M #08 軒下のモンスター
驚いた佐々木は慌てて手を引っ込めた
普段ボディタッチが多めな自分だが、他人からされる経験はほとんどなかった
そして心拍数が上がり、ほおがあからんでいたのをバレないよう休憩室を後にした
俊也はオレンジジュースのパックを潰してゴミ箱へ投げ捨てると、なぜだか気分も晴れた
肩に残ったタバコと香水の甘い匂いを手で払い事務所へ戻るとバリバリ資料をまとめ
気がつけばいつも通り16:20には業務を終えていた
あとは定時まで時間をつぶしつつ夜のことを考える時間だ
昨日のこともある、もちろん続きはしたいがこちらからあの店に出向くのは
明衣子を探しているような気がして何だか悔しかった
「サウナでも行かないか?」
佐々木が向かいの席から突然話しかけてきた
体育会系の御多分にもれず、佐々木はサウナが好きだった
俊也はサウナで整うなどの経験がなく何のよさもわからない
なにより、男だらけで汗をかくあの空間が苦手だった
「あれ、よさがわからないんですよね。何が悲しくて汗だらけのおっさんが集まる空間に行くんですかね」
佐々木はふむふむと話を聞いて
「それはごもっともだ。じゃあこういうのはどうだ?4人グループで入れて、飲み物持ち込み可
シアタールーム完備でサウナから水風呂、そのあとのんびりと映画も観れる
これが都内某所の屋上にあって夜景も観ながらお気に入りのビールが飲めるとなったらどう思う?」
「そりゃ、そんなラグジュアリーな空間があるなら行くでしょうね」
「よし、決まりだな」
【Sauna Haeven】
定時になると会社を飛び出し、いつもの大通りから駅へ向かわず一本細い裏道へ入ったところにそのビルはあった
1Fで受付を済ませ、エレベーターで5Fまで上がる、そこから階段で屋上へ出ると完全プライベートな空間が目に飛び込んできた
大きな樽の形をしたサウナ、水風呂にシャワー、ゆうに2人は寝そべることができるアウトドアベッドが4つとソファ
そのん全てが今にも沈みそうな陽に赤く照らされていた
あっけにとられている俊也を横目に
「どうだ? とりあえず冷蔵庫でビールを冷やしてサウナであたたまろうじゃないか」
佐々木は得意げに肩をぶんまわした
2人でサウナに入ると俊也は目を見開いた
佐々木の身体が筋骨隆々としていることは想像できていたが、驚いたのはその白さだ
顔と手の甲が色黒なのに対して身体がやけに白い
そして、すね毛と下の毛はなかった
「あんまりジロジロと見るなよ。なんか変か?」
サウナストーンに水をかけながら佐々木は照れくさそうにした
「色、白いんですね」
俊也は自分の腕や脚と比較しながらそう言うと
「野崎にゃ負けるだろ」
と、肌よりも白い歯をみせた
「仕事してるとさ、外に出ることはあっても日焼けする機会なんか無いんだよ
技術営業なんてのは名ばかり。外回りがメインになってきてるからすっかりパンダみたいになっちまった
色、黒いと思ってたか?」
「思ってましたね。サウナ好きの体育会系なんて色黒で休日前にはデカい音が鳴ってるパーティでコカレロとかテキーラ飲むんでしょ?
起きたらレッドブル飲んでまたサウナ行って『整ったー』とかやるもんだと思ってましたよ」
「それは体育会系じゃなくてただのパリピだろ(笑)一応硬派な体育会系だったんだぞ、上下関係のちゃんとしてる。
そのウェーイてやってる奴らとは意外と真逆なんだ」
「オレは、そのどっちも無縁で生きてきたつまらないやつなもんで」
「ここのサウナはそういう連中も来るみたいだけどな
なんたってプライベートな空間だから、刺青入ってても問題なく入れるしな。あいつらスミ率高いだろ?」
刺青と聞いて明衣子のことが頭をよぎった。彼女はこういうところにも来るのだろうか?
来るとしたらもちろん1人ではないよな
などと思っていると昨夜のことが思い出され、股間を隠したタオルをむくむくと持ち上げてしまった
慌てた俊也は前をおさえサウナを出ると水風呂に飛び込んだ
まだ、完全にあたたまっていない身体はガタガタとふるえあがったが、とりあえず元のサイズにはおさまった
(見られたかな。だとしたら変なやつだと思われたかも)
一度息を深く吸い込み水風呂へ潜り頭を冷やすと、佐々木も水風呂へ入ってきた
俊也は照れもあったのか、何事もなかったかのように水風呂から上がると身体の水分をぬぐって再びサウナへ入室した
軒下のモンスター/槇原敬之
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