見出し画像

M #09 Catch you

樽型サウナの窓から見える陽は半分顔を隠し、街に暮らす人々の生活は徐々に火を灯した
樽の中は男2人。公衆浴場のそれと比べるとだいぶ爽やかで快適だ
("整う"というのはいまだになんだかわからないが、これはなかなかにいいものだな)
落ちて行く陽をぼんやりと眺めながら、熱でぼうっとした頭で考えていると
向かいに座った佐々木が
「少しはサウナのよさ、わかったんじゃないか」
と、口を開いた
「公衆浴場についてるサウナの残念さがわかっちゃいましたね」
「ははっ、こういうのを味わっちゃうと一般的なサウナはなかなかな。でも、あれはあれでいいものなんだぞ」
「今度、試しに行ってみますよ」
「そういうことだ、なんでもやってみなきゃわからないし、価値観なんてキッカケで変わる
偏見で自分の見識を狭めるほどもったいないことはないぞ」
体育会系の佐々木らしい意見だ。サウナ以外にも色々挑戦してきたのだろう
判を押したような毎日を繰り返し、立ち飲み屋ののれんをくぐることを唯一の冒険とする俊也にはない世界観だ
「じゃあ、ぼちぼちビールでも飲もうか」
サウナを出た佐々木はざぶんと水風呂へ飛び込んだ

【MIND HAZE】と書かれた缶を冷蔵庫から取り出し佐々木は俊也へと手渡した


「ビールなんてアサヒとキリンとサッポロくらいしか飲んだことないですよ」
俊也が見たことのない缶をまじまじと見ながらそう言うと
「バドワイザーとハイネケンもあるだろ?」
笑いながら佐々木はそう答えて続けた
「ビールってのも色々あるんだ。今、手渡したのはヘイジーIPAって種類でな
ま、細かいことはいいや。これも経験、飲んでみるといい」
そう言って自分は【GOOSE ISLAND】と書かれたビールをプシュと開けた
2人は手に持った缶をぶつけ、その鋭利な飲み口に唇をつける
瞬く間に苦味が口の中に広がり、ふわっとパイナップルのようなトロピカルな香りがする
そしてしっかりとした飲みごたえ
ビールと言われなければ他のアルコール飲料と勘違いしてしまいそうだ
「どうだ?」
「サウナと一緒ですね。普段飲んでるビールが残念に思えちゃいます
けど、あれはあれでいいもんなんです、よね?」
「ははっ、わかってきたじゃないか。でも残念だ、あれはあれでいいものなんかじゃない
あれはあれで素晴らしいものなんだ。大手メーカーのビールってすごいんだぞ」
たった4年先輩
立ち飲み屋で梅干しサワーを飲んで、少しの量で酔っ払っている自分は
4年後こうなることはできないんだろうな
そう思うと佐々木がとてもたくましく、うらやましく思えた

「冷蔵庫から好きなもの飲んでいいぞ」
そう言われた俊也は冷蔵庫を開けると【PUNK】と書かれた一本を手にして、アウトドアベッドへ横たわりながら栓を開けた
その爽やかな苦味と香りを堪能しながら夜景を見ていると隣のベッドへ佐々木も横たわった
そして
「あのな、野崎、言いにくいんだが、さっき水風呂に入る前のアレ見ちゃったんだよ」
と、ビールをひとくち飲んで唇を濡らし
「それで、これも言いにくい話なんだがそういうのも処理もできるから、もし必要だったら言ってくれな
勘違いしないで欲しいんだが、ほら、オレ、アメフト出身じゃないか
そういうガチガチの上下関係の中では先輩のものを処理したりも命令されたりするんだよ
なんていうか、こう、掃除みたいなもんでさ
『部室が汚いから掃除しとけ』とか『防具片付け』とかと一緒で…」
オドオドと佐々木が話している途中で俊也は
「結構です」
と、さえぎった
「そうか、変な話してすまなかったな
まだ、こういう話がセクハラだなんだと言われる前の話なんだ
なにか協力できることがあればと」
体育会系でない俊也にはまったくわからないが、上下関係やしごきの一環なのだろうか
ほとほと自分が体育会系でなくてよかったと思い、街の灯りに目をやると
暗くて見えにくくはあったが、佐々木の腰に巻かれたタオルがふくらんでいるようにも見えた

Catch you/平井堅

←#08 軒下のモンスター
 #10 STAY TUNE→


いいなと思ったら応援しよう!