ってしまったために死者とつながることが出来ませんでした。
3曲目"The Happy Dictator"では、悪いニュースを禁止して「フィクションの幸福」を選び、純粋さを失ってしまった人々が描かれました。
5曲目"Orange County"では、父を失った悲しみに押しつぶされそうになりながら、それでも愛する力を取り戻そうとする「私」が描かれました。
この曲では、純粋さを失ってしまったとはどういうことなのか、なぜ「私」は純粋さを失ってしまったのかが描かれます。
それは、嘘の神に依存し、自分自身を見失ってしまった姿であるように思います。
概要
この曲にはイギリスのポストパンクバンドであるIDLESのジョー・タルボットが参加しています。
IDLESは、労働者階級が抱える怒り、絶望、そして連帯などを鋭く描くバンドです。
2009年にブリストルで結成され、2017年のデビューアルバム『Brutalism』で広く注目されるまで、長い下積みの時期を経験しました。
ジョー自身も、学習障害のある成人の支援員、パブ、コールセンターなどで働いていたことを語っています。
また、母親の死、娘Agathaの死産、そして自身のアルコールや薬物との関係など、深い喪失や依存の経験もたびたび語ってきました。
このアルバムには、デーモンやジェイミーの父親の死という悲しみが反映されていますが、この曲ではジョーの悲しみと苦労も重ねられています。
テーマと歌詞の解説
この曲のテーマ
この曲のテーマは、「依存により自分自身を見失った私」というのが僕の解釈です。
ジョー・タルボット自身も、この曲について、嘘と依存の循環や、悲しみ方を外部から決められる圧力を考えていたと語っています。
そして僕には、この曲の歌詞から、メディアやSNSのアルゴリズムといった、現代的な仕組みが潜んでいるように感じました。
メディアやSNSのアルゴリズムは、欲望や承認欲求などを増幅し、僕たちへ繰り返し差し出します。
僕は、この「メディアやSNSのアルゴリズム」こそが、この曲のタイトルである「嘘の神」の形態の一つなのだと思います。
もちろん、この「嘘の神」は、政治、宗教、酒や薬物、メディア、他者からの評価、そして自分自身につく嘘など、さまざまな姿を取る言葉だと思います。
この記事では、あくまで僕が歌詞から読み取った解釈として、「メディアやSNSのアルゴリズム」に焦点を当てて「嘘の神」の姿を追ってみたいと思います。
この記事の視点
この曲でのジョー・タルボットは、社会に傷つけられ、自分自身の悪魔とも闘う普通の人物だと思います。
そして2Dは、『The Mountain』における「私」として、外部の評価に翻弄され、自分自身を見失った人物なのだと僕は思います。
僕は最初、この曲の歌詞が、抽象的でつかみどころのないと感じました。
しかし歌詞を一行ずつ追っていくと、ジョー・タルボットが担う役割と2Dが担う役割が見えてきて、「嘘の神」の姿が少しずつ見えてきました。
Intro:俺は誰だ?
[?]
...the human and being in it
……人間と、その中にある存在
cause the being knows
なぜなら、その存在は知っているから
the unknown, the spiritual, the alien...
未知のもの、霊的なもの、異質なものを……
[Joe Talbot]
Who am I?
俺は誰だ?
Introは遠くサイレンが鳴り、街中を思わせます。
話しているのは誰か分かりません。
もしかしたら酔っ払いのたわごとかもしれません。
そこにどこかルーズなビートが流れ、ジョー・タルボットが「俺は誰だ?」と入ります。
Introの歌詞を聴いただけでは抽象的でよくわかりませんが、この曲の歌詞を全て聴いた後に改めてIntroを聴くと、薄く見えてくるものがあります。
Introの歌詞は「人間の中に潜む依存への危うさ」を表現しているように思います。
このあとの歌詞では、メディアやSNSのアルゴリズムに依存する「普通の人」と「私」の姿が描かれます。
「嘘の神」に翻弄され自分を失った状態が「俺は誰だ?」という言葉で表現されています。
Verse 1:理不尽な世の中
[Joe Talbot]
Are you happy with your housing?
君は自分の住まいに満足しているか?
Are you climbing up the walls?
壁をよじ登るほど追い詰められているのか?
住居に対する問いで、生活の不安定さや貧困などを表現しています。
「壁をよじ登るほど追い詰められて」というラインは、ただの不満ではなく「崖っぷち」に近いほど追い詰められた状態が想像されます。
Are you deafened by the headlines
見出しに耳をつぶされているのか?
or does your head not hear at all?
それとも君の頭は、そもそも何も聞いていないのか?
ニュースやSNSなどの情報過多により、本質的な真実や重要な情報が聴き取れなくなり、思考や判断が麻痺させられている状態を表現しているように思います。
Are you pacified by passion?
君は情熱によってなだめられているのか?
Are you armed to the teeth?
それとも歯の先まで武装しているのか?
「情熱によってなだめられている」は、情熱、あるいは欲望といった強い感情に呑み込まれ、思考停止に近い満足感を得ている状態を示しているように思います。
"armed to the teeth"は慣用句で「重武装」です。このラインは、情熱や欲望で思考停止するか、過剰防衛するか、という問いだと思います。情報や誘惑が溢れ、欲望を過剰に刺激する世の中に対する危機感を表現していると感じます。
Are you bubbling at the surface
表面に泡立ってきているのか?
of what's cooking underneath?
下で煮えたぎっているものが、
内に秘めた感情、ここでは刺激に対する人工的な満足感や過剰防衛が、表面に現れる、いわばパニック寸前まで膨れ上がっていることを表しているように思います。
Are you dying for an answer
君は答えが欲しくて死にそうになっているのか?
for what they call good grief?
彼らが「やれやれ」と呼ぶものへの
"good grief"は「やれやれ」「まったく」といった呆れや苛立ちを表す言葉です。ただ、この曲の中で"grief"という単語が響くことで、単なるスラング以上に、社会に軽く処理されてしまう苦しみや悲しみのようにも聴こえます。
このラインは、例えば「SNSでの高評価」といった、世の中にとっては「やれやれ」で済まされるものでも、当人にとっては答えが欲しくて死にそうになるほど切実なものなのだと思います。
But there's a terrific chance there's nothing,
しかし、何もないという可能性も大いにある
beyond what you believe
君が信じているものの向こうには
例えば、世の中からの評価や承認をどれだけ得られたとしても、その先には何もないのかもしれません。
Verse 1では、追い詰められるほどの貧困を容認しながら、一方で欲望を煽る社会風潮、そしてその理不尽さに対する強い嫌悪感が歌われます。
IDLES自体が現代のイギリス労働者階級が抱える怒り、絶望、そして連帯などを鋭く描くバンドであることを考えると、ここでのジョー・タルボットの歌には、そうしたバンドの姿勢を背景として感じます。
そして、このアルバムの文脈で言うと、この社会風潮には、3曲目"The Happy Dictator"との関連を感じます。
"The Happy Dictator"での聴衆は「悪いニュースを禁止することで思考が停止」していきましたが、この曲では逆に、「情報過多により思考が停止」しています。
そして僕は、歌詞の中にある“grief”という言葉から、「私」の亡き父親への想い、自分自身を見失って死者との交流に失敗した自分への想いを連想します。
5曲目"Orange County"では、父を失った悲しみに押しつぶされそうになりながら、それでも愛する力を取り戻そうとする「私」が描かれました。
さらに僕は、「悲しみ」という言葉から、ジョー、デーモン、ジェイミーが現実世界で経験した悲しみを想像してしまいます。
ジョーにとっては母親の死や死産した娘への想い、デーモンやジェイミーにとっては亡くなった父親への想い、などです。
もちろんこれは公式発言ではなく、背景情報からの僕なりの想像です。
僕はこうした背景を含んでの「悲しみ」という言葉なのではないかと感じています。
Chorus:相反する栄光
[2D]
Oh, don't you say That
ああ、そんなことを言わないでくれ
you think that I'm in glory
俺が栄光の中にいると思っているなんて
Oh, don't you say That
ああ、そんなことを言わないでくれ
you think I'm going to get no glory
俺が栄光を得ることなんてないと思っているなんて
Chorusでは、「栄光の中にいると思われている」、「栄光を得ることはないと思われている」と、相反することが歌われます。
ここからは、「栄光」というものが、世の中から押し付けられる虚構のイメージであり、「私」がそれに翻弄され苦しんでいる様子を感じます。
ある日は「お前は凄い」ともてはやされ、ある日は「お前はダメだ」と貶められる。
多くの人がSNS等で感じている、感情のジェットコースターなんじゃないかと思います。
アルバムの文脈で言うと、これは「私」が自分を見失う要因のひとつです。
Post-Chorus:希望に追いかけられる
[2D]
Running to the exit with a huge grin on my face
満面の笑みを浮かべて、出口へ向かって走っていく
このラインからは、パニックになりつつそのパニックを楽しんでしまうような、一種狂気にも似た心理を感じます。金融や政治の分野で"Rush to the exits"という比喩表現がしばしば使われます。これは、劇場や建物で火事などの緊急事態が起きたときに、人々がパニックになって出口に殺到する様子から来た表現です。
Screaming, "Hope is behind
叫びながら、「希望は後ろに置いてきた
And I wanna get high"
そして俺はハイになりたい」
ここでの「希望」とは、Chorusで歌われた「世の中からの評価」を指す、というのが僕の解釈です。
Chorusでは、「虚構の評価」が歌われました。
Post-Chorusでは、その評価に振り回されて疲弊した「私」が、その評価文化から逃げ出したいと叫んでいるのだと思います。
デーモンは“BBC Radio 1”で、この曲について、数日前にニューヨーク市長選で勝利したマムダニの演説が頭にあった、と語っています。
そこで印象に残ったのが、“Hope is alive(希望は生きている)”という言葉だったそうです。
そして、「この曲でジョーと自分は『希望に追いかけられている』のだと思う」と語っています。
本来希望は未来に置くものですが、このPost-Chorusでは過去に置いて、コメントではそれを「希望に追いかけられ」ると表現しています。
ここからは僕の解釈ですが、外部から投影される期待や評価もまた、人を追い詰める希望の一形態に思えます。
その意味で僕は、この曲における「希望」を、世の中から「私」に投影される期待や評価であると解釈しました。
こうした文脈での「俺はハイになりたい」は、「虚構の評価から自由になりたい」と「良い評価を得てハイになりたい」という相反した想いが共存しているように感じます。
僕はこれを、この相反した想いで「依存」を表現しているのではないかと解釈しました。
つまり、このChorusとPost-Chorusは、SNS等での評価依存に苦しむ「私」を描いたものであり、それは僕たちリスナーにも共感できる感情であるのだと思います。
また、現実世界においても、ジョーはアルコールや薬物との関係、そして自分自身と向き合うことの難しさをたびたび語ってきました。
これをこのアルバムの文脈に当てはめると、「私」は依存に苦しみ、自分自身と向き合えてこなかったために、自分自身を見失ってしまったとも解釈できます。
Bridge:自分を愛せない男
[2D & Joe Talbot]
I went to the liquor store
酒屋へ行った
And they took all my money
そして彼らは、俺の金を全部持っていった
I stared into the mirror there
そこで俺は鏡を見つめた
And begged a man to love me
そして、そこに映る男に、俺を愛してくれと乞うた
「そして彼らは、俺の金を全部持っていった」は、有り金全てを酒に費やしたと解釈でき、つまり依存を表現しているのだと僕は思います。
Bridgeの情景は、ジョーの個人的な過去の体験と重なります。
そして2Dにとっては、世の中の評価に依存する「私」の姿のメタファーなのだと思います。
これまでジョーは「社会に傷つけられた普通の男」の目線で歌い、2Dはこのアルバムにおける「私」の目線で歌ってきたものが、このBridgeでは歌声が重なります。
そして重なったふたりは「自分自身を取り戻したい」と切望しています。
この曲は、依存、そして脱却への渇望と苦しみを、ふたつの目線から歌ったものなのだと思います。
個人的には、このBridgeの歌詞がとても素晴らしいと思います。
酒屋であり金をはたいた。
鏡を見つめ自分自身に愛してくれと乞うた。
一見つながらない話で、もの凄く惨めでやるせない心理状態が描かれています。
自分にわざわざ"begged"しなければならないほど、コントロールを失い、追い詰められています。
この短いBridgeに胸を締め付けられます。
Verse 2:鍵によって、逆に鎖につながれる
[Joe Talbot]
Do you love your blessed father?
君は祝福された父を愛しているのか?
Anoint by fear of death?
死への恐れによって油が注がれているのか?
“your blessed father”は、最も直接的には「父なる神」や宗教的権威を指すのだと思います。“Anoint by fear of death”では、死への恐れによって、その権威が聖なるものとして受け入れられていく構図なのだと思いますが。
ここから先は僕の読解ですが、恐れによって何かを絶対的な権威として受け入れ、自分の判断を委ねる構造は、現代のメディアやSNSのアルゴリズムと重なります。アルゴリズムを直接指すというより、人が恐れから依存する権威の、現代的な一例としても比喩的に読めるのだと思います。
Do you feel the lies creep on by?
嘘がそっと這い寄ってくるのを感じるか?
As soft as baby's breath
赤ん坊の吐息のように柔らかく
嘘つまり虚構は、メディアやSNSの見えない推奨システムを指すのだと思います。それは気づかぬうちに柔らかく近寄って、依存という形で自分を蝕みます。
Do you beg that truth will set you free?
真実が君を自由にしてくれるよう、君は乞い願っているのか?
Are you shackled by the keys?
君は鍵によって、逆に鎖につながれているのか?
「真理はあなたを自由にする(The truth will set you free)」という、聖書(ヨハネによる福音書)からの引用と思われます。
鍵は「解放」や「自由」のメタファーですが、ここではそれによりかえって「不自由」になると表現されています。
このラインは、メディアやSNSに真実を求めることで、かえってそれらに縛られてしまっている状態を比喩表現しているのだと思います。
Well, if I was you, I'd stay strapped in
まあ、俺が君なら、そのまましっかり縛られているだろう
Cause all you got is me
だって君に残されているのは俺だけだから
「君に残されているのは俺だけだから」は、君(2D)と俺は同じということだと思います。依存から抜け出すのは容易ではない。そしてそれは自分だけではなく君にとってもそうだ、ということです。
また、このラインはリスナーにむけて歌われているようにも感じます。
再び普通の男の目線で依存が歌われます。
Verse 2では、信仰、死への恐れ、真実、鍵と鎖といった比喩で、徐々に「嘘の神」の姿が現れてきます。
ここで現れる「嘘の神」は、アルゴリズムだけを指すものではありません。
人間の感情を揺さぶり、救いを約束しながら依存を深めるもの全般です。
その現代的な一例として、僕はメディアやSNSの仕組みを取り上げて解釈していきます。
Chorus:嘘の神
[2D]
Oh, don't you say
ああ、そんなことを言わないでくれ
That you think that I'm in glory
俺が栄光の中にいると思っているなんて
Oh, don't you say
ああ、そんなことを言わないでくれ
That you think I'm going to get no glory
俺が栄光を得ることなんてないと思っているなんて
依存と自己欺瞞を増幅する「嘘の神」の現代的な顔として、メディアやSNSのアルゴリズムが見えてきたあとでは、このChorusに、より僕たち自身の姿が重なって聴こえます。
Post-Chorus:俺はハイになりたい
[2D & Joe Talbot]
Running to the exit with a huge grin on my face
満面の笑みを浮かべて、出口へ向かって走っていく
Screaming, "Hope is behind
叫びながら、「希望は後ろに置いてきた
And I wanna get high"
そして俺はハイになりたい」
最後のPost-Chorusでは、「俺はハイになりたい」という叫びで唐突に曲が終わり、余韻も救いもありません。
歌詞まとめ
この曲では、ジョー・タルボットが、社会に追い詰められ、依存と自己欺瞞の循環に苦しむ普通の人物を歌います。
ジョーのパートに並ぶのは、住まいへの不安、情報過多、欲望、怒り、過剰防衛、悲嘆、信仰、そして真実を求めながら逆に縛られていく人間の姿です。
一方、2DのChorusとPost-Chorusでは、「栄光の中にいる」と見なされることと、「栄光など得られない」と見なされることへの苦しみが歌われます。
ある日は持ち上げられ、ある日は否定される。
その評価から逃げたいのに、評価が与える高揚も手放せない。
この矛盾もまた、依存の一つの形だと思います。
そして現代では、メディアやSNSのアルゴリズムが、こうした人間の傷や欲望を見つけ、増幅します。
怒り、恐怖、希望、承認を繰り返し差し出し、人が次の刺激を求める循環を作っていく。
アルゴリズムは、人間の依存と自己欺瞞を増幅する、現代における「嘘の神」の顔の一つなのだと思います。
Bridgeでは、ジョーと2Dの視点が重なります。
酒屋で金を失い、鏡の中の男へ「俺を愛してくれ」と乞う場面は、二人の苦しみの根が同じ場所にあることを示します。
本当に求めていたのは、酒でも、刺激でも、世間からの評価でもなく、自分自身に愛されることでした。
しかし、その愛を自分の内側に見つけられないため、人は外側の刺激へ向かい、その刺激を与える嘘の神へ再び戻ってしまいます。
最後に曲は、「俺はハイになりたい」という叫びで唐突に終わります。
救いも、解決もありません。
ここで描かれる嘘の神は、特別な誰かだけを支配する存在ではありません。
僕たち皆のすぐそばにいる存在なのです。
だからこそ、この曲は怖いのです。
サウンドとプロダクション
クレジット
《プロデュース》
Gorillaz
ジェームス・フォード
サミュエル・エグレントン
レミ・カバカ・ジュニア
《作詞作曲》
デーモン・アルバーン
ジョー・タルボット
《インド楽器》
バンスリ(インドの竹笛):アジャイ・プラサンナ
パーカッション:ヴィラージ・アチャリヤ
解説
ダブ寄りのグルーヴィーな曲調です。
暗くルーズな感じがあります。
ルーズなダブのグルーヴが、依存から抜け出せない停滞感を作っています。
シンセの音と電子ドラムの「ピョン、ピョン」という音が、どこかバーチャルな響きです。
このキッチュな電子音が、メディアやSNSのバーチャルな虚構感を強く感じさせます。
バンスリやパーカッションのインド的な薄い響きが、遠くの祭りのようなエコーのようにも感じられます。
インド楽器の薄い響きが、『The Mountain』全体の精神的旅と、この曲の都市的な毒をつないでいます。
ジョー・タルボットは、いつもの攻撃的で叫ぶようなIDLESでのスタイルとは異なり、諦めや嫌悪を帯びた冷静で抑えたトーンで歌っています。
ジョーはフランスのラジオ局 France Interのインタビューで、この曲について「予想外のトーンで歌った。自分の肌に居心地が悪い人物。自分の悪魔(démon)に耳を傾け、嘘の神という悪い天才が自分の中の最悪の部分へ引きずっていく」と語っています。
社会に傷つけられた普通の男の苦しみを語るという文脈において、この曲へのジョーの参加は必然であったと思います。
また同時に、このアルバムでの「私」と普通の男の苦難をつなぐうえでも、とても効果的に機能していると思います。
一方、2Dのボーカルはとても気だるげです。
Chorusの、「栄光の中にいると思われている/栄光を得ることはないと思われている」では、押し付けられる外的評価に心底ウンザリしている感じを受けます。
また、Bridgeでは微妙に音程をずらして歌い、やるせない虚無感をひしひしと感じます。
デーモンは昔からこうした気だるい表現が絶妙に上手い!
この曲の歌詞は暗く内省的ですが、サウンドはそれになんとなくバーチャルな響きを加えています。
この遊び心がGorillazらしく、この曲の印象が深刻になりすぎるのを薄めています。
最後に
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
皆さんはこの曲をどう感じましたか?
音楽は開かれたナラティブです。
リスナーの数だけ解釈や感想があって良いと思います。
是非皆さんの感想をコメントや「スキ」で教えてください。
この記事の解釈をお楽しみいただけたなら、ぜひシリーズの他の記事もご覧ください。
僕の視点が、Gorillazファンに"The Mountain"への新たな入り口を提供できれば幸いです。
Thank you for reading.
Next, we enter “The Empty Dream Machine,” where the loss of human connection takes another form.
I hope you’ll join me.
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