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【Rosalía LUX考察 #18】Memória|思い出は、少しずつ美しく嘘をつく

To Rosalía fans around the world:

Why does traditional fado appear just before the final chapter of LUX? Let’s explore the special role “Memória” plays in the album’s closing journey.

Please use your browser’s translation feature to read the full article.


思い出は、本当に過去なのでしょうか。

Rosalíaのアルバム『LUX』に収録された "Memória" は、失われていく記憶と、その記憶への憧憬を描いた楽曲です。

私たちは何かを思い出すたびに、少しずつ違う形で思い出します。
だからこそ記憶は曖昧で、不完全で、ときに嘘をつきます。
それでも私たちは、その不完全な記憶を愛さずにはいられません。

この曲でRosalíaとカルミーノは、ポルトガルの伝統である「サウダーデ」を通して、失われていく過去と静かに向き合います。
それは単なる郷愁ではなく、自分が誰だったのかを忘れてしまうことへの悲しみであり、それでもなお人生を愛そうとする祈りのようにも聴こえます。

この記事は、その切なくも美しい「思い出への憧憬」の正体を探るための、僕なりの探求の記録です。

なお、この記事はあくまで僕の解釈であり、公式見解ではありません。
僕のフィルターを通したこの考察が、あなたに新たな視点をもたらすことを願っています。
ぜひ、ご自身の感性でこの楽曲のパズルを再構築してみてください。

また、この記事は長いので、気になるところだけを読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ブックマークなどして、何回かに分けて読むのも良いかもしれません。


【マガジン現在地:18/20】

本記事は『LUX』全曲考察マガジンの一部となる、第四楽章 17曲目の解説記事です。

Ⅰ ○○○○○|Ⅱ ○○○○|Ⅲ ○○○○ ○|Ⅳ○○📍○

アルバム:女性的神秘、変容、超越の感情的弧線
 ┗ 第四楽章:許しと終焉
  ┣ 15 Novia Robot(自分のために生きる)
  ┣ 16 La Rumba Del Perdón(許しの力)
  ┣ 17 Memória📍(思い出への憧憬)
  ┗ 18 Magnolias(死は悲しみではない)

※本シリーズで記している楽章テーマは、Rosalía本人による4楽章構成の説明を踏まえたうえで、僕が歌詞・曲順・モチーフの流れから独自に整理した解釈です。

概要

タイトルの"Memória"は ポルトガル語で「思い出」です

この曲はポルトガルの民族歌謡である「ファド」で用いられる、"Saudade"(サウダーデ)の様式で歌われます。
サウダーデとは、ポルトガル文化に深く根づいた郷愁や喪失感を表す言葉で、切なさや憧れといった感情を含んでいます。
一説には、大航海時代に海へ出たまま戻らなかった人々を待つ心情とも結びつけて語られます。

本曲はポルトガルのファド歌手カルミーノ(Carminho)とのコラボレーションです。
この経緯について、Rosalíaはインタビューで下記のように語っています。

カルミーノがあの歌詞を書きました。
彼女がそれを送ってくれた時、私は「これがこのアルバムで私が言いたいことなんだ」と思いました。
自分が誰だったのか、そして今誰なのか、どれだけ忘れてしまうか。
記憶って多くの場合、本当の記憶もあれば、少し作り話で、そこには脆さがあります。
これは私の真実であり、そこには真実があります。
そして、記憶の不完全さが好きなんです。

Rosalíaのインタビューより

一方カルミーノは下記の様に語っています。

私はRosalíaのアルバムのファンでした。
ある日ポルトガルの新聞で、彼女が駆け出しの頃バーで私の曲を歌っていたという記事を読み、とても驚きました。

彼女は、自身の文化の伝統や言語に対する深い知識を、独自の方法で変容させ、再解釈する驚くべき才能を持っています。

後日彼女に、自分が書いたファドの曲を持って行き、一緒に歌おうと誘ったんです。
Rosalíaのようなアーティストが伝統的なファドを歌い、しかもポルトガル語で美しく歌ってくれたことを、心から光栄に思い、誇りに思います。

カルミーノのインタビューより

テーマと歌詞

この曲のテーマは、「思い出への憧憬」というのが僕の解釈です。

記憶がだんだん失われていく「わたし」が、自分自身に対して問いかけています。
記憶の喪失は、加齢や病気によるものでしょうか?

Verse 1

この曲はポルトガル語とスペイン語で歌われます。
Verse 1はRosalíaが歌います。

[ポルトガル語]
Ainda te lembras de mim?

まだ私のことを覚えてる?
Ainda sabes de onde eu vim?
まだ私が生まれた地のことを知ってる?
Quem sou esta que aqui estou?
ここにいる私は一体誰だと思う?

Diz-me no meu olhar triste
私の悲しい瞳を見つめて言って
Que alguma memória existe
思い出はいくつか残っていて
E ainda sabes quem sou
まだ私が誰か知っていると

Diz-me se ainda tropeço
私はまだつまずいているのかな?
Se me alegro, se agradeço
楽しんでるかな?感謝してるかな?
Ou se ainda sei cantar
私はまだ歌い方を覚えているかな?

Recorda-me por favor
なんでもいい
Alguma coisa, o que for
どうか思い出させてほしい
Que eu não consigo lembrar
私が思い出せないことを

Verse 1

「私の悲しい瞳を見つめて言って」からは、鏡を見ながら自身に問いかける様が目に浮かびます。
これから失われるもの(記憶)に想いを馳せ、「思い出せないこと」すら忘れてしまう未来を悲しんでいます。

Verse 2

Verse 2はカルミーノが歌います。

[ポルトガル語]
Vem comigo pela cidade

一緒に街を歩こう
Diz-me com sinceridade
正直に答えて
Se tu te lembras de mim
私のことを覚えている?

Onde cresci e amei
私が育ち、愛した場所
Com quem vivi e me dei
一緒に暮らし、仲良くなった人を
Ou se a algo eu pus fim
または、私が終わらせた何かを

Será que tu me conheces?
私を知ってる?
Que o tempo passa e não esqueces
時が経っても忘れないでね
Quem eu fui e sou enfim
私がかつてどんな人間で、今どんな人間なのか

Ó meu doce coração
ああ 私の愛しい心よ
Diz-me se sabes ou não
知っているのかどうか教えて
Ainda te lembras de mim?
まだ私のことを覚えてる?

Verse 2

「一緒に街を歩こう」「私の愛しい心よ」と、自分自身に二人称で呼びかけています。

Chorus

Chorusはスペイン語で、Rosalíaとカルミーノが歌います。

[スペイン語]
Siempre que me acuerdo de algo

何かを思い出すたび
Siempre lo recuerdo un poco diferente
いつも少し違う形で思い出す

Y sea como sea ese recuerdo
その思い出がどんなものであれ
Siempre es verdad en mi mente
私の頭の中ではいつもそれが真実

Y si mi alma se derrama
もし私の心がこぼれて
Y la falta de pasado es el olvido
過去が無かったことになるなら

Cuando muera solo pido
私が死ぬときに願うのはただひとつ
No olvidar lo que he vivido
私が生きたことを忘れないで

Chorus

Verse 3

Verse 3は、RosalíaとカルミーノによりVerse 2の後半が繰り返されます。

[ポルトガル語]
Será que tu me conheces?

私を知ってる?
Que o tempo passa e não esqueces
時が経っても忘れないでね
Quem eu fui e sou enfim
私がかつてどんな人間で、今どんな人間なのか

Ó meu doce coração
ああ 私の愛しい心よ
Diz-me se sabes ou não
知っているのかどうか教えて
Ainda te lembras de mim?
まだ私のことを覚えてる?

Verse 3

この曲は、「私が誰だったのかを忘れてしまう前に、自分自身を抱きしめる」歌だと思います。

シンプルな表現ですが、悲しみと憧憬と諦めが混然一体となった何とも言えない感情をわき起こします。
カルミーノの詩は素晴らしいですね。

2曲目"Reliquia"では「一生は一瞬に過ぎない、だから私のひとかけらを持っていて、私はあなたの聖遺物になる」と歌われました。
この曲では同じテーマを自分に対して歌っています。

サウンドとプロダクション

プロデューサーはRosalía、ノア・ゴールドスタイン、サー・ディラン、キャロライン・ショーです。

この曲は当初「ファド」というタイトルになる予定だったと、ロザリアが自身のSNSに投稿しています。

ギターラ(ポルトガルギター)の美しい響きとオーケストラのブレンドがとても良いです。
この、もの悲しいテーマに癒しの雰囲気を与えているのはこのギターラの響きですね。

ファドという伝統そのものが、この悲しい美しさを熟成してきました。
カルミーノの詩と歌声は、この伝統の結実した果実として存在しています。

そしてカルミーノが言うように、Rosalíaは「伝統や言語に対する深い知識を、独自の方法で変容させ再解釈する驚くべき才能」を持っています。
あまりの美しさに、聴くたびに涙が出てしまう名曲です。

最後に

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

皆さんはこの曲をどう感じましたか?
音楽は開かれたナラティブです。
リスナーの数だけ解釈や感想があって良いと思います。
是非皆さんの感想をコメントや「スキ」で教えてください。

本シリーズでは、『LUX』の全曲を解説しています。
もしこの考察が気に入っていただけたら、ぜひ他の考察記事も覗いてみてください。
全記事はマガジンにまとめています。


Thank you for reading.

Next, we’ll reach the final song, “Magnolias,” and the end of our journey through LUX. I hope you’ll join me there.

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