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【創作大賞2026ビジネス部門】1枚10円のコピー店長から学んだ「三方よしの経営学」

はじめまして。中小企業診断士のSHIGIです。

かつて、書籍「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」が多くの人に読まれ、ドラッカーの『マネジメント』は、ビジネスに関わる多くの方々に広く知られるようになりました。

本作品も、物語の力を借りて、「三方よし」や「経営学」をわかりやすく届けたいと思い、書き上げたものです。
物語はフィクションであり、登場人物は主に、新米の中小企業診断士である主人公と、1枚10円のコピー店を営む店長です。
教科書の知識だけで経営学をわかったつもりになっていた主人公は、店長が人生を賭けて積み上げてきた経営の凄みに圧倒され、本当の「生身の経営」を学び、自分自身の仕事を見つめ直していきます。

この物語を通じて、「三方よし」や「経営学」は、特別な理論の中だけにあるのではなく、ビジネスや日々の仕事の中でこそ実現されるものだと感じていただければ幸いです。
みなさまが、自分自身の日常の仕事を見つめ直す小さなきっかけとなれば、これ以上の喜びはありません。

―― ここからが作品です ――


私が中小企業診断士の資格を取得して間もないころの話である。
その日、私は父との思い出の写真をデータとして残すため、一軒のコピー店を訪れた。
ただ、それだけのはずだった。
ところが私はそこで、教科書だけでは学びきれない、経営の本質を学ぶことになったのである。
 
その店は見た目だけなら、どこにでもある古いコピー店だった。
駅から少し歩いた場所にあり、入口のガラスには、少し色あせたポスターが貼られていた。
店内に入ると、年季の入ったコピー機が並んでいた。
この店は、コピーや製本、写真のデジタル化など、地域のさまざまな困りごとに応えるサービスを提供していた。
店長は70代と思われる、温厚そうな男性だった。
物腰は柔らかい。だが、古い機械や資料を扱う手つきには、長年この店を守ってきた人にしか出せない確かさがあった。
彼の話を聞きながら、私は何度も言葉を失った。
「経営とは、こういうことだったのか」
そう思わされた。
 
その日、私が受け取ったのは、写真データだけではなかった。
1枚10円という小さな商売の奥に隠れていた数々の経営の工夫、そして、これらを徹底的にやり抜く覚悟。
この店長が長い年月をかけて積み上げてきた経営の知恵は、自分の店で、自分の手で、自分の人生を賭けて検証してきた、生身の経営そのものだった。

40年前に撮影した思い出の写真

父が亡くなってしばらくしたある日、実家の片付けをしていると、一冊の古いアルバムが出てきた。
ページをめくる中で、一枚の写真に目が留まった。
それは、私が幼いころ、父からカメラの使い方の手ほどきを受けて、人生で初めて私自身がシャッターを押した、とても思い出深い写真だった。
そこには、父の満面の笑みが写真いっぱいに写っていた。
長い年月を経たその写真は、少し色あせ、傷みも見られた。
「この写真だけは、データとして残しておきたい」
そう思った私は、写真をデータ化してくれる店をインターネット上で探し、一軒の小さなコピー店を訪ねた。
店に入ると、奥から店長がゆっくりと出てきた。
私は写真を差し出し、
「亡くなった父との思い出の写真なんです。データとして残しておきたいんです」
と伝えた。
店長は写真を両手で受け取り、傷めないよう丁寧に状態を確かめた。
そして、穏やかな笑みを浮かべながら静かに言った。
「大切なお写真ですね。データ化して、CDに焼き付けておきますね」
その一言に、私はほっと胸をなで下ろし、店を後にした。
そのときはまだ、この小さなコピー店で経営の本質を学ぶことになるとは、想像もしていなかった。

家電販売店からコピー店へ。店長はなぜ商売を変えたのか

数日後、思い出の写真データが入ったCDを受け取りに、再びその店を訪れた。
時刻は閉店の18時直前だった。
料金の支払いを終え、預けていた写真とCDを受け取った。
「どうもありがとうございました」
私が立ち去ろうとしたとき、店長がふと話しかけてきた。
「このコピー店を始めて、もう50年以上になるんですよ」
閉店間際の店内には、店長と私の二人だけだった。
コピー機の音も止まり、古い機械たちがようやく一息ついているように見えた。
 
その静かな空気の中で、店長は、自分の商売の始まりを少しずつ話してくれた。
店長は高校を卒業後、電気技術者として、父親から電気工事店を譲り受けた。
すぐに家電の取り扱いを開始し、電気工事の請負を続けながら、家電販売店へと発展させた。
その10年後、近くに医科大学が開校した。
ある日、その大学の学生がエアコンを買いに店を訪れた。
エアコン選びの相談の中で、店長は学生の困りごとを聞いた。
「店長、このあたりでコピーできるところを知りませんか」
「周辺にはコピーできる店がなく、学生たちは車で30分ほど離れた薬局までコピーしに行っているんです」
当時、店長の店はあくまでも家電販売店であり、コピーサービスは提供していなかった。
ただ、店には店長が使う1台の業務用コピー機があった。
店長は、そのコピー機を指さしながら、学生にこう言った。
「それは大変だね。エアコンを買ってくれたから、うちのコピー機を使っていいよ」
そして店長は、その学生からコピー代として、1枚10円を受け取った。
 
すると、その学生が友達を連れてくるようになった。
そうして評判が評判を呼び、訪れる学生が増えていった。
「このお店でコピーができると聞いたのですが」
そう言いながら、次々と学生たちが店に入ってきた。
本来はコピーサービスを提供していない家電販売店だったため、店長は断ることができた。
しかし、困っている学生たちを放っておけなかった店長は、学生たちの要望に快く応じた。
そして、コピー機を追加で購入した。
やがて、コピー機を利用する学生で店が賑わい、家電販売店なのかコピー店なのか、収拾がつかない状態になってきた。
店長は悩んだ末、家電販売店をやめ、それまで全く経験がなかったコピー店に業態変更することを決めた。
私はその大胆な決断力に、心から驚いた。
父親から譲り受けた店である。
しかも、店長自身が家電販売店へと発展させた店である。
いわば、自分の土俵で商売をしていたのである。
それにもかかわらず、「コピーを求めて押し寄せる学生たち」を見て、慣れ親しんだ商売を手放し、経験のないコピー店経営へと思い切って舵を切ったのである。
 
その医科大学の学生たちは、試験前になると大量のコピーを必要とした。
特に重要だったのが、過去に出題された問題、いわゆる過去問や、過去問の解き方とポイントを記した試験対策資料である。
以下では、これらをまとめて「過去問資料」と呼ぶことにする。
学生たちは過去問資料を手に、店へやって来た。
そして、店内のコピー機で大量にコピーした。
過去問資料の量が膨大なため、学生たちはどこまでコピーしたのか分からなくなることがあった。
同じページをまたコピーしてしまう。
時間もお金も無駄になる。
店長は、その様子をじっと見ていた。
普通なら、こう考えるかもしれない。
「間違えて、同じコピーを繰り返してくれるほうが儲かる」
しかし、店長の対応は違った。
店長は私に、そのとき取った対応を教えてくれた。
「同じ過去問資料を何度もコピーしている学生を見て、気の毒に思ったんです。それで、著作権者の許諾が得られた過去問資料に限って店で預かり、電話1本で注文してもらい、コピーができ上がったら取りに来てもらうようにしたんです」
この言葉に、私は思わず背筋が伸びた。

学生の不便を仕組みで解決する

店長は、過去問資料を店で預かり、科目別、先生別、年度別に整理した。
今で言えば、検索データベースである。
学生は電話で、どの科目の、どの先生の、どの年度の過去問資料が何部必要なのかを伝えればよい。
店側は整理された過去問資料を取り出し、必要な部数を正確にコピーして渡す。
それまで学生一人ひとりが苦労していた作業を、店がまとめて引き受けたのだ。
これは、極めて高度な事業転換である。
コピー機を使ってもらう商売から、資料を整理し、検索し、必要な形で提供する商売へ。
つまり、コピーサービスの提供から、課題解決、いわゆるソリューションの提供へと、店長は事業の定義を変えたのである。
経営学の言葉を使えば、これは事業ドメインの再定義である。
だが、店長は経営学の教科書を読んでこの仕組みを作ったわけではない。
ただ、目の前で困っている学生を見ていた。
学生が本当に困っていることは何か。
何度も繰り返されている不便は何か。
その不便を、店側で引き受けることはできないか。
その問いを、現場で考え抜いていた。
店長は言った。
「学生たちには、できるだけ勉強に専念してほしかったんです。それで、許諾が得られた過去問資料については、コピー作業まで店で引き受けることにしたんです」
私は、この言葉にしびれた。

この仕組みは、過去問を作成した教授や、試験対策資料を作成した学生たちの許諾を得たうえで運用されていた。
資料を店で預かること、学生の依頼に応じて必要な部数を店がコピーすること、古くなった資料を一定の時期に店側の判断で整理・処分することについても、関係者の承諾があった。
そして、店長の「学生たちの学びを支えたい」という思いは、教授や学生たちに共有され、しだいに賛同する人たちが増えていった。
店長は最初から立派な経営理念を掲げていたわけではない。
目の前の学生の困りごとに真摯に向き合い続けた結果、「学生たちの学びを支える」という理念が、自然と明確になっていったのである。
そして、その理念が教授や学生たちの共感を呼び、多くの協力者を集めていったのだ。
店長の評判は、瞬く間に学生の間で広がった。
やがて、その医科大学のほとんどの学生が、その店を利用するようになった。
学生たちは、店の宣伝文句に集まったのではない。
自分たちの不便を最も深く分かってくれる店に集まったのだ。
 
店長は教えてくれた。
「試験の合間に、学生たちは、うちの店に頻繁にやってきました」
店内では、学生同士のこんな会話も交わされていたという。
「何の資料をコピーするの?」
「えっ、その資料、俺持ってないわ。コピーさせて」
試験が終われば、次の試験に向けてまた資料を集める。
誰かが持っている過去問資料が、別の誰かに共有される。
その中心に、このコピー店があった。
店長の店は、単にコピーを受け取るだけの場所ではなかった。
学生たちにとって、試験情報が集まり、共有され、次の勉強へ向かうための情報拠点になっていたのである。

繁盛した店が、次にぶつかった壁

商売が繁盛すると、次の問題が起きる。
混雑である。
ピーク時には店の利用者の95%以上が学生になっていた。
試験前になると、店内は学生であふれ、店の外にまで待ち行列ができた。
注文が重なる。
待ち時間が伸びる。
そして、車で店にやってくる学生もいて、近所から迷惑駐車で苦情が出るようになった。
 
店長は、この問題にいち早く対応した。
店をもう一つ作ったのだ。
しかも、ただ店舗数を増やしたわけではない。
店に来る学生を学年で分けた。
低学年(1〜3年生)は一方の店舗へ。
高学年(4〜6年生)はもう一方の店舗へ。
そして、低学年向けの店舗は妻が担い、店長自身は高学年向けの店舗を受け持った。
 
一見、単純な振り分けに見える。
しかし、この分け方には極めて合理的な意味があった。
低学年用の店は、低学年用の過去問資料だけを保管すればよい。
高学年用の店は、高学年用の過去問資料だけを保管すればよい。
過去問資料の保管場所を学年ごとに分けておけば、注文を受けてから探す時間を短縮できる。
店に来る学生を分けることで、店内の混雑だけでなく、バックヤードの作業まで効率化されたのである。
これだけではない。
特に車利用が多い高学年向けの店舗を、医科大学の近くに出店したことで、学生たちは歩いてくるようになり、迷惑駐車がなくなった。
 
仕事が詰まるとき、見直すべきところは、量ではなく流れにあることが多い。
店長は、コピー店の現場でそれを見抜き、流れを分けた。
「ごちゃ混ぜにすると、非効率になるので、店を2つに分けたのです」
店長は、こともなげにそう言った。
これは工場の生産ラインや物流拠点の設計にも通じる発想である。
効率化するために、流れそのものを変える。
1枚10円のコピー店で、店長はそれをやっていた。

1枚10円で勝ち続けた理由

しばらくすると、周辺には、医科大学の需要を見込み、学生向けのコピーサービスを始める店や、製本サービスを充実させる店などが次々と現れた。
コピー料金を高めに設定する店もあった。
だが、学生たちは結局、店長の店から離れなかった。
理由は明確だった。
店長の店が、必要な過去問資料を、正確に、安く、早く手に入れられる場所であり、学生たちにとっての情報拠点となっていたからである。
その結果、これらの店とは競合関係にならなかったのである。
過去問資料を預かり、すぐに探し出せるように整理して保管する。
そして、電話1本で注文できるようにする。
この仕組みそのものが、他店には簡単に真似できない差別化戦略になっていた。
過去問資料の蓄積、整理のノウハウ、学生との信頼関係が積み重なるほど、自然と参入障壁も高くなっていったのである。
 
さらに、店長は、1枚10円という低価格を守り続けた。
それでも店長が利益を出し続けられたのは、単に客数が多かったからではない。
コスト構造が違ったからである。
コピー店にとって大きな負担になるのは機械の故障だ。
紙詰まり。
部品の摩耗。
印刷不良。
修理業者を呼べば時間がかかる。
機械が止まれば売上が止まる。

店長は、業者が修理に来るたびに、その作業を横でじっと観察していた。
どこを開けるのか。
何を確認するのか。
どの部品を交換するのか。
どうすれば再発を防げるのか。
やがて、店長はほとんどすべての故障を自分で直せるようになった。
機械の停止時間が短くなる。
トラブル対応が早い。
結果として、他店より低い価格でも利益が残る。
店長は言った。
「安くするなら、安くできる仕組みを作る必要があるのです」
この一言は、私の頭に強く残った。
「顧客のために安くします」という善意だけでは、商売は壊れる。
安く提供するなら、安く提供しても壊れないコスト構造が必要だ。
店長は、それを技術と執念で作り上げていた。
 
やがて、競合店たちは、店長の店に対抗しきれず、撤退していった。
それでも店長は、1枚10円という価格を変えなかった。
競合不在となり、値上げができる状況になっても、学生たちのために、安く利用できる仕組みを守り続けたのである。
そして、店長の店は、その後も繁盛を続けた。
 
店長が実現していたのは、経営学の視点で見れば、非常に高度な取り組みであった。
医科大学の学生という特定の顧客に絞った集中戦略であり、過去問資料を預かり、整理し、検索できる仕組みによる差別化戦略であり、この街のコピー市場で1枚10円を守り続けるコストリーダーシップ戦略でもあった。
コピーサービスは、一見するとコピー機さえあれば誰でも始められそうに見える。
しかも、1枚コピーして10円だけを支払う顧客もいる、極めて客単価の低い商売である。
さらに、コンビニ各社のコピーサービスがほぼ同じように見えることからも、店独自の特徴を出すことが、いかに難しい商売であるかが分かる。
それにもかかわらず、店長は顧客を絞り込み、競合店が容易には真似できない仕組みを作り、低価格でも利益が残るコスト構造まで築いていた。
集中・差別化・コスト優位は、そのうちの一つを実現するだけでも難しい。
にもかかわらず、店長はこの三つを同時に成り立たせていた。
私はその経営手腕に、ただ驚くしかなかった。

売り手よし、買い手よし、世間よし

これは、私の友人で、この医科大学を30年ほど前に卒業した麻酔科医から聞いた話である。
彼は当時のことをこのように振り返った。
「店長には、本当にお世話になったよ」
「自分が作成した数科目の試験対策資料も店に置かれていたんだ。友達から、コピー店に預けて、誰でもコピーできるようにしてもいいか、古くなった資料の整理や処分は店に任せてもいいかと聞かれたので、みんなの役に立つなら、ぜひ、そうしてほしいと伝えたんだ」
「6年生のときには、店長が『今までずいぶん利用してくれたから』と言って、膨大な量の卒業試験の過去問資料を、コピー代は受け取らずに無料で渡してくれたんだ」
 
私はこの話を聞いて、胸が熱くなった。
店長は、学生たちから得た利益を、学生たちに還元していたのである。
まさに、「売り手よし、買い手よし」である。
 
さらに、友人は、こんなことも言っていた。
「試験は一夜漬けが多かったから、あのコピー店には本当にお世話になったよ。必要な試験情報がすべてそろっていた。学生にとって、なくてはならない店だったんだ」
この友人も、数えきれないほどの手術に立ち会い、執刀医と呼吸を合わせ、多くの患者を救うことで、社会に貢献している人物である。
 
店長は、これまで何人かの医科大学の卒業生が店を訪ねてきてくれたことを嬉しそうに話してくれた。
「学生時代、店長には大変お世話になりました。おかげさまで、無事に卒業でき、医師になることができました」
そんな報告を受けることがあるという。
それは、店長にとって何より嬉しい報告だったに違いない。
 
こうした医療の最前線で活躍する医師たちを、学生時代に陰で支えていたのが店長だったのである。
店長の商売は、近江商人の「三方よし」に通じる商いだった。
学生たちは、このコピー店で過去問資料を入手し、試験を乗り越え、やがて医師となっていく。
その医師たちが、今度は地域の医療を支えていく。
店長の商いは、「売り手よし」「買い手よし」が、長い年月をかけて「世間よし」につながる循環を生み出していたのだ。
商売の価値は、売った瞬間だけでは決まらない。
その商売が、時間をかけて誰を支えるのか。
そこまで含めて、店長の商いは広がっていたのである。 

利益を未来へ投資する

店長から学ぶべき点は、コピー店としての商売繁盛だけではない。
稼いだお金の使い方にこそ、本当の経営者としての視座があった。
店長は、さらりと言った。
「私は、コピー店を最初から賃貸で営業するつもりはありませんでした。自分で購入した物件で商売をすることしか考えていませんでした」
私は、この言葉にも打たれた。
 
店長は、その後、他の鉄道沿線の主要駅の近くに数店舗のコピー店を開業した。
店舗の土地や建物は自ら購入し、従業員を雇い、店を任せた。
店舗は、借りるのではなく、買うのである。
賃料を払い続けるのではなく、自分の資産にするのだ。
一見すると、重たい経営に見える。
資産を持てば、固定化する。
身軽さは失われる。
しかし、店長の考えは違った。
自営業者にとって、老後の生活や家族の将来は、自分で設計しなければならない。
商売が動いている間はよい。
だが、自分が働けなくなったとき、毎月の収入はどうなるのか。
自分に万一のことがあったとき、家族はどうなるのか。
これらはすべて未来のリスクである。
これらのリスクを減らすため、店長はコピーという労働集約型の商売で生まれた利益を、将来の安定収入を生む不動産に変えていった。
そして、長い年月を経て、不動産の買い替えも含めた資産運用を組み合わせながら、複数の駅近店舗を所有するオーナーになっていた。

理不尽も、失敗も、すべて商売の一部

もちろん、店長の人生は成功談だけではない。
長く商売をしていれば、理不尽なことも起こる。
約束を守らない客もいる。
代金を払わない相手もいる。
信じて任せた人が、期待通りには育たないこともある。

店長は、かつてチラシ制作の仕事を請け負い、納品したにもかかわらず、代金を回収できなかった経験を語ってくれた。
個人店にとっては、決して小さくない損失である。
私は聞いているだけで腹が立った。
しかし店長は、笑いながら話した。
「長く商売をしていると、いろんな人間を見ることになるのです」
その笑いには、人生の厚みがあった。
怒りを通り越し、人間というものの弱さや図太さを、丸ごと見てきた人の笑いだった。
 
また、店長は前述の通り、従業員を雇って、新たな店舗を開業していった。
そのとき、従業員には、このように伝え、独立を支援したという。
「5年以内の独立を目指そう。それまでに店舗運営のノウハウはきっちりと教える。その期間に獲得した顧客を、独立後も、君の顧客として引き継ぎやすいように、この店舗をそのまま利用すればいい。そして、賃料だけ支払ってくれればいい」
店長は従業員とこうした条件で合意したうえで、自分の知っている技術や商売のやり方を教え、店舗を使わせ、コピー機はそのまま無料で貸し出し、背中を押した。
しかし、独立した人たちが皆、うまくいったわけではなかった。
同じ機械を使い、同じような商売をしても、同じ結果にはならない。
コストを徹底する。
顧客に向き合う。
故障した機械を自分で何とかする。
細部をおろそかにしない。
これらは、手順として教えることはできても、本人の腹の底に根づかせることは難しい。
店長は静かに言った。
「やり方は教えられます。でも、最後まで商売を回し切る覚悟は、教えきれないところがあるのです。人を育てることは、本当に難しかったです」
私は、この言葉が最も重いと思った。
そのときの店長の表情には、自分が思い描いたことを実現できなかった悔しさではなく、従業員を成功へと導くことができなかった悔しさがにじんでいるように見えた。
 
現代は、メソッド化の時代である。
ノウハウは言語化され、テンプレート化され、動画になり、教材になる。
もちろん、それらは価値がある。
だが、経営の最後の差は、マニュアルの外側にある。
面倒なことを、面倒なまま引き受けること。
小さな違和感を放置しないこと。
顧客が本当に困っていることから目をそらさないこと。
儲かった後も、浮かれずに守りを固めること。
これらの部分は、知識ではなく、人格に近い。
店長は一切手を抜かずに、これらすべてを実行してきた。
私は経営の本質を「知識」だと思いすぎていたのかもしれない。
本当は、知識と行動の間に、もっと泥臭いものがある。
顧客の不便を、最後まで引き受ける覚悟。
街場の商売は、それを毎日試される場所なのだ。 

1枚10円・三方よしの経営学

店長の話を聞きながら、私はこれまで学んできた経営の言葉を思い出していた。
経営理念。
集中戦略。
事業ドメイン。
差別化戦略。
オペレーション改革。
コストリーダーシップ戦略。
三方よし。
しかし、店長はこれらの言葉を使わずに、自らの創意工夫の中で実践していた。
自分の店で。
自分の手で。
自分の人生を賭けて。
 
私はその知恵を、勝手にこう名づけた。
「1枚10円・三方よしの経営学」
それは、小さな商売に宿る、大きな経営原理である。
そして、「1枚10円・三方よしの経営学」は、「七つの知恵」として整理できる。
一つ目。
顧客の困りごとに真摯に向き合う。
店長は、コピーを必要とする学生たちの姿を見て、10年以上続けてきた家電販売店を思い切ってコピー店へと業態変更した。
そして、過去問資料のコピーで学生たちが困っていることに気づき、その不便を自分の店で引き受けたのである。
店長の商売は、徹底した「顧客満足の追求」であり、「顧客志向の経営」であった。
明文化こそされていなかったものの、そこには「学生たちの学びを支える」という経営理念があった。
店長は、この理念に従い、医科大学の学生たちが本当に必要としていることに、自分の商売を集中させていった。
これは、医科大学の学生という特定の顧客層に深く向き合う集中戦略であった。
そして、この理念は、教授や学生たちの共感を呼び、多くの協力者を集めていったのである。
二つ目。
不便を仕組みで解決する。
店長は、学生が毎年同じように過去問資料で困っていることに気づき、過去問資料を預かり、整理し、検索できる仕組みを作った。
店長は、自分の商売を「コピーをする店」から「学生の試験準備を支えるソリューションを提供する店」へと捉え直していた。
これは、まさに事業ドメインの再定義である。
さらに、この仕組みそのものが、他店には簡単に真似できない差別化戦略であった。
三つ目。
混雑を流れで解消する。
学生の利用が増えたとき、店長は低学年と高学年で店舗を分けた。
それは単なる店舗の増設ではなく、顧客と注文の流れを分ける判断だった。
過去問資料の保管場所を学年ごとに分けることで、注文を受けてから探す時間を短縮できた。
これにより、店内の混雑だけでなく、バックヤードの作業まで効率化されたのである。
さらに、車利用が多い高学年向けの店舗を医科大学の近くに出店したことで、学生たちは歩いてくるようになり、迷惑駐車も解消された。
これは、まさにオペレーション改革であった。
四つ目。
低価格をコスト構造で守る。
1枚10円は、単なる安売りではなかった。
安く提供し続けるためには、安く提供しても利益が残る仕組みが必要である。
コピー機が故障すると、売上が止まる。
店長は、自分でコピー機を修理できるようになることで、修理コストを抑えるだけでなく、故障による停止時間を短くした。
店長は、故障時の業者の修理方法を注意深く観察し、自分で直せる技術を身につけていった。
店長は、1枚10円という低価格を、善意だけではなく、技術と執念によって支えていた。
これは、この街のコピー市場におけるコストリーダーシップ戦略であった。
五つ目。
三方よしの循環をつくる。
店長は、学生たちから得た利益の一部を、学生たちに還元していた。
目の前の学生たちは、試験を乗り越え、やがて医師になっていく。
その医師たちが、今度は地域の医療を支えていく。
店長の商いは、「売り手よし」「買い手よし」で終わらなかった。
長い年月をかけて、「世間よし」へとつながっていた。
六つ目。
利益を未来へ投資する。
店長は、コピー店から得られた利益で土地や建物を購入し、将来の安定収入を生むストック資産へと変えていった。
自営業者にとって、老後の生活や家族の将来は、自分で設計しなければならない。
店長は、その未来のリスクを見据え、今日の利益を将来の安心へと変えていた。
七つ目。
最後は、覚悟である。
やり方は学べる。
仕組みも真似できる。
ノウハウも教えられる。
だが、顧客の不便を引き受け続けること。
故障した機械を自分で何とかすること。
細部をおろそかにしないこと。
これらは、知識だけでは実行できない。
最後まで商売を回し切る覚悟は、日々の現場で試され続けた。
その一つひとつの積み重ねが、50年以上にわたるコピー店の歴史を築いたのである。

父との思い出の写真がつないでくれたもの

私はすっかり話に引き込まれていた。
店長との会話は、あっという間に1時間が過ぎていた。
もうすぐ19時になろうとしており、辺りは暗くなっていた。

親切とは、人の不便を引き受けることである。
経営とは、その不便を解決する仕組みを作り、事業として運営することである。
成功とは、その積み重ねが、いつか自分と家族と地域を守る力に変わることである。
どれほど新しい技術が出てきても、どれほど経営理論が進化しても、最後に問われる本質は変わらない。
目の前の人は、何に困っているのか。
その困りごとを、自分はどう引き受けるのか。
それを一度きりの親切で終わらせず、どう仕組みに変えるのか。
そして、その仕組みを、どう続く商売に育てるのか。
1枚10円のコピー店長は、その答えを人生を賭けて見つけてきた。
私がこの店長から学んだ「街場の経営学」は、教科書だけでは学びきれない、現場の知恵である。
 
亡き父が、中小企業診断士の資格を取得したばかりの私に対して、「街場にはこんな立派な経営者がいる」「会いに行って学びなさい」と、思い出の写真を通じて、この店へと導いてくれたような気がしている。

店長の話を聞き終えた私は、自分自身に問いかけずにはいられなかった。
自分の仕事は、一体、誰の役に立っているのだろう。
誰の困りごとを解決しているのだろう。
どんな価値を生み出しているのだろう。
そう考えると、今の仕事の中にも、まだ見落としている誰かの困りごとがあるのではないか。
まだ解決できていない不便があるのではないか。
まだ変えられる仕事の流れがあるのではないか。
そして何よりも、どれくらいの覚悟を持って、日々の仕事に向き合っているのだろうか。
店長の話は、私にそう問いかけているように思えた。
 
現在、この店は1店舗へと規模を縮小し、形を変えて地域の困りごとに応えている。
コロナ禍以降は、過去問資料の保管はしておらず、一般的なコピーサービスに切り替えたとのことだった。
一方で、古い写真をデータとして残したいという、私と同じような顧客も一定数おり、電車に乗って訪ねてくる人もいるらしい。
店長は、今日もまた、さまざまな顧客の困りごとに、真摯に向き合う日々を送っているのだろう。
 
「1枚10円・三方よしの経営学」
店長のこの知恵には、ビジネスに関わるすべての人が一度は立ち返るべき原点があった。
顧客の不便を見つめ、仕組みに変え、顧客に価値を提供する。そして、利益を未来へ投資する。
それは、派手な成功物語ではない。
けれど、こうした一つひとつの積み重ねこそが、自分と家族の未来を守るだけでなく、人を支え、地域を支え、社会を支えることにつながっているのだと思う。
「1枚10円・三方よしの経営学」は、特別な場所にあるのではない。
私たち一人ひとりの日常の仕事の中に隠れているのである。
そして、顧客の不便を見ようとする、私たち一人ひとりの視線の中にあるのだ。
 
―― 完 ――

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本作品の解説編として、中小企業診断士の視点で掘り下げた「コピー店長の七つの知恵」シリーズを順次公開しています。
▼「コピー店長の七つの知恵①」はこちら

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