そもそも、まぶしいってなんだろう?|視ること、身体のこと
こんにちは、しほです。
鍼灸師でメガネ屋さん。
イノチグラス目育士。
東京・自由が丘の「はりきゆうCiTTa」を拠点に、鍼灸と視覚の両面から、目・脳・身体を調えるご提案をしています。
「まぶしい」にも、いろいろある
CiTTaで伺うお悩みを紐解いていくと、「まぶしい」にたどり着くことが少なくありません。
ほんの一例を紹介すると、
曇りの日、雨の日がまぶしい
夜の対向車のライトがまぶしい
パソコンのディスプレイがまぶしい
学校の教科書やプリントがまぶしい
通勤通学の電車の照明がまぶしい
スーパーやコンビニの照明がまぶしい
タブレットで配布される資料がまぶしくて文字が読みにくい
晴れている日の太陽光がまぶしい。
これはなんとなく想像しやすいでしょう?
でも、シチュエーションを丁寧に確認していくと、それ以外の「まぶしい」もたくさんある。
人の数だけ、まぶしいがある。
あなたにとっての“まぶしい”って、どんなものですか?
光(色)は、ただ明るさを届けているわけじゃない
前回のコラムでも少し触れましたが、
私たちは、ただ景色を視ているわけではありません。
目から入った光(色)の情報を脳が処理して、「映像」として世界を認識しています。
つまり、光(色)はただの“明るさ”ではなく、
身体にとっては情報です。
まぶしさは、光の強さだけじゃない
“まぶしい”というと、
強い太陽光や、ギラっとしたライトを思い浮かべるかもしれません。
でも、まぶしさに関わるのは光量だけではありません。
たとえば、
その場の光(色)の対比<コントラスト>
光の反射
チラつき
紫外線
疲労感
自律神経の状態
こういったものも影響します。
同じ場所にいても、
「平気な人」と
「しんどい人」がいるのは、身体の受け取り方が違うから。
疲れている日にいつもよりまぶしく感じるのも、不思議なことではありません。
こうした反応は、視覚過敏や感覚過敏という言葉で語られることもあります。
強い困りごととして、生きづらさを抱えている方もいる。
そこまでではないけれど、ちょっとしんどいを抱えている方もいる。
感じ方には幅があるし、環境によっても変わる。
みんな違うんです。
だからCiTTaが大切にしているのは、名前をつけることより、
「あなたの身体で何が起きているか」を丁寧に観察すること。
“まぶしい”を我慢するのが当たり前になっていませんか?
CiTTaでは、まぶしさを身体からの警告サインに近いものだと考えています。
ちょっと比喩的に言うなら、痛みやだるさみたいなもの。
「しんどいよ」
「負担がかかってるよ」
そんな身体からのメッセージです。
もちろん、多少のまぶしさを感じること自体は自然な身体の反応ではあるんだけど。
でも、
ずっと我慢し続けるのは、身体にとってなかなかしんどい。
そこにエネルギーを使い続ければ、
呼吸が浅くなる
肩や首に力が入る
疲れやすい
集中できない
落ち着かない
イライラする
不安を感じる
やる気が出ない
そんな反応につながることもあります。
“まぶしい”を当たり前にしないことも、調うにつながると考えています。
「視る」と「楽に視える」は違う
ちゃんと視えている。
視力も問題ない。
でも、しんどい。
そんなことは、実は珍しくありません。
CiTTaで身体や視覚を視ていると、
疲れ目や眼精疲労だけでは片付けられない反応に、本当によく出会います。
身体のケアをいろいろ試しても、しばらくすると元に戻ってしまう。
そんなとき、身体そのものではなく、
“どう視ているか” にヒントがあることもあります。
「楽に視る」という視点が、変化のきっかけになることも。
そう。
“視る”ことと、“楽に視える”ことは、同じじゃない。
あなたの身体は、どう感じている?
「みんなこうだから」ではなく、
「私の身体はどう感じている?」
そんなふうに、自分の感覚に目を向けてみるのもいいかもしれません。
あなたにとっての“まぶしい”は、どんなものですか?
不調をなくすことだけではなく、
毎日をごきげんに過ごせる身体を。
そんな視点で、自由が丘のはりきゆうCiTTaで日々、身体と向き合っています。
もっと詳しく知りたい方、ご相談はこちらから。
https://lin.ee/sMrI2HE
