M #07 ナイトオンザプラネット
俊也はなんとか仕事に間に合うことができた
自分のオフィスがある階までいくエレベーターを待っているとパチンと尻を叩かれた
「おはようさん」
4つ先輩の佐々木が野太い声で挨拶してくる
アメフト経験者の佐々木はがっちりとした肩幅をもつものの、すらっとスーツが似合う体型をしている
ポジションはタイトエンドと聞いたことがあったが、アメフトを見たことすらない俊也にはポジションどころかルールすらわからない
「あ、おはようございます」
「どうした野崎? 今朝は眠そうじゃないか」
2人してエレベーターに乗ると佐々木からは甘い香水の香りがした
結局あの後、俊也の懇願は受け入れてもらえずそのまま2人でホテルを後にした
悶々とした気持ちを抱え
「あの、これ」
と、言って名刺を渡すと
「なに? これ、どういうこと?」
「連絡先、ほら、また、会うことがあるかも知れないと思って」
「あー、そういうことか。そうね、わたしはだいたい昨夜いたあの辺にいるよ
続きがしたかったら探しにきて」
ニコリと笑ってピアスのついた舌を見せると彼女はラッシュアワーの流れに逆らって雑踏へ消えた
俊也は二日酔いの胃に立ち食い蕎麦をかき込んで、一度家に帰って着替えてから会社へと向かったのだった
『28F』
エレベーターの扉が開き、事務所に着くと俊也は入口近くの好きな席へと座りノートパソコンを開いた
佐々木は少し周りをキョロキョロと見まわし俊也の前へ腰をおろす
フリーアドレスの事務所は窓際からデスクが埋まることが多いが、窓からの景色など仕事の何の役にも立たない
それよりもエアコンのあたり具合の方が重要だと俊也は考えていた
まだ肌寒いこの季節、暖かい風が当たる場所でないと冷えて仕方がないし、集中できない
しかし今は、昨夜の体験が自分として屈辱だったのか、どうにも仕事に集中できない
そして、今朝自らを処理したにも関わらず身体が疼いて仕方なかった
どうにも気持ちが乗らないので休憩所へ向かいソファへ腰掛けた
自販機で買ったパックのオレンジジュースにストローを刺すと佐々木も休憩所へやってきた
佐々木は俊也の隣に腰をかけると
「どうした? なんかあったのか? どうにもソワソワしてるみたいだが」
と、話しかけてきた
「いや、別に」
「普段なら午前中に仕事片付けちまうお前がどうしちまったんだよ
昨夜も遅かったのか眠そうにしてるし、らしくないじゃないか」
「佐々木さん、あのねえ。最近じゃそういうプライベートを感ぐるのもよくないんすよ?」
「おいおい、セクハラとでもいうのか?」
「そうじゃないけど」
「色気のある話なら気になるところだが、と、男同士でもこういうのはよくないってか」
佐々木はそう言うと色黒の肌から白い歯を覗かせ、俊也の肩をポンと叩いくと喫煙所へ入って行った
(佐々木先輩て悪い人じゃないし、面倒見もいいんだけど、運動部のノリが苦手なんだよな)
運動など無縁、上下関係をできる限り避けてきた俊也にとっていわゆる【男の付き合い】というやつはどうにも肌に合わない
それでも社会に出た以上はなんとなくでもこなさなければならないとは思っていた
幸いなことに飲みにケーションやゴルフハラスメントなどがささやかれるようになって
そういった付き合いは今のところやらなく済んではいるが、お客さんと飲み行かなくてはいけない時はある
(こういう人は、そういうの上手くこなせるんだろうな)
そうやって喫煙所にいる佐々木に目をやると、こちらを振り返った佐々木と目があった
彼はスマホから目をはなしタバコを指で挟んだ手を振ってきた
そのそぶりを見た俊也はとっさに顔をそむけた
喫煙所から出てきた佐々木は甘い匂いとタバコの匂いを混じり合わせて
「ずいぶん冷たいじゃないか」
と、俊也の肩に手を回して笑った
その手を振り払おうと思い握り返したがあまりの手の冷たさに
「佐々木さんのが冷たいんじゃないですか? ほら、この手」
と、言って佐々木の手の甲を自分の頬に当ててみせた
昨夜の明衣子を想っての行動だった
ナイトオンザプラネット/クリープハイプ
